第34話 工芸は壺に嵌る
『どうも〜ホットドックマンで〜す』
TVの中では地元で絶大な人気を誇るお笑いコンビが前フリをしている。
土曜日、夕方。こたつの上には尾形の父親に挽いてもらったお茶道具の木地が5つ。
『いや〜さすがに山の方は寒い!』
『お前太ってるから大丈夫だろ』
『お前もだろ!』
第5回杜のまち工芸展に出品する予定のこの木地を、僕は最初尾形に依頼した。
でも木材は加工する間も収縮や変形を繰り返すため、削っては乾燥期間を置き、としていたら3ヶ月を切った工芸展の締め切りまで間に合わない。
そんな時に尾形の父親が、数年前に挽いたというこのお茶道具を手直しして譲ってくれたのだ。
『というわけで、今日は県北の温泉地、鳴湖に来ております〜』
前フリとオープニングが終わるとTVには見慣れた温泉街の駅前が映し出される。小さなロータリー脇の源泉、立ち上る湯気、駅の向かいのお土産屋。
人気お笑いコンビが毎週県内のあちこちを回って面白おかしく紹介する趣旨の番組で、放送後には紹介された店や観光施設に人が溢れるという。
「せんぱいせんぱい、なんと『ぼんぼや〜ぬ』でウチが紹介されます!!」
と椿が教えてくれたのが昨日の事。撮影自体は先週だったそうだが今まで周りには内緒にしていたらしく。
ちなみに、『ぼんぼや〜ぬ』とは番組名で、正確には『ホットドックのぼんぼや〜ぬTV』。
番組は鳴湖駅から歩いてスタートし、同じタイミングでお茶道具の木地に希釈した漆を染み込ませ拭き取る「木地固め」の作業を行う。
そんなに時間のかかる作業でもないので手早く済ませ、番組の方まだ駅前散策だったので自室の簡易漆室に運ぶ。
『······さあ、続いてやって来ましたのは伝統工芸品鳴湖漆器のお店「椿工房」さんです』
『あ、オレはロケバスで留守番で』
『なんでだよ!』
『肌弱いから漆にかぶれるのやだもん』
自室から戻るとタイミングよく椿の自宅兼工房が映し出されていた。しかしやっぱり「漆」イコール「かぶれ」なんだな。
『お前そんなこと言ってるけど、これ見ても同じこと言えるかな? じゃあ、どうぞ~』
『こ、こんにちは♪』
『おおっ!?』
「おおっ!?」
思いがけず、僕もTVとまったく同じリアクションをしてしまった。
『椿工房を案内してくれる看板娘の〜?』
『椿なつめです。よ、よろしくお願いします♪』
『う、うわ~めっちゃめんこい!!』
そうなのである。TVに映し出された椿ときたら、薄い藤色の和服に燕尾の腰掛けに襷掛け。丁寧に結上げられた淡い茶色の髪にはパステルカラーの龍紋塗の簪。旅館の中居さんというか、茶屋のまさに看板娘というか。
これは「和風好き」の僕でなくとも壺に嵌る者があるはずだ。
『いらっしゃいませ♪ ここが、えっと、お食事スペースになっております』
『おお〜、漆器がいっぱいですね。全部この工房で?』
『はい♪ 主に鳴湖漆器職人のパパ······いえ、父が仕上げております』
『あー、普段はパパ呼びなんだぁ?』
『うーん、パパって呼ばれたい』
『お前が言うと犯罪だろ!!』
パンッ!! と相方の頭を平手で叩くツッコミ担当。その後ろでキュッと目を閉じ身を縮こませる椿が、また愛らしい。
拭き漆のテーブルに椿と椿の母とで料理が運ばれる。ホットドックマンは食べ歩き系の番組にもよく出演している。残さず美味しそうに食べる様子が見ていて気持ちがいい反面、以前より体格が増しているようで少し心配にもなるのだが。
『ん~〜うまい! 料理はお母さんが?』
『はい♪ 母と、あと、わたしも少しお手伝いを』
『と言うことは、ここに来ればなつめちゃんの手料理が食べられるわけですね!』
僕はほぼ毎日、椿の手造り弁当だけどな。
いや、なに言ってるんだ、僕は。
『ていうか、そこはママじゃないんだ?』
『いつもは·····えへ♪ その、ママです』
と言ってTVの中で椿が頬を赤くして照れる。
今のところ番組は終始、椿を全面に推して進んでいるようだ。これは番組側、椿工房どちらの意向なんだろう。
初めこそ緊張が見えた椿だったが今は落ち着いた雰囲気、それでいて時々見せるいじらしさ。
それでなくとも、そもそも椿は蒔絵先輩ともまた違ったタイプの美少女であり、特にその魅力は立ち振舞や所作に現れる。派手さはなくとも、つまり画面映えするのだ。
と、ここでスマホがメッセージアプリの着信を伝えてくる。珍しくそれは尾形からだった。
(見てるか?)
