第15話 『型』

 雪霞の中で淡く色づく一輪の椿の花。

 椿の簪を仕上げる際思い描いた、世界観と言うには大げさな、ただのイメージ。

 でもそのイメージが散ってしまわないように、掬い上げるように、僕は水に浮かべた色漆にかんざしを潜らせた。


 

 職人仕事、特にここに『伝統』と付くと例えば素材や工法、果ては製作地域まで細かに定義される。

 経済産業省指定の伝統的工芸品は現在240以上。指定を受ける際に上記の様な定義付けが必要になる。

 もちろん、その定義だって時代や暮らしに合わせて変わって行く物だけど、『型』として中心にあることには変わりないと思う。


 決められた工程を丁寧に、正確に、効率的に、淡々粛々と執り行う。

 そういった仕事の取り組み方は、まだ何者でもない、職人ですらない僕にとっては支えだし、中心となる『型』であった。

 そう思うし、もしこれからも漆を続けられるならそうしていくつもりだ。

 

 でも、椿の簪を仕上げる時僕はそうしなかった。

 『型』から外れる事は不安でいっぱいだった。

 蒔絵先輩は僕の塗りをどう見るか?

 尾形の木地を無駄にしないか?

 

 椿は本当に喜んでくれるのか?




「はやく付き合えばいいと思う」


「俺もそう思うッス」


 なので割と勇気を出して簪の感想を聞いたのだけども、蒔絵先輩と尾形はこの答え。


「えーと、いや······簪の話ですが?」


「おんなじような話だって。黒とか朱とか溜めとかしか塗らない羊一が、こんなふんわり可愛い塗りして。簪見たら完全に好きバレじゃん」


 す、好きバレって。

 蒔絵先輩の思考は飛躍してるとしか思えないが、なにせ蒔絵先輩である。

 

「せんぱいのおキモチ、しかと受け止めました♪」


 などと椿もまんざらでない様子で。


「羊一がなつめの事どう見てるか、簪でなつめに何を伝えたかったか」


 そこで切って、蒔絵先輩は頬を染めて俯いている椿を目を細くして見つめ。そして続けた。


「そういうのが、まだ技術不足だったとしても、その簪から見えたから、あたしはいいじゃんと思ったよー」


「そういうつもりで作ったわけじゃないんですけど、ありがとうございます?」


 釈然としない思いはあったが、取りえず「いいじゃん」との事で褒められたと判断して。

 

 表現とか世界観とか、蒔絵先輩の言わんとしていることも分かる。

 しかし、僕にはまだそういう事を乗せて物を作る自分、というイメージが湧かない。

 

 じゃあ、なんで僕は『型』から外れた?

 椿だから?

 椿なら無条件で受け入れてくれるから?


「でも作家じゃないから」


 結局答えは出ずそう答えると、尾形がスマホから目を上げずに軽い感じで言った。


「でも職人でもないけどな、俺たち」


 尾形はいつもホントに痛いところをつく。

 ジロッと睨むと、尾形は片目を上げてニヒヒっと笑った。

 僕らが睨み合っていると、隣で椿が少し焦っている気配がする。

 しかし、蒔絵先輩の明るい声で重くなった雰囲気が変わった。


「おお! いいねー青春ぽい。まあ、作家でも職人でも何にせよ、物を作るんなら見られてなんぼ、ってわけで今回の本題!!」


 と言ってバン!とテーブルに置かれたチラシ。

 僕が手に取ると椿、尾形が左右から顔を寄せて覗き込んできた。



『第5回 もりのまち工芸展 応募用紙』



「工芸展······ですか?」


 何も知らない椿はポツッとひとこと。

 僕と尾形はといえば蒔絵先輩の顔を見て、彼女に振り回された去年の工芸部を思い出し、背筋に冷たいものを感じている。


 杜のまち工芸展の前身は、20年以上続いた工芸展で、県内の陶芸、木工、染織、漆などあらゆる工芸に携わる者の言わば登竜門だった。

 主催団体が変わり今の名称となってから次回が5回目となる。

 当時高校1年生だった蒔絵先輩は第2回に初入選、続く第3回、4回で入賞といずれも漆芸作品で果たしている。


「出しといたから。応募」


「「······は?」」


「羊一と光の。出品料は、まあ若者のチャレンジを応援って事で奢りでいいや」


「「ええと?」」


 さっきから尾形と言葉がハモっている。


「作家なら自分の世界観を表現できてるか、表現するに足る技術がちゃんとあるか。職人なら、まあ、どんな物が人の気持ち動かして、欲しいと思わせるかって感じ? そーゆーのを不特定多数の人に見てもらって評価されて、すり合わせてくのは大事だと思うわけ」


 あたし良いこと言った! と腕を組んでドヤ顔の蒔絵先輩はウンウン頷いている。


「いや、俺その時期イベント多いし······」


「僕はそもそも作品を作るような気は······」


 僕と尾形が口籠っていると一際、蒔絵先輩の笑顔がにぃーっと大きくなる。


「実際出すかどうかは任すよー。でも······」


 蒔絵先輩が言葉を切ったタイミングで顔を上げて彼女の目を見る。

 その目は獲物を逃さない、という捕食者のまさにそれで。

 同じように顔を上げていた尾形と僕は冷たい汗をかく。


「自腹切って可愛い後輩の成長を願う、あたしの気持ちを無下にしたってことは忘れないからねー。絶対」


 笑顔と目の光、口調と言葉の内容が全然合ってない蒔絵先輩。

 そんな彼女を見て、椿が小さく「ひえぇ」と声を上げた。

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