第39話 工芸は誰が為に
すっかり盛り上がってしまったんだけど、あれもこれも入選しなければ始まらないわけで。
「入選した方が椿に告白する」と青春モノにありがちな尾形との勝負は活きている。もし落選したら、と心配になり既に完成した作品を何度も引っ張り出しては何度も磨いて。
そしてこれはよく言われる事だけど、完成直後はすごく良いものが出来たと思うのに、数日経って冷静になると色んな粗が見えてくる。
カッコいい事を言っても今はどう見られるのか、なんて言われるのか不安と緊張でいっぱいだ。
その辺りを蒔絵先輩に電話で話すと明るい能天気な声が返って来た。
「大丈夫大丈夫♪ 工芸展なんて言ってもまだ始まって日も浅い市民展みたいなもんなんだからー」
「とは言ってもですね······」
「ある程度の水準満たしてれば大丈夫よー♪ だいたいあたしが羊一にどんだけ仕込んだと思ってるワケ?」
「うーん、蒔絵先輩の言う事だからなぁ」
「うん? それどーゆー意味?」
さて、第5回杜のまち工芸展の搬入日は平日の木曜日。本来ならこの手で会場に搬入したいところだったけれど、学生の身分としてはそうもいかず。
そんなわけで搬入数日前、作品を梱包した段ボール箱を手に椿と工芸展指定の運送会社に向かっていた。
「その中にせんぱいのお気持ちが入ってるわけですね♪」
と椿が三日月の悪戯な目で誂って来るが全く返す余裕もない僕であって。
「あらー、部活で初めてあった時のせんぱいさながら、ですね」
「職人ヅラしてないと耐えられない、叫び出しそうで」
「ふふふっ♪ そんなにですか?」
運送会社で受付を済ませ回収される段ボールに、その中の僕の作品に、椿は「いってらっしゃいませ」と言ってくれた。
土曜、日曜に審査があり、月曜日に工芸展の主催団体のホームページで入賞、及び入選作品の発表がある。他の公募展がどうかは分からないが杜のまち工芸展の搬入、審査、発表までの期間が短いのは助かる。
この土日はまさに生きた心地がしなかった。気にしないようにと思ってもすぐに思い出してしまう。本を読んでもゲームをしても気もそぞろ、ソワソワと落ち着かない。
そんな気分がそのまま月曜日の学校にまで続き、それを見た尾形が僕に指を指して笑った。どうしてコイツはこうも平然としていられるのだろう。
机に伏せたまま眉間に皺を寄せてせせら笑う尾形を見上げていると、ポケットのスマホの中で椿の花がメッセージの着信を伝えてきた。
そして······。
(ご入選おめでとうございます!!!)
僕と尾形は慌ててそれぞれのスマホで発表ページ検索した。僕の名前と尾形の名前が入選者欄に、あった。僕たちは揃って入選したんだ。
······ん? そういえば両方入選した場合、勝負はどうなるんだったけか?
