第14話 飯三杯行けるッス

(蒔絵先輩)

(集合)


 メッセージアプリで尾形に連絡するのに、これだけで通じる。

 それぐらい蒔絵先輩が在学中には、僕らはこの学校近くのファミレスへ足を運んだのだ。


「羊一こっち、こっち」


 手を上げて僕を呼ぶ蒔絵先輩。

 横にはスマホを見つめとろけたような顔の椿。


「せんぱいにもこんな無垢な時代があったんですね♪」


 蒔絵先輩に翻弄され続けた去年の僕の写真、秘蔵コレクションとやらの開示は阻止できなかったようである。


 どうも~、と遅れて尾形が合流すると1テーブルに四人の職人、作家の卵が集まる。さぞや高尚な会話が、と思われるかもしれないが実際はこんなものだ。


「カラオケ行こ、カラオケ〜」


「むふふっ♪ せんぱい······かわいい······」


「くそっ喰らえっ! はいげっとー」


「······」


 このままでは蒔絵先輩の言うダベる以下、僕は咳払いをひとつして切り出す。


「蒔絵先輩、大学どうですか?」


「いいよー。羊一もおいでよ。あ、なつめそれ去年の文化祭の······」


「割と真面目な話です」

 

 僕が言うと椿と尾形がスマホから顔を上げた。

 蒔絵先輩のおちゃらけた様子に、少し声が高くなってしまった事に気づいて居心地の悪さを感じる。

 蒔絵先輩は「ふむ」と言ってドリンクをひとくち、ストローを口から離すとニヤリと笑って話し始めた。


「んー。出来るヤツは世界観がはっきりしてて、言語化できてる感じ。それを表現するための技術の幅はこれからかな、あたしも。まわりがとにかくド鋭いヤツ多いから刺激は痛いくらい。妥協するともう追いつけない感じで割と焦る。あとすごい見られる。常に見られて全部評価されてる。物だけじゃなくあたしも見られてあたしが見てる物も見られてる。」


 呆気に取られる僕。隣では椿も目を丸くしている。尾形は何を考えてるのかわからない飄々とした表情だった。

 

「って感じで楽しいよ〜。だから羊一もおいでよー」


「いや、僕は······それに楽しいというか、大変そうに聞こえましたけど」


「大変は大変だけどさー。でも物作るってやっぱり比べられることだし、見られて評価されるってことじゃん」


 蒔絵先輩の言葉を聞いて、僕は祖父から教わったことを思い出していた。

 職人の手仕事は『見られている』と。

 僕に漆を教えてくれた師匠に当たるふたりが同じような事を言う。

 だからこれはひとつの正解なのかも知れない。

 でも僕は正直それが怖い事だとも思う。

 

 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、蒔絵先輩は僕に手のひらを向けて言った。


「さて、というわけで今度は羊一のを見せて?」


 言われて僕は鞄の中、今日椿に渡そうと思っていた物を意識した。

 蒔絵先輩に見せようと思って持って来た訳では無い。尾形もいる。

 どう見られるか、なんて言われるか。

 見てほしい、でも見られるのは怖い。

 迷っていると隣の椿が「せんぱい······」と心配そうに見上げている。

 

「勿体ぶってるとハードル上がるわよ?」


 蒔絵先輩が僕を急かす。最初はカマかけだったかも知れないが今はもう確信してる事だろう。

 椿は無条件で喜んでくれると思う。

 でもそれは甘えな気がする。

 僕は観念して鞄からそれを取り出し、蒔絵先輩の手のひらに乗せた。


「よくわかりましたね、物持ってるって」


「ぬふふふ♪ お、かんざしか〜」


「あ······」


「おっ」


 椿と尾形が蒔絵先輩の手のひらの上の簪を見て小さく声を上げた。

 鳴湖で塗ってほしいと預かった簪だったので、先に先輩に見せる事を椿がどう思うか少し気になった。

 しかし当の椿はというと簪と、その後には僕を目を輝かせ見ていたので杞憂だったようだ。


「パステルカラーの龍紋、かな? 配色も可愛いしいいじゃん、羊一の世界観出てる感じだわー」


「いいや、世界観なんて、ないですよ。ただ綺麗に、丁寧にと思って塗っただけで。むしろ世界観とか表現とかあったとしても、絶対に出さないように注意して作ってます」


 ······職人なので。

 そう、職人は脇役で主人公は『物』と『依頼人』というのが僕の職人観なのだ。

 僕は僕にそう言い聞かせる。


「そうかなー。はい、これなつめのでしょ?」


「はい♪ 蒔絵先輩すごいです、どうしてわかるんです?」


「んー、羊一の世界観がそう言ってる感じ?」


 俺も見せて、と尾形が椿から簪を受取り照明に当てたり角度を変え鑑賞している。自分で作った木地(と僕は思っている)だけに興味津々といった感じに見える。

 腕の良い尾形が僕の塗りをどう評価しているのか、気が気でなく少し落ち着かない。

 

 不意にくいくいっと椿が僕の袖を引いて、ふわっと笑顔を綻ばせる。

 その顔を見て少し緊張が解け、僕も軽く笑顔で返した。


「ちょっ、ちょっと光、今の見た!? 」


 突然蒔絵先輩が興奮した様子で、テーブルを叩きながら身を乗り出す。テーブルの上のグラスが揺れると、固まっていた氷がコロンと音を出してバラけた。


「なつめが超めんこい顔でありがとうってして、羊一が······あの洋一がどういたしましてって。笑顔で!! しかもふたりとも一言も喋ってないのに通じ合ってる感じが!!」


「見たっス。飯三杯行けるッス」


「わ、わ、わたしドリンクおかわり行ってきますっ」


 蒔絵先輩と尾形に誂われ、頬を真っ赤に染めた椿はグラス片手に、顔を扇ぎながらドリンクサーバーの方へ駆けていった。

 僕は駆けていく椿の方を見ている。熱くなった顔を蒔絵先輩と尾形に見られないように。

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