第17話 伝わるな
9月、夏休みが明けると数日後にはいよいよ文化祭だ。
「おおっこれは、なかなか映えるな!」
と、尾形が販売用什器に並んだ漆塗り木軸ペンをスマホで撮影する。
SNSにアップして宣伝、文化祭当日は一般客も迎え入れる予定だ。
この日の放課後、予てより製作していた木軸ペンを部室に持ち込んだ。
僕と椿、尾形とで手分けしてペンの仕様ごとに実際に並べ、当日のシミュレーションをする。
ケヤキなどの広葉樹で作られたペンは、杢目や道管が塗り映えするように、拭き漆という仕上げにした。
精製していない
この作業を漆が乾くたび何度も繰り返すと、風合いはそのままに浸透した漆が木を保護する。
砥の粉や地の粉、と呼ばれる土の粉と生漆を混ぜた下地で強固に固めたペン。コレには顔料と漆で作った色漆で黒や朱色に仕上げた。
そして今回最も力を入れた龍紋塗のペン。
オーソドックスな龍紋塗は赤や黄、緑が原色で塗られるためやや見た目の印象が強い。
それとは別に、椿の
これらを販売経験者の尾形の指示でディスプレイする。
「わあぁ」
並べ終わると椿が感嘆の声を上げた。
「さて、じゃあ商品説明の練習でもするか」
と言う尾形が客側に、向かって僕と椿がカウンター内側に立つ。
当日は僕と尾形はひとりで、椿は僕らのいずれかと時間を少しずつずらして店番する予定で。
「まずは営業スマイル、なっちゃんいいねー」
「いらっしぃませっ♪」
「羊一はなんだそれ、シャイニングのジャックかよ」
「うるさいし例えが古いし」
僕は客役の尾形に時々突っ込まれながら、ペンに施した塗りの技法など、説明の練習を行う。
尾形はこういった販売インベントで既に実績がある。ユーモアを交えながらペン軸の形状へのこだわり、鳴湖の約400続く木地屋の歴史や技法などスムーズに説明する。
椿も父親の手伝いで販売に立った事があるそうで、しかし尾形曰く「なっちゃんはめんこいから笑ってれば売れる」との謎理論で練習も免除。
「羊一のはなんつーか、硬いな。もっとこう、造り手の想いみたいのをバーンとだなー」
「想いも何も、丁寧に堅実にとしか······」
「何かあるだろ。ほら、コレとか」
尾形がパステル調龍紋塗のペンを僕に突き出した。ペン先がこちらに向いているものだから、刺さりはしないかとヒヤヒヤする。
「それは、簪の時の漆が残ってたので」
「そ、それじゃあ簪はどんなイメージで塗ったんです?」
僕と尾形のやりとりを見ていた椿が、意を決したように入ってきた。笑顔を作っているが目は真剣で。尾形は「それだっ」と椿にペン先を向けた。
「えーと、言わぬが花?」
僕はとぼけて一歩下がるが、椿と尾形がその距離を縮めるようにぐいっと迫る。
「せんぱい、聞かせて?」
ここで、今か!? と焦る。
尾形も聞いているここで?
あとで個別で······いやそれもまずい。
全部言ってしまいそうだ。
椿と尾形の圧力に屈し僕は口を開く。
伝わるな、と思いながら。
「べ、べつに、他意はないからなっ」
「羊一のツンデレに需要ねーから、ホラ」
尾形がペンをマイクの様に僕に向けて急かす。
「つ、椿からの依頼だったから椿の花のイメージで······えーと。長い冬で、雪が降っていて音も聞こえない······」
僕は話しながら工芸部の部室を思い描いていた。蒔絵先輩が卒業して、新入部員もいない部室を。
「雪に霞んで何も見えない······冬がずっと続きそうな······」
部室のドアを開けても誰もいない。誰も訪れない。僕はそこで淡々と日々の作業をこなす。
「その中に少し早い椿の花が一輪咲いていて」
だけどあの日、窓際に椿が立っていた。
「雪に霞んで淡い色に見える、小さな椿の花が咲いてて」
窓からの春の日に照らされて椿が振り返る。まだあどけない顔には、背伸びして薄化粧。
「ずっと終わらないかも、と思っていた冬が終わるような····春が来る予感みたいなイメージで······」
(わたし前世が漆だったんですよぉ)
話終えて大きく息を吐くと、体の力が一気に抜けた。膝に力が入らずその場に屈むと、自分の手が震えている事に気がつく。動悸が収まらず顔が燃えるように熱い。
身悶えするほど恥ずかしかった。
語彙もイメージそのものも陳腐だし青臭い。
これは無理だ、僕には。
作家とかは毎回こんな事出来るのか!?
ダメだ伝わるな。
「······誰も、何も言うなよ」
屈んで頭を抱えたままの僕は、そう言うので精一杯で。
そうしていたら、ふわっと僕の髪を触る感触があり、それが何度も頭の上を往復する。
顔が上げられないから目だけ向けると、椿が僕の頭を撫でていた。
「······なんだよ」
「ふふっ······なんでしょね?」
わたしもよくわかりません、みたいな言い方で小首を傾げるが、僕の頭を撫でる手は止めない。
何度も何度も、ゆっくり、優しく。
「よし、買う」
尾形が唐突に言った。
「身内贔屓もあるけどな、欲しいと思った。買う」
そう言ってポケットの財布から一万円札を出し、僕に差し出す。
僕は屈んだまま、椿に撫でられたままそれを受け取った。
「······釣りないぞ?」
「いいよ、とっとけ」
尾形はそう言うと、龍紋塗のペンを制服の胸ポケットに差し込んで笑った。
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