誰が為にモノ造る

第31話 工芸は諸説ある

(蒔絵先輩)

(集合)


 と例によって最低限の招集メッセージを尾形から受け取った時、僕たち、僕と椿は市内の八幡宮、石畳の階段で甘酒を飲みながら「諸説あり」と言っていた。


 

 椿の言うところの「和風好き」な僕なので、振袖が見られるかも、と正直期待していたのもあるかも知れない。

 例年なら元旦はだらだらと遅く起き、初詣のニュースを見てその混雑振りにぐったりする僕は、当然自ら神社に足を運ぶなんてことはせず。

 そんな僕が「一緒に」と言う椿と交渉の末、3日になってからこうして市内の八幡宮までの道を連れ立って歩いているのはそんなわけで。



「今年もよろしくお願いします♪」


「こちらこそ」


 横を歩く椿はクリスマスと同じ淡いピンクのコート。そしていつもより少し手の込んだ結い方の髪を留めているのは、僕の贈った千台木地呂の髪留め。椿の歩調に合わせて、木地呂の鏡面が反射して光ったり木目を見せたり変化する。

 髪留めを見ている僕の視線に気づいて指先で軽く撫で、椿はにへへ♪ っと笑った。


「せんぱい、振袖の方が好きかなーって思ったんですけど、せっかくの髪留めが目立たなくなっちゃうかなって」


「期待してなかったと言うと嘘にはなるけどな」


「あらー、期待しちゃってましたか」


「まあ、でもいい。良く似合ってる」


 僕がそう言うと椿は「おおぉ!」と目を丸くして立ち止まった。


「なに?」


「せんぱいはイベントとか記念日に軟化する傾向にあるようです」


「なるほど、気を引き締めねば」


「えー、そのままでいいじゃないですかぁ」


 立ち止まっていた椿がととっと横に並びそっと僕の手を取る。イベントも何も正月なのだ。軟化しているらしい僕はその手を握り返して歩き始める。

 参道までの道すがら、店頭で火にかけられる甘酒の甘い香りが僕らを包んだ。



「青いだるま、めんこいですね♪」


 境内前こそいくらか空いていたが、元旦を避けたというのに参拝の列は長蛇。前後左右と人がひしめいて必然的に手を繋いだ椿との距離は近い。

 だから会話をするとなれば耳元で囁くような形になって、何だか顔が熱くなってしまう。首元のマフラーを少し緩めて、僕は火照った顔を冷たい空気で少し冷まし。

 椿は参拝の列の人の隙間から、境内で販売している正月名物の青いだるまを見つめていた。


「あのだるま、昔この土地の武士が作り始めたらしいな。藩が家内工業を推奨してたみたいで」


 県内では正月の名物となっている青いだるま。

 色だけでなく、少しスリムな体型や腹部の宝船の豪華な装飾などが特徴的だ。

 さらに珍しいのが、最初から両目が描かれている事。これはこの土地の藩主が隻眼だった事に配慮したなんて逸話もある。


「そう言えば、いつから青くなったのかわからないらしい」


「え、最初からじゃあないんですか?」


「毎年どんと祭で焼くでしょ? だから古いだるまが残ってなくて、いつから青いって証拠がないとか」


「ふふっ♪ ホントみたな冗談みたいな話ですね」


「諸説あり、ってやつだな」


 そう締めると、隣で僕たちと同じように人に押されていた婦人が「へぇ」と声を上げた。僕は何だか気恥ずかしく、目を煽らすように境内の大きな杉の木を見上げ、椿はそんな僕を見て可笑しそうに笑った。


 人の流れに身を任せるまま本殿に辿り着き、若干後ろからのプレッシャーを感じつつやっと参拝を終え。

 そのまま本殿脇に押し出されるとお守りやおみくじ売り場。余程でなければ「おみくじでも引いてく?」と言う話になるだろうし僕らもその例に倣う。


「おお〜『大吉』でしたぁ♪」


 先におみくじを引いた椿が歓声を上げる。

 正月で、初詣で、可愛い子と縁起物の工芸の話なんかして。だと言うのに、僕が引いたおみくじときたら『凶』だったわけで。


「えっと、ふふっ。あとは上がるだけって事で『凶』も悪いばっかりじゃないらしいですよ?」


「フォローはありがたいけど、一瞬笑ったな。甘酒でも飲んでさっさと帰るか」


「あ、せんぱいそう言うと思って······」


 と椿はバッグから「じゃーん」と言って水筒を取り出した。前に味噌汁を作ってもらった事を思い出したがまさか、と思っていると。


「甘酒作ってきました♪」


「え? 作った? 甘酒って作れる物?」


「せんぱい可笑しっ。さっき通ったお店でも作ってたじゃないですかー」


「入れて来たとか、ああインスタントもあるか」


「いえいえ酒粕で作りました。そんなに難しくないですよ」


 つまり文字通り作った、という甘酒を石畳の階段端に座っていただく事にした。甘さ控えめの椿の作った甘酒を飲み込むと喉から、体の中から温かく思わずほうっと息が溢れる。


「どう、です? お口に合いました?」


 ちょっと心配そうにする椿に軽く笑って返し「おいしい」と答えた。


「おいしいくて、なんか申し訳ない」


「ふふっ♪ せんぱい前もそんなこと言ってた」


「うん、なんだろ。どうして椿が僕の事······いや、僕にこんなに良くしてくれるのか不思議で」


「ふふふっ♪ なんででしょうね? あ、せんぱいカップ貸して、わたしも飲もっ」


 僕の手から渡ったカップに甘酒を注ぎ、こくっとひとくち。目だけ上に向けて味を確かめているような表情をしてから「もうちょっと甘くても良かったかも」と椿は言った。


「そうそう、甘いもの食べるとドーパミン? 出るらしいですよ。」


「ドーパミン? 幸福ホルモンだっけ?」


「多分? 全然受け売りですけど。せんぱい、漆塗るの楽しいですか?」


「楽しい······かな。そうじゃない時もあるけど」


「あるんだ。えーと物を作ってる時にも出るらしいですドーパミン。あと、その、こ、恋······してる時とか? 」


 どーぱみん、と口の中で呟いてみる。


「おいしい物食べたいのも、漆を塗るのが楽しいのもドーパミン出ちゃってるので。理屈とかじゃないのかなって。まあ、諸説ありです」


「ふむ、諸説ありですか」


 ありありです♪ と言い椿は甘酒をおかわりして幸せそうに笑顔を綻ばせた。そんな椿の笑顔を見ていると、ふむ、確かに僕も出てるのかも知れないなと思う。どーぱみん。


 

 尾形からの招集メッセージを受取り、蒔絵先輩の待つファミレスへ移動するため駅まで戻る道中、椿は頬を赤くしながら何故か上機嫌だった。


「お参りでお願いした事って言っちゃダメなんでしたっけ?」


「んー確か」


「せんぱいは何をお願いしたんですか? って聞くのも?」


「聞くだけならいいんじゃない?」


「わたしは何をお願いしたと思います? て言うのは?」


「言いたいの?」


「むふふふふっ♪ お願い事は言いませんよ♪ 叶って欲しいので」


 いつもより蕩けたような笑顔で、椿が僕の腕にぶら下がるようにしがみつくので、何だか歩きにくい。

 後で聞いたところ酒粕は加熱してもアルコールが残るそうで。いやはや。

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