第24話 木瓜の音

 「うおぉすげえ!!」


 と尾形は部室に入るなり大声を出す。

 目を丸くする僕と椿に目もくれず、どかどかと千台箪笥に進むや抽斗の引手金具を掴みガチャガチャと揺らした。


「ちょ、ちょっとひーくん?」


「この引手ヤバい! うわ、重っ。なにこの重心!? 」


 尾形が興奮しているこの引手、「木瓜もっこう型」と呼ばれる千台箪笥の初期によく見られた型で。

 その形は植物の実、瓜を割った断面の形を模していると言われている。

 

 鉄の棒を熱して叩き、両端に向けて徐々に細くする。

 これを曲げると上部の開いた楕円型の「蕨手わらびて型」と呼ばれる引手になるのだが、ここからさらに2箇所途中の鉄を叩いて寄せ山を作る。

 叩くだけでは鉄は伸びていくのでこの寄せる、という技術が難しい。

 なおかつ先に細くした端から太い中央までのバランス、曲げた曲線の美しさなど破綻させないようこれを行うのだ。

 この「木瓜型」が美しい箪笥は総じて錺金具や塗りも手の込んだ上物となる。


「このラインたまんねー!」


 なおもテンションの高いまま尾形は引手を上げたり下げたり。

 塗り面を傷つけないか確かにヒヤヒヤはするが、こうも興味を持ってもらえると身内を褒められたような気持ちになり嬉しく感じる。


「ちょっとひーくん、せんぱいの箪笥傷ついちゃうから!」


 椿が止めに入るが聞く耳持たず。


「傷ついても羊一が塗り直すから大丈夫だって」


 無責任発言の尾形に椿は「せんぱーいー」と困り顔だ。


「いいよ、見せてやって。今となっては手打ち金具も珍しいし」


「すごいな叩いて作るんだろこれ。抽斗ひとつにつきふたつ、小抽斗はひとつか、全部で10? 同じ形に?」


 全ての抽斗についた引手を触って確かめ、今度はスマホで写真撮影。ずいぶん気に入った様子で。


「もう、ひーくんほどほどにね。あ、せんぱいわたしちょっと所用で抜けますね。多分すぐ戻りますけど、うーんどうだろ?」


「ん、まあ戻るまで待ってる」


「いってらー」


 椿は手ぶらで部室を出た。言葉の通り戻るつもりなんだろう。

 尾形はスマホを操作している。


「羊一、SNS上げていい? あとなっちゃん呼び出し、今から告白」


 なぬ!? 僕が動揺して椿の出ていったドアと尾形を見比べていると「よし」と言って彼が顔をあげた。


「未だ茶会の美少女の人気衰えずだな」


「なんで知ってるんだ? 告白のこと」


「ん、相手俺らのクラスのやつ。幼馴染だって言ったら呼び出してくれって」


 名前を聞いたが顔が思い浮かばない、まあクラスで顔と名前が一致するのは尾形くらいだからな。と久しぶりのぼっち発言。


「まあ、人に頼んで呼び出すようじゃあ難攻不落のなっちゃん落とすのは無理だな」


 と尾形はポチポチとスマホをタップして興味もない、といった感じだ。


「逆にどうしてこんな漆バカに落とせたのか知りたい」


「お、落としたって。それに漆バカって言っても最近は······」


「せっかくだしこの箪笥塗り直したみたら?」


 言い淀んでいたら尾形がスパッと言い切る。

 尾形の顔を見ても何の悪意も企みも見えない、気持ちいいくらい無邪気な表情で。


「い、いや。自信ないな。逆にせっかくのキレイな塗りダメにしそうで······ん、怖い」


 尾形の臆面もない様子を見て「怖い」と僕も素直に言えた。尾形は特に追求することもなく「そっか」とだけ言ってスマホに視線を戻した。


 沈黙を破りたかった訳では無いが、自分の気持ちを素直に言えたついでに尾形に聞きたかったことを伝えてみる。


「尾形は······モノを作る時、何を考えてるんだ?」


 僕の質問に尾形が顔を上げる。そこにはやはりニヤけたようなよく見る表情もなく、そういう会話が僕たちにとって当たり前といった感じで。


「そうだな、強いて言うなら······なんも考えてない、かな」


「ん? 何も?」


「木地屋だからな。表現したり何なりは塗り屋か作家の仕事であくまで素地を作るだけ。ただ······」


 そこで一度尾形は上を向いて言葉を探す。


「例えば昼食べたカレーが美味しかったとするだろ? 辛いだけじゃなくて何かのスパイスがこう層をなしてるような、そんな美味しいカレー。そういう時に旋盤したらいい感じの曲線が出来る」


 カレー? 美味しいといい曲線? 僕が真意を掴めないでいると尾形が「例えばだ、例えば」と言う。


「その曲線を何度も何度も繰り返して再現する。その時はもう何も考えてないな。あとはそれを効率よくできるようになるまで洗練させる」


 あくまで俺の場合ね。と尾形は付け足す。


「まあカレーは極端だけど、何でもいい。たまたま見たスポーツカーのラインが良かったとか。ラジオで聞いた歌が優しかったとか。」


「箪笥の引手がヤバかったとか?」


「そうそう、でも車や箪笥の引手の形そのものを再現するんじゃなくて、えーと······」


 尾形は両手を何も無い空間で動かす。

 アイデアを空気を捏ねて作り出そうとしているみたいな。


「そういう物を見たり聞いたりした時の感動が俺の感性を変化させるんだな、多分」


「そうすると同じ曲線が違って見える、みたいな?」


「うん、そのためには感受性を開いておかないといけない。まあ開きっぱなしだと疲れるから程々に。そんで、それは感性を衝き動かすものだから、俺の場合は手じゃないと形に直結しない。旋盤しかできないってのもあるけど」


「なるほど······つまり旋盤バカだな」


 僕はそう言ったけれども、どこか尾形の事を尊敬していた。


「うるせぇぞ漆バカ」


 そう言う尾形にとって、僕もそうあれるようにと思う。



 やがて部室のドアがガラガラ開いて、やや疲れたような表情の椿が戻ってきた。

 椿は僕たちに視線を向けないまま、まっすぐ箪笥に向かう。

 なんだろう、部屋に入ったらまず箪笥へ、という新しいルールでもできたのか。


「なっちゃん、どうだったの?」


 尾形が何の遠慮もなく聞く。椿の所用が何だったのか、という情報は僕と椿と尾形の三人ですでに共有している前提の言いようだ。

 椿も椿で、もはやそこに疑いもなく。


「ちゃんとお断りしましたので」


 そう言って椿は僕にちらっと視線を寄こしてから、箪笥の角に添って細い指先を右から左へすぅ、とゆっくり滑らせる。

 やや中央当たりで動作を下に向きを変え、抽斗の表面にその指を映しながら降ろしていく。

 木瓜型の引手にぶつかるとそれを軽く持ち上げ、離す。

 カタン、という鉄の引手の音がこの話のおしまいを告げているようで。

 

 椿の動きに見惚れながら、この椿の姿はどんな尾形の新しい形になるのか、と僕は考えた。

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