「俺がお前と初対面だって?お前がそんなやつだとは思わなかった!」




俺はウサミの首にかけてある懐中時計を訝しげに眺めたが、見間違いでもなく確かにそこにぶら下がっている様だった。


こんな大きなものがぶら下がっていたのなら、気付かない訳が無いだろう。


そう考えていると、ウサミは何を思ったのか急にその懐中時計を開き俺に見せてきた。


その懐中時計は壊れてしまっているのか、現在時刻よりも大幅にズレた時間を指していた。



この時計は壊れてるのだろうか?じゃあなんでつけてるんだ?大切なものなんだろうか?


俺は時計として機能していない懐中時計を見て悩んだ。


わざわざ見せてくれたのだ、何か言ったほうが良いのだろうが…言葉が見つからない。



「カッコいい懐中時計だね!」

いやいや、なんかおかしいだろう。



「この懐中時計壊れてるね!」

いやいや、失礼すぎるだろう。



俺が脳内でうんうんと唸っていると、ウサミが話し出した。




「この懐中時計は壊れちゃってるの。大体二日ほどかしらね…動くのは。」




そう言って懐中時計を閉じたウサミは急にそれを服の中にしまい込み、俺の事を見ずに教室のなかへとさっさと入ってしまった。


俺はそんなウサミを呆気に取られた顔をして眺めたのだった。



なぜウサミは急にあんな態度をとったのか?