発表から2日後の水曜日から翌週月曜日までと短い開催期間。それでも僕の両親に椿の両親や尾形の父親、千台箪笥職人の杉野さんまでが工芸展を観に来てくれ祝いの言葉を掛けてくれた。
日曜日、レッスンが休みの椿と一緒に杜のまち工芸展会場を訪れた。よく一緒に歩いたケヤキ並木の遊歩道がある場所からはこの街の中央駅を挟んだ反対側、東口と呼ばれる駅前にある福祉大学サテライト校舎の一階ギャラリーだ。
応募者に贈られる入場券を使って会場に入ると、蒔絵先輩が言っていたように市民展と言った感じ。2月頭に行った日本最高峰の工芸展と比べやはり幾分控えめだ。
それでも、ここに展示された工芸品たち、そして落選してしまった物たちですら作者達それぞれの想いを大小に拘らず託されている。
約200点に及ぶ色々な人たちの色々な想い。
「うわぁ、き、緊張してきました!」
僕が想いを託した工芸品は小さく、ガラスケースに他の小品と一緒に展示されていた。
〈入 選
僕の作品、木地呂で椿の花を描いたお茶道具のひとつ、
椿がガラスケースに少し前のめりになって覗き込むのを、僕は逆に背筋を伸ばし顔をそらして横目で見つめた。
「······ど、どうだ?」
「······」
「蒔絵筆に不慣れだったし、その、絵心もないから······」
何も言わないで食い入るように棗を観る背中に言い訳の様に僕はこぼした。少しの間黙っていた僕たちだったけど、不意にそのままの姿勢の椿から小さな声が聞こえた。
「······椿、です」
「う、うん」
「······
「そ、そう」
「······椿、なつめ······わたしと同じ名前、です」
「ああ、その、受け取ってもらえるか?」
「······はい、せんぱいの『あなたと同じ気持ちです』を······」
そう言って椿は振り返り僕の腕にしがみついた。さすがに工芸展会場で歓声を上げたり泣き出したりはしなかったけれど、見上げる椿の目が少し潤んで光り、それでも嬉しさに溢れていたのを僕は確かに感じた。
「さ、それじゃあ告白の方よろしくお願いします♪」
東口駅前の大通りを少し歩いた場所にある広い公園に入ったところで、椿が僕に向き直って言った。
「ん? え!? いや、なんで、どうして」
僕が狼狽えていると椿が三日月の目をキラキラさせて覗き込んでくる。
「それはもちろん、ひーくんに全部聞いてますよ? 勝負に勝った方がわたしに告白してくれるって♪」
「お、尾形ぁ。いやでも、この勝負引き分けなわけで······」
「ひーくんはちゃんと言ってくれましたよ?」
な!? 両者入選だった場合のルールを詰めていないのに尾形······抜け駆けを!?
「ちゃんと······お断りしましたので」
椿が真っ直ぐ姿勢を正し両手を体正面、低い位置で組んで揃える。そしていつもの律儀な報告をしてくれた。
いや、でも、尾形との勝負や工芸展でのやり取りで、もはやお互い気持ちは分かってってるはずでは。
「あ······えっと、あの棗に込め過ぎて、もうなんにも出てこない」
「もう、じゃあ作品解説お願いします」
「か、解説?」
「あの椿棗にどんな気持ち込めたんですか?」
苦し紛れに言う僕だったが椿の追求は止まらない。
「······つ、椿は」
「わたしは?」
「······」
「······」
ああ、分かった。これは勝負のルールだからとかじゃなくて、今日が記念日だからとかじゃなくて。僕はゆっくり息を吐き出し覚悟を決めた。
「椿は······可愛い、とか」
「かっ、かわいいっ」
「椿は、キラキラしてる、とか」
「きっ、きらきらっ」
「椿が、好きだ、とか」
「あっ······」
あれ程時間をかけて、あれ程手間をかけて棗に込めた想いも、口にしてしまえばこんな物でしかった。拙くて単純で飾り気もなくて。それでも、椿は頬を染めて微笑んで受け取ってくれた。
「ちゃ······ちゃんと言えたじゃないですか」
「し······してたのか? ちゃんと」
「ふふふっ♪ 作品は入選でしたけど、告白は『椿なつめ大賞』です♪」
「あ、ありがとう? でも、ちょっとダサいな、賞の名前」
「えー!? ひ、ひどい!!」
そう言って椿は不満そうに口を尖らせ僕に詰め寄り小さな拳を上げた。そうしていつもの様に僕の肩に振り下ろされる、と身構えていたらその手がふわっと僕の首に巻かれる。
そして不意に僕の頬に椿の柔らかい口唇が軽く押し当てられる擽ったい感触がして。目を剥いて惚けていると、僕の顔の横すぐ近くで椿の花が満開に咲いていた 。僕は椿の印が押された頬に手を当てながら思った。
「ふふふっ♪ 『椿なつめ大賞』の副賞です♪ わたしも、せんぱいの事······」
どんなに大層な言葉を捻ったって、どんなに世界観を捏ねたって、金銀で加飾したって、結局のところ、僕たちの気持ちを表す言葉なんてこの一言しかないのかもしれない。
「大好きですよ♪」
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