第19話 まずは楽しもうぜ

「転売?」


 文化祭2日目、今日最初の当番は僕。

 尾形と打ち合わせをしながら、在庫確認とディスプレイの配置直しをしている。

 木軸ペン作家としての尾形の知名度がどれほどなのかは知らない。

 しかしSNSでの宣伝の甲斐もあって、一般客や作家仲間なども含めそこそこな売れ行きだったそうで。

 そこで尾形からフリマアプリの画面を見せられ教えられた。


「昨日の夜見つけて。まあ、転売って言ってもぼったくりってほどではないけどな」


 画面の中に、尾形が挽いて僕が塗った龍紋塗のペンが出品されているのを確認した。

 販売価格は僕らがつけた値段に数千円上乗せ。

 尾形曰く、入手困難になる程の人気作家の商品は倍以上の値段がつけられるらしい。

 それでもブーム中の今は正規の値段でなくとも手に入れたい、と売れることもあるらしく。


「なんとも言いようのない気分だな······」


「前からたまにあったんだけど。コレばっかりはどうしようもないからなー」


 SNSなどでは一応、転売対策として注意喚起を行っているそうだ。しかし今のところそれ以上の対策に時間や労力を割く気はない、と尾形は話す。


「誰がどんな目的で買ってくのか、こっちは判断できないからな」


「売れればいい、って割り切れればいいんだけど。まあ、気分は良くないわな」


 話には聞いていたが、自分が渦中に置かれると気持ちの置所に迷うところだ。


「まあまあ、学生イベントだしまずは楽しもうぜ」


 と尾形は僕の背中を叩いて言った。


「俺、なっちゃんのとこ行くけど。結構話題になってるみたいだな」


 曰く茶道部に謎の着物美少女とか、可憐な一輪の花とか、天使降臨とか。

 何の見出しだよ、みたいな椿に関する話題が生徒の中で出回っているらしく。

 一目見ようと昨日の茶道部は大盛況だったそうで。


「俺の見込み通りになってきたな。さて羊一はどう出るか······」


「何も出ない」


「ほう? 謎の美少女、たこ焼きダブルあ~んで既に男付きか!? みたいな噂も耳に入っているが?」


 はやく行けよ、とニヤけ顔の尾形を僕は追い出した。



 販売が開始されると、ポツポツと客が訪れるが忙しいということもなく、割と穏やかな時間が過ぎる。

 それでも訪れた客が購入してくれる率が高いのは、そのつもりで来てくれているからだろう。

 尾形のSNSでの宣伝が功を奏しているわけだ。

 尾形のファンであると告げる客もいた。


 もちろんそういった客ばかりでなく。

 ふらっと物珍しさに立ち寄ってくれた人には、たどたどしくも説明に力を入れた。



「これは何の木なの?」


 ペンを見てくれていた壮年の男性が、拭き漆のペンを指さして言った。


「これは、ケヤキですね。えーと県の県木にもなってる木で。街中のケヤキ並木わかりますか?」


「ああ、あのガラス張り有名なビルがあるところ?」


「そうです。ケヤキは雑木の王様と言われてて、家具なんかにも使われてて。えっと県の伝統工芸の千台せんだい箪笥なんかにも······」


「ああ、家にもありますよ古い箪笥」


「いいですよね、千台箪笥。僕のおじいちゃん、いや祖父が箪笥の漆塗りの職人で」


「へえ、じゃあこのペンも君が漆塗ったの?」


 男性はペンを持ち上げ色々な角度から眺める。

 自分の塗りが値踏みされているようで緊張する。


「······じゃあこれと、そっちのも貰おうかな」


「ありがとうございます」


 拭き漆のペン、それにオーソドックスな龍紋塗のペンを男性から受け取って梱包する。

 ペンとお釣りを受取りながら「これからも頑張って」と男性は言ってくれた。


 売れた。

 高校生が漆を塗っているのが珍しいから、とかお祭りだからとか。そういうのかも知れないけど、精一杯手をかけた自分の仕事が求められた事が素直に嬉しい。

 これが対面販売の醍醐味なんだろう。

 尾形がこういったイベントに早くから参加している理由が、何となく分かった。

 

 

 そして蒔絵先輩が言っていたことを思い出した。


『作家なら自分の世界観を表現できてるか、表現するに足る技術がちゃんとあるか。職人なら、まあ、どんな物が人の気持ち動かして、欲しいと思わせるかって感じ? そーゆーのを不特定多数の人に見てもらって評価されて、すり合わせてくのは大事だと思うわけ』


 尾形は販売イベントを通して直接に、蒔絵先輩の言っていたことを実践していたのだろう。


 ただ、やっぱりそれは怖い事でもあると僕は思っている。

 自分の想いや考えが形になって、それがもし受け入れられなかったら?

 はっきり否定されたら?

 もし本当に漆塗りの職人になれたとして、一生そういった評価と向かい合っていかないとしたら?

 職人を続けられるのか?

 漆を好きでいられるのか?


 その時、僕はやっぱり、椿の事を思っていた。



 ぼう、としていたのだろう。

 客が入っていることに気づかず、僕は慌てて「いらっしゃいませ」と挨拶をする。

 その一般客は次々とペンを手に取り見比べている、という印象だった。

 拭き漆のペン、龍紋塗のペン、黒漆のペン。

 そこで客の手が止まった。


 客が手にしていたのは、あの日、椿が蒔絵筆で一輪の椿の花を描いたペンだった。

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