大きな懐中時計を持つウサミ
夢の中の俺は女の突拍子のない言動に惹かれてゆき…気付けば恋に落ちていたのだが、今の俺は恋に落ちるなんて間抜けなことはしない。
俺は夢の中で三年間ここに通い続けていたのだ。
入学したばかりだが、この学園の構造は知り尽くしている。
同級生がキョロキョロとしながら各自教室へと向かう中、俺は迷うこと無く自分の教室へと向かう。
俺に対して気軽に話しかけてくる奴も居なければ、気軽に話しかける様な相手も居ない俺は夢の中で苦労していた事を思い出す。
何か考えながら歩いていた俺は、気づけば知らない場所に居たんだ。
どうしたものかと立ちすくむ俺に、あの女が近づいて来て話しかけてくれたんだよな。
それがあの女との初対面だった、それで教室まで連れて行ってくれた…あの頃は良いやつだなとか思っていた。
薄気味悪い夢だが、こう言った場面では役に立つなと思いながら歩いていく。
歩きながらあの女との思い出を考えてしまうのは、殺される寸前まで恋焦がれていた相手だからかもしれない。
そんな事を考えながら俺は教室に向かって歩く。
歩く、歩く、歩く。
おかしい。
夢で見た記憶の通りに歩いているのにも関わらず、一向に教室へとつく気配がない。
本当だったらもう既に教室へと着いているはずなのに、一向に到着する気配がない。
長い廊下を更に歩く、歩く、歩く。
歩く、歩く、歩く。
おかしい。
迷ったにせよこんなに歩いていれば突き当たりにぶつかる筈なのだが一向にぶつかる気配は無い。
俺の周りに人の気配は無い、それどころか前も後ろも先の見えない廊下が続いているだけなのだ。
本当ならもっと早くに異変に気づくはずの俺だが、夢の中の自分の事を考える事に夢中になっていたから気付くことに遅れてしまった。
先の見えない廊下に俺は少し恐怖を感じ、来た道を戻る事に。
進む、進む、進む。
おかしい。
もうとっくに進んだ分だけ戻ったはずなのにも関わらず、何処にも到着しない。
いよいよ俺は焦り始めた。
そもそもこの学園にこれ程長い廊下なんてなかった筈だ。
そんな時、廊下の先の方に人影が見えた。
もう、体裁などかなぐり捨てて俺はその人影めがけ走る。
近づくにつれその人影の後ろ姿が鮮明に見え、俺は息を呑んだ。
ソイツは俺の死の元凶の女…『ウサミ』だったからだ。
後ろ姿を見てウサミだと認識した俺は走るのをやめてその場に立ちすくむ。
関わらないと強く決めたのはつい数十分前の事なのだ。
ここで自分から関わりを持つのか?俺が?
いやでも、この状況なら仕方がないのかもしれない。
そんな事をぐるぐると考えているうちに、ウサミが歩き出す。
「ちょっと待ってくれ、ウサミ!」
ウサミが急に動いた事で俺は、咄嗟に呼び止めてしまった。
ゆっくりこちらへと振り返るウサミ。
ウサミの事だからキョトンとした顔をして俺を見て来るんだろうなと予想したのだが、その予想は外れる事になる。
振り向いたウサミのその顔は悲しみに彩られていた。
大きなその瞳からはぽろぽろと大粒の涙を流し、俺の顔をみて酷く動揺している様だった。
それもそうだろう。
泣いてる所を知らない男から話しかけられたのだ、動揺するのも頷ける。
俺はどうしたものかと動きを止めてしまった。
すると何も聞いていないのに、ウサミが俺に話しかけて来た。
「少し、いや、物凄く…悲しい事がありまして。私は嫌だったんです、知らなかったんです、いや、知ってはいたんですけど…でも、もう大丈夫です。時間が少しズレただけであんな事になるなんて、思っていなかったんです」
そう言って力無く笑ったウサミの顔を見ながら俺はどうしたものかと考える。
ここで下手に慰めるのは得策ではないが、泣いてるウサミに対して何も聞かずに話を進めるのもどうかと思った俺。
急に突拍子のない事をウサミが言い出すのは、夢の中で経験して慣れているので特に気にはならなかったが、遅刻してしまった事で泣いてる事だけは理解できた。
けれどここで俺が『遅刻は誰でもする』みたいな事を言ってどうなる?
そもそも俺はこの女と関わらないと決めたのだ。
そう言えばこの女は以前同じような場面で俺に対して『アリストの婚約者に虐められている』と涙ながらに語り、俺に慰めて欲しいと縋ってきた事があった。
けれど前回と今回ではまるっきり関係が違う。
まぁ、それもそうだよな。
前回は2年に上がった頃だったので、今よりもウサミと親密になっていたのだ。
流石に初対面で泣いて縋る様な事はしないだろう。
それよりも、ここからどうやって抜け出すかが大事だ。
見つけた相手がウサミだったせいで思考がズレていたが、気を取り直して話しかける事に。
「不躾ですが、今少し困っていまして…教室の場所がわからないんです。」
俺がそう言うと、ウサミは俺を見てキョトンとした顔をした。
泣いた事で目の周りが真っ赤になってしまったウサミの顔を見て、俺は夢の中でのことを思い出し少し切ない気持ちになった。
夢の中でよくウサミはこの表情をしていたのだ。
何か理解できない事があるとこうやって俺の目をまっすぐ見ながら黙って頭を少し傾ける。
おれは気不味いような、妙な気持ちになり思わずウサミから顔を背けてしまった。
そんな俺に対してウサミはとんでもないことを言う。
「何言ってるんですか?ここ教室ですよ?」
ウサミがそう言った途端、俺とウサミだけだったはずの廊下が急にざわつきはじめた。
今の今まで絶対誰も居なかった筈だ。
急に俺がどこかから転移してきたかの様な違和感。
いや、この場合は周りの人達が転移して来たと言うべきか?
まて、そもそも俺はずっと教室の前にいたと言う事なのか?
そんな筈はない、いままでウサミ以外に人は居なかった筈だ。
「…また、夢なのか?」
呆然と立ち尽くす俺は、周りを気にする暇も無ければ声に出していることにも気づいてなかった。
「夢ですか?」
「え?俺そんなこと言った…かな?」
俺が知らずにつぶやいた言葉に返事をしてきたウサミ。
俺は咄嗟に微笑を浮かべながらウサミを見てそう言った。
そしてさっきまで話していたウサミに対しても、何だか違和感がある。
さっきまで目が真っ赤だった筈のウサミだが、今は全くそんな様子がない。
それに加えて、さっきまでつけていなかったはずの大きな懐中時計を首から下げていた。
さっきまでそんな物はなかった筈だ。
いや、あったか?…いや、なかった。
おかしい、俺はとうとう頭がおかしくなったのか??
様子のおかしい俺をウサミは訝しげに見て来るが、そんな事に構えるほどの余裕は今の俺にはなかった。
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