第29話 血の一滴

 漆一滴は血の一滴、って言葉がある。


 漆が採れるウルシノキは、誤解されやすいのだけれど自然には生えていない。

 発芽率10パーセント、とも言われる漆の苗木を人の手で植え、病気や鹿などの食害から守り、10年かけてやっと漆が採れるようになる。そしてそのシーズン、漆を採った木は切り倒される。

 1本のウルシノキから採れる漆の量は約180mlから200ml、わずかコップ1杯。

 だから漆を採集する専門職人「漆掻き」の人達は「漆の一滴は血の一滴」と言って大切に大切に掻き集める。


 ところが僕はときたら無駄に血を流している。


 祖父から手ほどきを受けた記憶、祖父の箪笥から出てきた塗手板、専門書に書かれた木地呂の色々な手法。様々手を尽くしても僕の千台木地呂は赤くならない。手持ちの漆は千台木地呂の試し塗りの度に減っていった。

 もちろん、何年も何十年もかけ、何本も何十本も箪笥を塗って初めて千台木地呂は習得されるもの。高校生の僕が、放課後の部活動の間に習得できるほど生半可ではないことは分かっているつもりだった。

 それでも自分でも驚くほど手応えはあった。繋がった、と言ってもいいのかも知れない。

 昔祖父が教えてくれた、でもその時は何を教わったのかピンと来なかったもの。例えば漆ベラの硬さ、例えば木目に対するヘラの通し方、例えばご飯糊の混ぜ方。

 そういったバラバラに教わったものたちが繋がる感覚があった。繋がった先に千台木地呂がある。

 だからこそ尚更何か重要なピースが足りない、と言う感覚があって。

 

 その最後のピースを求めて、僕は「せんぱい在る処にわたし在り、です♪」と謎名言を口にした椿と特急列車に乗り北関東を目指していた。




「北関東に漆栽培の産地があって、千台箪笥で使う漆は昔そこから仕入れてたらしいよ」


 と千台箪笥職人の杉野さんが教えてくれたのは先日の事。


「ただ需要が減って一度産地としては絶えたらしい。10年くらい前に保存会として団体が立ち上がったそうだけど。一度連絡してみてはどうかな?」


 杉野さんの教えてくれた情報通り検索すると、すぐにその保存会のページを見つけた。オンラインショップもあり、漆も直接買えるようだったがどうしてもが欲しいところ。

 メールで事情を説明すると見学と資料の閲覧を承諾してくれた。


 始発駅を出てしばらくすると海が見える。

 震災から十数年が立ち、初めから何もなかったかのように整備された海沿いの景色を、僕も椿も黙って車窓から眺めていた。

 特急列車は新幹線より沿岸部寄りを走っていたが、海が見えたのはその時だけだった。



「漆、と言えば北のイメージだよな」


 窓からの風景が山がちになり、手持ち無沙汰な僕たちは南下する列車のシートで話す。僕が話し始めるのを合図に椿がバッグからおやつを取り出した。「どーぞ」という椿から「どーも」とお裾分。


「予習した感じだと今も国内2位の漆生産量だそうですよ」


「それでも僕らくらいが使える漆は殆ど中国産だからな」


 漆はそのほとんどを輸入に頼っている。それでも何年か前に重要文化財などの修復には国内産漆を使用せよ、と御達しがあってから日本全国あちこちで大小の漆栽培の計画が持ち上がっている。


「鳴湖にも漆植えようかと思ってるんです」


 高齢化で放置された田畑がたくさんありそこを漆栽培に利用できないか、と椿は考えているそうで。


「今植えても採れるようになるのに10年か」


「10年後だとわたし25歳くらいですか。その頃には結婚して子供とかいるのかな······」


 結婚、子供、と聞いて少しドキッとして横目で見ると、椿は窓の外に遠くを見るような目を向けていた。

 少し前の椿はこういう時三日月のような目で僕を誂っていたものだったけれど、あの日ケヤキ並木のイルミネーションの下で「鳴湖漆器を継ぐ」と言ってからはこうやって遠くを見るような目をした。


 ある時、突然部室にやって来た女の子は「前世が漆なんですよ」とわけのわからない事を言って僕の平坦な日常に色をつけた。

 歩みの遅い僕の背中を押したり手を引いたり、だけど僕の足は重いばかりで、やがて女の子は軽やかに駆けて行く。

 その背中を見送る時、僕は女の子が道を間違えないように、転ばないように見守れたらいいなと思う。

 寂しいとかは職人たるもの顔には出さず。


 

 列車の乗り換えの際に手にした観光パンフレットをペラペラめくり、椿の手があるところで止まった。


「せんぱいせんぱい」


 先方の保存会への手土産を選んでいた僕の後で、椿がパンフレットの上から三日月の目だけをのぞかせる。


「温泉あるみたいです♪」


「そうか」


「美人の湯だそうです♪」


「なるほど」


「日帰りもできます♪」


「粘るなあ。だいたい椿の実家も温泉地だろう」


「んー敵情視察?」


「今日は時間もないし入るなら鳴湖で十分」


「そうですね。せんぱいお婿さん来たら毎日入れますしね♪」


 くすくす♪ と悪戯に笑う椿。

 僕の感傷を返してほしい。



 かつて全国一でもあった漆産地の保存会とはその町の役場、観光課にあって。僕ら高校生がこうして他県まで遠出できるのは長期休暇を除けば土日祝日に限られるわけだから、当然役場の戸は閉じられている。

 まあ、それは先方とも打合せていた通りで。僕らの姿を見つけ、白い軽のワンボックスから一目で何かしらの職人と分かる男性が声をかけてくれた。



「漆を掻くところは見たことあるかい?」


 ワンボックスの後部座席の僕たちに運転席の男性が聞く。男性は保存会のメンバーで数少ない漆掻き職人だった。


「動画では見たことあります」


「わたしは一回だけやったことありますよ」


 あるんだ、と思って椿を見ると「パパと······」と付け足す。


「今はシーズンオフだからアレだけど、夏には漆掻き体験もやってるから是非おいでね」


 ふむふむ、その時には温泉に入ってもいいな、と考えたが来年の夏と言えばもう受験生。再来年、無事何者かになれていれば、と2年後の予定に漆掻き体験を入れると少し自分の進む道が見えたような気がする。


 漆掻き職人の男性の作業場に案内された。そこで保存会が発行しているパンフレットや冊子、さらに採集して精製した漆チューブやカタログなどと一緒に、今日の一番の目的である物を見せてもらう。

 それは取引台帳だった。

 すでに亡くなってしまったり引退した漆掻き職人の物であったが、道具などと一緒に資料のひとつとして保存しているという。

 そこにはもちろん各地の漆製品産地や職人、作家などの企業情報や個人情報が記されているわけで、高校生がお願いしてすぐに見せてもらえるものではなかったかも知れない。

 これには千台箪笥の職人、杉野さんの協力があった。杉野さんが事前に千台箪笥の組合の名前を出して保存会に掛け合ってくれたそうで、スムーズに事が進むことに感謝しかない。


「しかし、その年で後継者としてこうやって自分で調査して歩くなんて素晴らしいね。うちの業界にも君達みたいな若手がほしいところだよ」


 後継者として? 漆掻き職人の男性の言葉に引っ掛かりを覚え、すぐに頭に浮かんだのは杉野さんのちょっと策士的な笑い顔だった。



「せんぱい」


「うん、間違いない」


 かくして僕らは取引台帳の中に祖父の名前を見つけ。千台木地呂はかつてこの産地の漆を使っていた確証が取れ、最後のピースを僕は手に入れたわけだ。

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