(ああ)
(めんこいな)
(ああ)
(一波乱起きそうじゃない?)
(なんだそれ?)
(職人の勘だぜ)
既読だけつけてアプリを落とす。僕や尾形が果たして職人かどうかはともかく『ぼんぼや〜ぬ』はまあ、御当地物として人気番組なわけで。放送後の反響は言わずもがな、だ。
『おお〜、こっちが工房なんだ』
『ここで鳴湖漆器は作られてるわけですね〜』
『はい♪ 鳴湖漆器は約350年前の寛永元年に始まったとされています。当時の藩主が······』
椿が鳴湖漆器の説明を淀みなく行い、ホットドックマンが大きすぎず、しかしおざなりにならず絶妙なリアクションをして聞いている。
『ほおぉぉ、すごい説明がプロっぽい』
『ふふふっ♪ ありがとうございます♪』
『オレたちも漆塗りの体験ができるって聞いたけど?』
『はい♪ 鳴湖漆器の特徴的な塗りのひとつで「龍紋塗」のワークショップもやってます♪』
『おお、やりたいやりたい!』
『お前かぶれるからやだってさっき言ってただろ!』
『いや、ちょっとなに言ってるか不明』
ホットドックマンの定番のセリフを聞きながら、鳴湖漆器の説明をしていた椿の様子を振り返る。
元々内気な性格だったと言う椿にたどたどしさはなく、スムーズで棒読みにもならず聞きやすさを意識して。椿がこの説明の練習にどれだけ時間を割いたのかが見て取れた。
『それではこちらにどうぞ!』
『あれ、ひょっとしてなつめちゃんが教えてくれるの?』
『はい♪ あいにく父がイベントで不在ですので』
『えぇすごい! なつめちゃん高校生にして職人さん?』
『いえいえ、まだまだ修行中です♪ 』
ここで僕の中にまた優越感みたいなものが湧き上がる。まだみんな知らない。ここまでの椿は愛らしく、溌剌とした少女としてみんなの目には映っているだろう。
『それじゃあお手本しますので見てて下さいね♪』
しかしその実、職人クラスの漆塗りの担い手なんだ。椿がひとたび漆を刷毛や筆で運ばせれば、見る人はその集中力に惹き込まれる。
『······』
『······』
ちょっとした放送事故かと思われるくらい、TVから音が消える。芸人であるホットドックマンも一言も喋らないが、プロである彼らは場の空気を読んでそう判断したのかもしれないけど。
『······ふう、出来ましたっ♪』
『はぁ~』
集中して作業する椿はとても凛として綺麗だ。そして集中が解かれた時の弛緩した、ホワッとした笑顔とのギャップに人は立ちどころに見惚れてしまう。椿は技術だけではない、職人として人を魅了する力を持っている。
僕はふと、椿は自分から番組で前面に出る事を考えたんじゃないかと思った。鳴湖漆器の後継者としての自覚そうさせたんじゃないか、と。
そしてそれは上手く行った、と僕の目には映っている。頑張ったな、反響が楽しみだ。
『なつめちゃん、料理もできて漆も塗れて可愛くて。学校の男子ほっとかないでしょ!?』
『い、いえいえそんな』
『彼氏とかいないの? いないならオレが』
『いやいやお前、嫁も子供もいるだろ!!』
『えっと、彼氏とかはまだ······でも』
しかし最後に椿は無自覚に頑張りすぎた。
『お婿さんを貰って鳴湖漆器を守りたいです!』
こたつの上のスマホが再びメッセージの着信を告げる。尾形のニヤニヤした顔が目に浮かんだ。
(公共電波で婿募集www)
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