第20話 全然かっこよくないです!!

 2日目の午後は尾形の判断で閉店する事になった。

 完売とまではいかなくても、おかげ様で在庫も少なくなり、ディスプレイが見栄えしなくなったので。あとは今年が初めての文化祭の椿が楽しめるように3人で回ろうと。

 2日目でも活気の衰えない校舎内を話しながら歩く。


「しかし茶道部の客入り、なっちゃん効果ですごかったな」


「わたしの? なにそれ?」


「いやーなちゃんの着物姿評判で。ホントめんこくて」


「あら、ひーくん、ありがと♪」


 お前もなんか言えよ、といった感じに尾形が僕を肘でつつく。振らないでほしい。

 僕が黙っていると、椿は口を尖らせながらも上機嫌な声色で言う。


「いいですー。せんぱいが和風なもの好きだってこと分かりましたからー」


 僕が睨むと椿はくすくす♪ 笑い、尾形は何だそれ? といった表情。


 そんなこんなで無事、僕らの文化祭は終わった。



 いつもなら放課後の時刻、文化祭の撤収と平行して後夜祭がグラウンドで始まった。


「初めての文化祭、疲れたけど楽しかったです♪」


「それは良かった」


 少し薄暗くなって来た中、外からの軽音部や有志のライブの音楽を聞きながら、工芸部の部室の片付けを行う。

 片付けまでが文化祭だ、と実行委員会が言いそうな事を思ってみる。

 尾形は自らが制作した、他の部活の什器の撤収で出ており今、部室には僕と椿だけ。


「せんぱい、コレわたしも買っていいですか?」


 椿がそう言って、残っていたパステル調の龍紋塗のペンを手に取った。


「買ってやろうか?」


 と聞くと首を振る。


「ちゃんとしたいんです。えっと、せんぱいのお仕事に、ちゃんとわたしがお金を払って、ちゃんとわたしの物にしたいんです」


 なんで、とは聞かない。

 分かった、とだけ言って椿から代金を受け取る。

 ふふふん♪ 椿自分の物になったペンを指先でくるり、と回す。相変わらず器用なやつだ。


「せんぱいは、どれか買ったんですか?」


「あー」


 言われて僕はポケットからペンを出す。

 僕が差し出したペンを受取り、椿は、あ······と小さく言った。


「売れ残っちゃいましたかー」


 残念そうな顔の椿の手から僕の手に戻るペン。

 僕はペン回しができないので、代わりにペンの頭をカチカチとノックして自分の所有を示した。


 黒地に一輪の椿の花、僕の木軸ペン。


「ふふっ♪ 売れ残り買ってくれなくても······」


「売れ残り、じゃない」


 椿がの言葉が終わる前に僕は言った。



 午前中の店番、ひとりの客がこのペンを手に取った。その客は2度程ペンをひっくり返し、何かを確認すると「コレ」とだけ言って購入の意志を示す。


 転売、と思ったわけじゃない。

 しかし、このペンを選ぶのに素っ気ない態度が気になった。

 それは全部、僕の思い違いだって可能性の方が高い。

 売るために物を作っている。

 誰が買うのか、どんな思いで選ぶのかを僕たちは決められない。


 その時、僕の頭に浮かんだのは椿の姿だった。


 時間が止まったみたいな放課後の部室。

 ゆっくり、ゆっくり動く蒔絵筆。

 瞬きも呼吸も忘れさせるような集中。

 そして描き終えたあとの無邪気な笑顔。


 (椿ちゃんマークですっ♪)



「すみません······これ、その······試作なので売り物じゃなくて······」


 気づいたら、僕の口からは咄嗟にそんな言葉が出ていて。


「そうなの? じゃあこっちで」


 客とのやり取りはそれだけだったけれど、僕の中には抑えられない気持ちが渦巻いていた。


 これが欲しい。

 誰にも渡したくない。




「売れ残りじゃない」


 僕はもう一度言う。

 グラウンドでは軽快な音楽と手拍子、対して部室は静かだった。

 目が合うと椿は視線を外す。僕の放った言葉の意味を考えている様子で、右に左に視線が揺れる。


「えっと、売れ残りじゃなくて、選んでくれた、ってこと?」


 自分自身に確認するように椿が僕に聞く。

 答えたら、もう引き返せないな、と思う。

 そう思うと怖いし、酷く緊張もしてきた。

 でも椿は受け入れてくれる、とも思う。


「ん。これが欲しいと思って」


「そ、それだったら描きますよ? 買わなくても」


「いや、ちゃんと自分の物にしたくて」


 ちゃんと······と椿が僕の言葉を繰り返すように口を動かす。

 何かに気づいて······いや、何かと言うのはやめよう。

 僕が作った会話の流れに気づいて、椿の頬が少しずつ染まって行く。

 僕の方は、まあすでにという感じ。


「どう、して?」


「椿はどうして、ちゃんと、と思った?」


「それは······」


 と言ったっきり口をつぐんだ。

 

 こんなまどろっこしい伝え方しかできない。

 伝わってほしい。

 でも伝わらないでも欲しい。

 受け入れて欲しい。

 でも拒絶されるのが怖い。

 何もなかったみたいに軽口を叩いて、気安い関係のままでもいたい。

 脈拍はもうすっかり速くなって、その音に合わせて気持ちが行ったり来たりしてるみたいで。

 

 


 やがてゆっくり顔を上げて、椿が期待と不安の入り混じった様な目で僕を見た。

 一歩近づいて、いつもそうするより遠慮がちに僕の制服の袖を掴む。


「せんぱいもその······同じだと思っていいんですか? ていうか······思っちゃいますからね?」


「えーと······そう、思ってもらえれば」


 僕が言うと突然、椿が吹き出して笑う。

 制服の袖を掴んでいた手を離し、ぽかぽかと僕の肩を叩いて。


「もうっ。そう思ってもらえればって!! とか言うのに全然ちゃんと言ってくれないんだもん、せんぱい!!」


「僕がそういうの苦手なの知ってるでしょ」


「ふふふっ♪ 可笑しっ。知ってますけど、せんぱい漆塗ってる時以外全然かっこよくないです!!」


 え、それひどくない? と思っていると椿が僕の腕に手を回し見上げ笑う。

 花が綻ぶような笑顔。もう不安の色はない。


「ふむふむ♪ そうですかそうですか〜♪」


 と言って、さっき買ったパステル調龍紋塗のペンを取り出す。

 僕の手のひらを広げながら、そのペンをノックして芯を出すと何か書き始めた。

 くすぐったい感触に逃げ出す僕の手を、力を込めて押さえる。


「できましたっ♪」


 見ると僕の手のひらには、ペンで書かれた椿の花一輪。


「椿ちゃんマークです♪」


 椿は本当に、満開の椿の花のような笑顔で言った。



ー 第二章 完 ー

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