第22話 木の器

 忌引休み明けに教室で尾形に声をかける。

 祖父の葬儀に参列してくれた礼を伝えると、尾形は父親から聞いた話として「木地呂きじろの塗り映えで、原さんの右に出るものはいなかった」と言っていたと教えてくれた。

 その事は素直に嬉しいと思う。

 でも同時に。

 だったとしても、それは求められていなかった、と言う思いがあって。

 虚しさや、やるせなさに流れそうな考えを何とか抑え込む。

 しかし、それは今は考えない、ということでしかないわけで。

 事実、僕はあれからモノを作ることも、漆を塗ることもできていない。

 だから尾形から「羊一はどうする?」と聞かれた時「今は考えられない」としか答えようがなく。



「そういえば、蒔絵先輩年末帰ってくるって」


「ん、僕の方にも連絡来た」


「わざわざ連絡よこすって事は、アレかな······」


「だろうな······」


 尾形と蒔絵先輩の話をしていて思うのは、夏にファミレスで見たあの目の光と有無を言わさないというような笑顔。

 アレ、とはもちろん年度末の「杜のまち工芸展」のことだ。


「尾形は出すのか?」


 僕が聞くと尾形は腕を組んでうーんと唸る。


「イベントやら多いからな、最悪適当な在庫でも出してお茶濁すか。羊一はどうする?」


「今は、考えられない、かな」


 まあ、そうだよな無理すんな、と尾形は僕の肩を軽く叩いて席に戻っていった。


 蒔絵先輩が年末帰る事を伝えると、椿はとても嬉しそうに喜んだ。

 夏にわずか数日あっただけというのに随分打ち解けている。

 ふたりはタイプも全然似てないのに······と思ったが部活復帰当初の椿の様子は、どことなく在学中僕をからかっていた時の蒔絵先輩を思わせた。

 前世が漆、なんてむしろ蒔絵先輩が言いそうなセリフだ。



「いつ頃戻られるんですかね♪」


 椿は中庭の花壇のレンガに座り、膝の上でこぎん刺しの布巾の結び目を解きながら言う。

 11月も半ばだと言うのに僕たちは昼食場所に外を選んだ。

 僕たち、というのはよくないか。僕が、だ。


(今日は中庭で)


(はーい♪)


 昼食の場所変更の短いやり取り。

 工芸部の部室から場所の変更を告げるメッセージを送った時も、中庭に弁当の入った巾着袋を手に現れた時も、椿は理由を何も聞かないでくれた。

 尾形もそうだけど椿には特に気を使わせてしまっている、と思う。

 文化祭以降、塾だとか何かにつけ工芸部や、工芸や、漆から足を遠ざけがちな僕に椿は付き合ってくれる。

 僕から口にしない限りは、何も聞かかないよう気をつけてくれているようでもあり。


 ぼう、としていたら口の前に玉子焼きが運ばれたので、そのまま無意識に口に入れた。

 食べてから所謂「あ~ん」をされた事に気づきしまった、と椿を見ればしてやったりの表情。

 玉子焼きは今日も甘くて美味しい。


「······いつ頃、とははっきり言ってなかったけどクリスマスごろじゃないかな。僕らも休み入ってるくらいの」


 僕の返事を聞いて椿が、クリスマス······と何やら神妙な声でぽつっと漏らす。


「ただの帰省だと思うけど、連絡くれたってことは、多分」


「あー」


 尾形との会話と同じ道筋を辿る。

 あの時の蒔絵先輩の圧と来たら、僕や尾形や椿にとってはちょっとしたトラウマで。

 あの目の光をまたもや思い出していると、椿の「せんぱいは······」と遠慮がちな声が聞こえる。


「せんぱいは······あ、いえ、蒔絵先輩はクリスマスとか大丈夫なんですかね、彼氏さんとか?」


「彼氏いる、とか聞いたことないしイメージ湧かないな」


「あ、それともこっちですかね、彼氏さん」


「彼氏いる前提? こっちって事は遠距離恋愛? あの蒔絵先輩が?」


 などと会話を続けていたが僕は内心、バツの悪い思いで。

 

 椿はきっと「せんぱいは出さないんですか?」と聞きたかったんだと思う。

 それを気を使って蒔絵先輩の話題にすり替えた。まあ、蒔絵先輩の恋愛事情に興味があったのもホントかもしれないけど。

 いずれにしても、こうして僕の事情で寒い屋外に連れ出してることも合わせて申し訳なく。


「寒いからやっぱり部室行くか?」


「あ、それなら」


 僕が言うと、椿は弁当の入っていた巾着から取り出した物を僕に持たせる。

 それはシンプルな拭き漆の木のお椀だった。


「えヘヘ、中身はインスタントですけど」


 そう言ってパウチの口を切って味噌汁の元をお椀の中へ入れる。水筒からお湯を注ぐと箸でくるくるっとかき混ぜる。

 立ち上る湯気と味噌汁の匂い。


「え、すごい。凄すぎてなんか申し訳ない」


「お気になさらず♪ 温かいですよ」


 木の器は他の素材の器に比べ熱伝導率が低く、手には程よい温もりが伝わり、逆に内側は熱を保つので冷めにくい。

 そして味噌汁はもちろんだけど、何より椿の心遣いが僕の胸の内側から温めてくれる。


「椿は······」


 ん? と箸を咥えながらキョトンと僕を見る椿。


「椿は、どうしてそんなに細やかに気が配れるんだろうか」


「それはもちろん、せんぱいによく思ってもらいたいって下心、じゃない女心もあるんですけど」


 そこで言葉を切って玉子焼きを口に運ぶ。

 合格、といった感じで少し口の端が上がった。


「んー、なんていうんだろう、確認行動っていうのかな」


「確認行動?」


「わたしは、わたしはこう思っている、って事を自分に確認する為に、無理のない中でいちばん出来る事をするんです」


 確認行動、ともう一度頭の中で繰り返しお椀の中身を空ける。


「それがこのお味噌汁?」


「そうです。別に温かい飲み物を自販機で買ってもいいんです。でも、無理とは思わないから」


 椿は箸を曲げわっぱの蓋に置いて、指折り数える。


「だから、お椀を選んで、お湯を沸かして、水筒に入れて持ってきて、お味噌汁を作って、せんぱいに飲んでもらって、お椀を持って帰って洗います。わたしはそのひとつひとつごとに、わたしの思いを確認してるんです」


 無理と思わないから。と最後にもう一度言う椿は自信に満ちた顔で胸を張る。


「なんというか、恐縮です······」


「いえいえ、わたしがわたしに確認したいだけなんです。それに手数が多いほどたくさん確認出来ますし♪ ちなみに確認内容は秘密です」


 味噌汁を飲み切ったお椀を僕から取り上げて、椿は近くの水道で軽く流し3度ほど振る。中の水滴がピッピッと弾かれるが、完全乾いていないだろうお椀を躊躇なく巾着にしまった。

 椿が指折り数えた確認行動に、汚れた巾着を洗う事が追加される。

 椿はそのことを迷わない。厭わないんだ、と思った。

 ところが、当の椿はと言えば急に肩を落として。


「······で、でも、あの、重かったら言ってください。やめますので······」


 さっきまでの自信に満ちた様子は何処へやら。

 そんな様子を見て僕の中に湧き上がった思いを、椿に倣って確認することに。

 僕は、僕が思っている事を、僕に確認する。

 椿の頭に乗せた手を動かす動作ひとつひとつで。


「えっと、いいこいいこ?」


「ん、確認行動?」


「せんぱいは何を確認してるんですか?」


 確認内容は、秘密です。

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