…俺があまりにも見ているから欲しがっていると思われたのかもしれない。


いや、流石に俺は他人が愛用しているものを奪い取るような趣味はないんだが…。


そう思ったが、他の高位貴族の中には他人のものを平気で奪い取る奴がいたことを思い出す。



そんな奴と同じ人種と思われた可能性がある今、俺の機嫌はすこぶる悪くなっていた。


俺は、ウサミのこともさっきの不思議な出来事も考えない事にした。



その後は俺も教室に入り入学初日を無事終えることができた。



いや、初日を無事終わらせることができたのかは微妙なところではあるが…終わりよければすべてよしと言う言葉があるのだから、無事に終わったと言えるだろう。


あとは寮に帰り寝るだけなのだ。


それ以上何かが起こる事はないだろう。



そんなことを考えながら俺は学園から寮へと歩く。



途中、異様に首の長い鳥を見つけて驚いたり…嫌に小さい犬や、驚くほど大きな猫を見かけた。


この学園にはどうしてこんな変な動物ばかりいるんだと思いながらも歩き続ける。


夢の中ではこんな動物は見かけたことがない気がするが、俺が覚えていなかっただけかもしれない。


いやでも、流石にこんな奇妙な動物を見かけたら脳裏に焼き付くだろう。


…きっと夢の中では見かけなかったんだろう。




寮に向かい歩いていると途中道が分岐している場所があるのだが、左に行けば男子寮で右に行けば女子寮だ。


夢の中の俺は間違えて右へ曲がってしまい、散々な目にあったことを覚えている。


そう言えばあの時もウサミと会って助けられたんだったな…。


今回はそうならないようにちゃんと


俺はそう思いながら左へ曲がった。



歩いてる道の左右は防犯を兼ねた小さな森になっているのだが、この森は一度入ると抜け出すのに時間がかかるらしい。


俺はよく知らないが。


『森には入ろうと思って入れるわけじゃないのよ』そう誰かに聞いた覚えがある。


一体誰に聞いたんだっけ?と思ったが、別にそこまで興味があるわけでもなかったのですぐにそのことは考えなくなった。



数分歩いたところで俺は違和感を覚えた。


寮に続くこの道を数分歩くと、目の前に大きな寮が出てくるのだが…もう十分は歩いている様な気がする。


俺は嫌な予感を覚え、少し早足で歩いてゆくとすぐに開けた場所へと到着した。


どこかに到着するという当たり前のことに安堵した俺だったが、目の前に広がる光景を見てその場に座り込んだ。


ズボンが汚れるだとかそんなことは些細なことで、今俺の頭を悩ませているのはのことだった。


学園にこんな場所があるなんてこと俺は知らないし、周りを見渡してみても寮もなければ歩いてきた道も見当たらない。




「なんだよこれ…ははは」




こうなってくると、俺はもう笑うしか無くなってくる。


数分ほど無言で湖を眺めていた俺だが、右側で何かが動いている気配がした。



俺はその方向に視線を動かして、何がいるのか見てみることにした。


特に何か思って目線をむけた訳では無かったのだが、それをみた瞬間また俺はひどく頭を悩ませることになった。



なぜかというと、湖の右側をいたからだ。



これはあの廊下の時と同じだなと思いながら俺は立ち上がり、ウサミのことを追いかけた。



『ただ、ウサミしかいないから仕方ないんだ』と、自分に言い聞かせながら追いかける。



けれど、俺が必死に走ってもなかなかウサミに追いつくことができない。



なぜだか知らないが、一切距離が縮まらないのだ。


距離が離れる訳でも、近づく訳でもなくずっと一定のままの状態が続く。



自分が走って進んだ分、ウサミも歩いて進んでいる。


これがウサミも走っているのなら理解ができる、そうじゃないから意味がわからないのだ。


普通ならばもうとっくに追いついてるはずなのにと歯噛みする俺を嘲笑うかのように、ウサミが森の中へと曲がり見えなくなった。



俺も同じように曲がったのだが、俺が曲がった先にあったのは地面でも寮でも森の中でもなく…湖だった。



全く意味がわからない。



湖を背にして曲がったはずが、俺は今湖の中にいるのだ。


チャプチャプと水の動く音がする。


それは当たり前か、俺が無意識のうちに立ち泳ぎをしているからだ。



そして走っていて落ちたのにも関わらず、俺はいつの間にか湖のど真ん中に移動していた。



右を見ても左を見ても陸が遠い。



落ちてから流された訳でも、泳いだ訳でもないのになぜか湖の真ん中にいるのだ。



俺は混乱する自分を落ち着けるために体の力を抜いた、そうすると自然に体は浮かんでくれた。


俺はなんかもう…疲れた。


だから空に流れる雲をぼうっとみることにした。



そうしていると、俺の左側からバシャバシャと泳ぐ音が聞こえてきた。


俺がその方へ視線だけ動かすと、そこにはマルスが居た。


夢なのかでは何度か話した事があるけれど、今は初対面である。


何故マルスが泳いでいるのか?俺が溺れてると思ったのか?


色々な事が頭をよぎるが、マルスはそんな事お構いなしにどんどん近づいて来る。


俺の近くに来たらどうしてここにいるのか聞いてみようと思った俺だったが、マルスはそのまま俺の横を泳いで通り過ぎようとした。


俺はびっくりして話しかけてしまった。



「マルス、どこに行くんだ?」




自分から話しかける事は苦手なのに、今日はニ度も話しかけてしまった。


話しかけられたマルスはそこで初めて俺がいる事に気が付いたのか、酷く動揺し固まり湖の中へと落ちて行った。


そこまで動揺されるとは思っていなかった俺は急いでマルスを水面に上げる為に潜った。


マルスを掴み水面へと引き上げると、マルスは数度咳き込んだ後俺に怒ってきた。




「おい!溺れ死ぬとこだったじゃねぇか!」


「いや、ごめん。俺の事には気づいてると思ったんだ」


「しらねーよ!急に出て来るから驚いて溺れたんだ!」




こんなに怒るとは思っていなかった俺は面食らった。


けれど、まぁ、溺れ死ぬ可能性があったのだ。


仕方がない反応なのかもしれない。




「お前はこんなとこで何してんだよアリスト」


「ん?あぁ、いや。気付いたらここにいた…かな?」


「はぁ?あ゛ー…そんなこともあるか。当たり前だよな」




何が当たり前なのかはわからないが、俺も説明し辛いので気にしない事にした。




「アリストはこのまま浮かんでんのか?あっちいかねーのか?」


「いや、ちょっと疲れちゃってさ」


「ふぅん、俺と行くか?助けてももらったから引っ張ってやるよ」


「あ、あぁ、ありがとう」




別に泳げない訳では無いんだけどなと考えながらも俺はその言葉を否定しなかった。


引っ張ってくれると言うんだ、引っ張ってもらおう。




「そういえば自己紹介してなかったのに俺の事知っていたんだね?」




無言で引っ張ってもらう事になんだか気不味くなった俺は、夢の中ではマルスと友人関係にあったけれど、今は初対面だった事を思い出しそう聞いた。


ただ、何の気無しに言った言葉だったのだが、マルスは何故か急に止まり俺の方を見た。




「何ふざけてんだ!」


「ええ?おかしいこと言ったかな?」


「そうだろ!俺とお前が初対面?…初対面だったか?いや、そうだとしてもその言い方はどうなんだ!」


「ご、ごめんよ」




そんなに怒ると思っていなかった俺はまたもや面食らった。


入学式から今の今までマルスとは全く関わりはなかったはずだ。


お互いの領地も近く無いから、子供の頃に会っていることもないだろう。


会っていたとしたら夢の中でそういったはなしがでるはずだ。




「アリスト、お前が俺の立場だったらどう思うんだ?嫌な気持ちになるんじゃ無いのか?」




確かに初対面じゃないのに初対面だと言われれば、理由がない限り嫌な気持ちになるだろう。


だが、どれだけ思い出しても初対面だ。




「アリストがそんな奴だとは思わなかった!」




そう言ってマルスは一人岸へと泳ぎ出す。


おれはそんなマルスに向かって『ごめん、ごめんよ!勘違いしていたんだ!』と、意味もわからないままに謝罪していた。


マルスは俺の言葉を聞いて戻ってきてくれた。


よくわからないが、忘れているだけで何処かであっていたのかもしれない。


もしそうなら失礼な事をしたなと思った。

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