第18話 だって文化祭なんだから
パーン、パーン。
と小さい煙だけの花火が上がり文化祭は始まった。
普段は授業中の廊下に学年問わず生徒が溢れる。さらに一般客の受け入れが始まれば、そこに他校や大人が混ざり祭りの様相だ。
食べ物の臭い、呼び込み、笑い声。
あまりこういったイベントに関心の薄い僕でも、さすがに高揚感があった。
工芸部の初日最初の店番は尾形。
出だしの様子を見てディスプレイの配置を変えたり、リアルタイムでSNSにアップするそうだ。
開始直後にも関わらず、すでに数人の客が入っており尾形が対応している。
漆塗りペンの客の反応は気になるが、邪魔をしてはいけない、と部室を離れた。
展示や出し物を眺めながら、ひとり時間を潰す。まあ、一緒に回る相手もなく手持ち無沙汰と言う奴だ。
去年はどうしてたっけ、と考え蒔絵先輩に引きずり回されてた事を思い出し苦笑する。
椿は午前中、茶道部の手伝いに駆り出されている。
「絶対に来てくださいね?」
と釘を刺されている僕だが、言われるまでもなくそのつもりだった。
午後に工芸部に合流する椿に、その前に少し一緒に回って昼食でも、と僕の方から約束をつけている。
この僕が、なんともはや、だ。
あれから······
椿の簪に込めてしまったイメージが頭から離れなかった。
自覚、してしまったのかもしない。
椿の花が咲かないと、この冬は終わらない。
蒔絵先輩、これが僕の世界観ってやつですか?
それとも拗れたぼっちの勘違いですか?
こういう思考はよくないな、と思い直し深呼吸。代わりに頭の中に定盤をひとつ置いて漆を捏ねるイメージを。黙々と、淡々と······。
それでも、予定していた時間より早く茶道部へ足が向いてしまった。重症ってやつだ。
「茶道部ヤバい、すごい可愛い子いる」
「え、誰? どの子?」
茶道部の部室に向かう僕を、男子生徒の集団が追い抜いていった。
部室の前には数人の人集り、私服の人もいる。
茶会の参加希望の列もそこそこ長い。
椿と打ち合わせていた時間にはまだ早かったが、列の最後尾に並んで茶道部の部室を覗き込んだ。
文化祭って非日常的な空気、畳に並べられたキレイなお茶道具たち、厳かな雰囲気、着物、作法に則った所作······。
要は舞台やシュチュエーション。
例えば、美しい工芸品がひとつある。
同じ工芸品でも作業場にぽんと置かれるか、ギャラリーに照明まで考えられて置かれるか。
その工芸品の美しさは変わらなくても、環境で見え方は変わる。
まあ、何が言いたいかというと茶会、という環境は椿の魅力を最大限引出してしまっているという事だ。
「あの子、可愛くない? ほら、お茶配りしてる着物の子」
茶道部、全員着物だけどな。
と心の中で突っ込んでいると、僕に気付いた椿と目があった。
椿が軽く、ホントにわずかに首をかしげる。
目を細め少し口角を上げる。
髪を留める簪にそっと手で触れる。
ほんのちょっとした仕草。
それでも十分、僕に笑顔を向けていると分かるくらいに。
それはこの場の空気を壊さない配慮だったのだろう。「
あえて椿の失敗を上げるとしたら、それはその表情を僕以外の周りにも見せてしまった事だ。
ほらほら、ため息みたいなの聞こえるし。
男は勘違いしやすい生き物なのだ。
(先輩終わりました!)
(お腹ペコペコ〜)
その後、昼前まで時間を潰していた僕にメッセージが届き、再び茶道部の部室まで。
すでに着物から制服に着替えた椿が待っていた。
「せんぱい♪」
先程と違い、茶会の外では弁えてない満開の笑顔な椿。
「お茶点ててるのかと思った」
「さすがにそこまでは」
「結構なお手前でした、でいいのかな?」
「さあ?」
僕らは連れ立って食品ブースのある昇降口へ。
昼時ともあって混雑している。
定番の焼きそばを1パック買って、椿が絶対アレにしましょう!! と言ったロシアンルーレットたこ焼きの列に並んだ。
隣に並ぶと椿の頭がちょうど目の高さになる。
髪はもう下ろしていて簪もない。
「どうしました?」
よっぽど見てたんだろう。椿が言った。
「ん、髪。あと着物じゃないんだなーと」
僕が言うと椿は目をパチクリさせる。
「······せんぱいって、アレですね、和風好き? かき氷も和風だったし、あと着物とか、浴衣とか、工芸とか、わたしとか?」
「サラッと紛れ込ませて。わたし、も和風なのか?」
「和風じゃないですか?」
「和風と言えば和風?」
「和風、好きですか?」
三日月みたいな目で追求厳しい椿。奥ゆかしさは茶道部の部室に忘れてきたらしい。
「······和風なら」
と反撃すれば、今度は変なものでも見るような目で。
いいじゃないか今日くらい。
だって文化祭なんだから。
中庭の花壇のレンガに腰掛けて、焼きそばとたこ焼きを分けて食べる。
焼きそばは変なことさえしなければ、まあ信用できる味として、問題はたこ焼きだ。
「ロシアンルーレットたこ焼き、実在したんですね」
「漫画とか小説だと定番だけどな」
文化祭のシーンでは結構な確率で登場するコレだが、かく言う僕も初体験で。
「じゃあ食べ方も定番で♪」
そう言って、椿が楊枝にたこ焼きを刺してこちらに向ける。
受けて立つ、と言って僕も同じように椿にたこ焼きを向ける。
言っておくが、甘々展開ではない。
これは真剣勝負である。
「いざ尋常に♪」
食べる。噛む。たこ焼きの生地が破れる。
「こ、これは······何だ?」
どんな衝撃が来るのかと身構えていた僕だったが、口の中に広がるのはなんとも微妙な。
「甘い······のか?」
見れば椿も微妙な顔をして、たこ焼きの中身を分析している。
「からい······といえばからいような?」
結局どのたこ焼きに何が入っているのかはっきりわからないまま、後で尾形に聞いてみると
「去年苦情入って今年からロシア控えめらしいぞ」
とのこと。無駄に美味しくもないたこ焼きを食べさせられたわけだが、まあ文化祭だしな。
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