第16話 カラン、コロンと下駄の音

 蒔絵先輩は嵐のように僕たちを振り回し去った。

 絶対また来てください、と先輩が京都に戻る時椿は涙ぐんで抱きついた。

 僕と尾形も散々振り回されたにも関わらず、淋しい気持ちになる。

 そうさせるのが蒔絵先輩という人なわけで。

 

 肝心の文化祭の準備と言えば思いの外スムーズに進み、夏休み前半には目処がついた。

 尾形の段取りの良さといえよう。

 その尾形は販売什器が好評で、他の部活のヘルプに入っている。

 椿もクラスや茶会の手伝いに入る茶道部の方へ。


 僕は、と言えば夏休みの課題に木軸ペンの仕上げ、それ以外では塾の夏期講習にと忙しい。

 親に強制されたわけではなかったが、進路がはっきりしてない以上、受験を見据えた準備も必要だと自分で申し込んだ。


 そんなこんなで、あまり工芸部メンバーとも会う機会がなかったわけだが、今日は以前椿と出歩いたケヤキ並木のある駅で彼女と待ち合わせていた。

 

 待っている間、メッセージアプリのやりとりを見返す。


(前に先輩とデートした時の事覚えてます?)


(デートだったんですか)


(デートだったかと♪)

(それはともかく)

(チャペルの前で写真撮ってくれた人)

(あの時の写真が入選したって)

(見に来てって連絡来て)

(というわけで)

(デートしませんか?)


(デートですか)


 

 「せんぱい♪」


 椿の声にスマホから顔をあげる。

 

 椿に贈ったかんざしは花一輪だったけど今、目の前には満開の椿が幾つも咲いている。

 白地に大輪の椿の花を纏った浴衣の椿。

 髪は結上げられて簪で留めている。


「······浴衣だな」


「浴衣です♪」


「浴衣だ」


「······」


「······」


 いいですー言ってくれなくても大丈夫ですー、と口を尖らせて椿が僕の横へ並ぶ。

 カラン、コロンと下駄の音。


 待ち合わせは写真展の閉まる少し前にした。

 会場のガラス張りのビルまで、ケヤキ並木をゆっくり歩くと浴衣がちらほら見える。

 隣に視線を向けると、ちょうど目の高さに椿の簪がある。


「へへへ♪ 早くつけたくて」


 僕の視線に気づいて簪を軽く触れる椿の指先。

 この指先は本当に綺麗に椿の絵を描く、みんな知らないだろうけど、と何処に向けたか自分でもわからないような事を思う。



「来てくれてありがとう! わあっ浴衣可愛い!」


「ありがとうございます♪」


 カメラマンの女性は僕が言えなかった言葉を難なく言った。まあ女性同士だしな。


「可愛いカップルさんのおかげで入選できたから、ふたりで来てくれてうれしいわ」


「こちらこそ教えて下さって。あと····、なんです」


「あらー彼氏さん頑張らなきゃ」


 ごゆっくり〜、と女性は離れていった。


「何も言うなよ」


 先んじて僕が言えば椿はくすくす♪と笑い。


 この写真展と蒔絵先輩の言っていた工芸展とは、実は同じ主催団体が運営している。

 芸術祭と銘打ち写真展を皮切りに音楽、絵画、彫刻、文芸とコンクールが約半年かけて続き、年度末には工芸展が開催されるのだ。


「せんぱい、ありましたっ♪」


 下駄を鳴らして椿が壁にかかった一枚の写真まで駆けた。

 大きく引き伸ばされた写真の中で、高校生の可愛いカップルがお互いのかき氷をスプーンでつつき合っている。

 

 ······これは、なんというか。

 笑顔で。

 無邪気で。

 木洩れ日なんかもキラキラして。

 こういった補正がかかるカメラの仕様だと思いたい。


「こんな顔の自分を見るの、かなり恥ずかしいな」


「これでカップルじゃないんですってよ?」


「彼氏、頑張らなきゃな」


 自分で言ったし。


 

 写真展をゆっくり回りビルを出ると、溢れかえるという程でないとしても割と人出があり、浴衣の女性や子供も先程より目立つ。

 立ち止まって顔だけで振り返り、目で合図すると椿が笑顔の花を綻ばし僕の袖を摘んだ。

 簪といい浴衣といい、ホントに満開の椿みたいだな、と思う。

 

 下駄の椿に合わせて歩くペースを落としても、アーケードまではそれほどかからずに着いた。

 高い天井まで立てられた竹に大きなくす玉、その下には和紙でできた長い吹き流しがいくつも吊るされている。

 アーケードの中は色とりどりの七夕飾りと、それを見る人でいっぱいだった。

 

 椿と示し合わせたもうひとつの今日の予定。

 日本三大七夕祭りに数えられるコレと、その前夜祭。


「せんぱい、人混み苦手じゃないですか?」


 という椿はさっきより距離が近い。

 

 人が多いし、ぶつからないよう気をつけなきゃだし、スペースはないし、彼氏頑張らなきゃだし、しょうがないし。


 そんなわけで無言で椿に腕を差し出した。

 椿は少し驚いた顔をしたけども、すぐに頬を染めてへへへ♪ と笑い僕の腕に手を回した。

 そんな彼女を見ていたが、これは目に毒だなっと思って七夕飾りを見上げる。


「人混みは、まあ上向いてれば気にならないかな」


「できれば可愛い後輩ちゃんを見ててほしいですけどね♪」

 

 などと耳元で言って僕の腕をぎゅっと抱き寄せると花のようないい匂いがするものだからもう情報過多だ。


 人の流れに逆らわずゆっくり進んで行くと、途中でアーケードの脇に入った。

 そのまま流れに沿って歩く。

 時間はそろそろだ。


 

 どーん。


 アーケード横の路地は左右の建物が近くて空が狭い。その狭い夜空に最初の花火が上がった。


 どーん、どーん。


 花火が上がるたびに、僕も椿も周りの人達も、律儀に空を見上げ歩みを止めるものだから、なかなか会場まで辿り着けない。

 

 どーん、どどーん。


 でもまあ、花火は始まったばかりだしいいさ。

 どこからだろうと、今日この子と花火を見たって事は憶えてるんだろうな。

 簪や、龍紋塗や、浴衣や、椿の花なんかを見るたび思い出すんだ、きっと。

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