第9話 大いなる災害

 巨大隕石の衝突と世界の混乱。

 地表圏の人々は、それを『大いなる災害(グレート・カタストロフ)』と呼ぶ。しかし、宇宙圏では『大いなる浄化(グレート・バーゲイション)』と呼んでいる。人類が宇宙に生活圏を広げるための試練だったと言う意味だ。

 2人の自称・冒険者への尋問でも、意識や価値観のズレを感じる。それはカーン大佐も同様だったと思う。


「何故、宇宙圏は今更地表へ手を伸ばしてきたのでしょうか?」


 他天体まで資源を採掘に行っている宇宙圏が、既に枯渇した地表へ戻ろうとする意味がカーン大佐には予想できないようだ。


「宇宙圏は地表をとして見捨てながらも、実は切り離すわけにはいかなかったんです。宇宙コロニーでは、炭素サイクルのコントロールができなかったから」


「炭素サイクル……ですか?」


「地表では生物や火山が発生させる二酸化炭素と植物が吸収する二酸化炭素はほぼ釣り合っていると言われてます。それが大気や海洋を通して炭素を循環させています」


 ただし、それが可能なのは惑星規模のスケールで、大量の二酸化炭素を溶かし込める巨大な海洋があったからだ。


「宇宙コロニーの環境下では、植物を育成するために必要な二酸化炭素が上手く循環させられなかったんです。植物を育成できなければ、動物も育てられません。宇宙圏での生活圏拡大は、食料問題と言うアキレス腱を抱えているんです」


 人口と排出する二酸化炭素、それを吸収する緑化面積と生産する食糧……これらをバランスさせるのが炭素サイクルである。

 宇宙圏の人口増加は、それに対処できずに食糧供給が追いつかなくなかった。宇宙圏は、食糧の供給を地表に求めるしか術がない。


「結局のところは、食糧の確保ですか。地表の人間を『食糧を奪い合っている野蛮人』と散々になじってきた宇宙圏のやることが強盗だったとは笑えませんよ」


 カーン大佐の声には、呆れと軽蔑が混じっている。わたしも朝耶も同意するしかない。

 しかし……。



 宇宙圏は、かつて地表にあった領域国家の後継国家を自認している。地表は、未だに彼らの国土であり、領海だと言う理屈である。わたし達の都市国家ポリスは、彼らの領域に非合法に存在する難民キャンプと言う解釈だ。



 わたし達は「宇宙圏が化石燃料の盗掘や動植物の密猟をしている」と認識するが、宇宙圏の方には罪の意識は全くない。


「しかし、今回の化獣に関する件は、それだけでは済まない問題です」


 これもカーン大佐の言う通り。闇商人の誘拐とか同様に、これはテロ行為に他ならない。

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