第12話 可愛いカップルさん

 片側3車線、そして広い中央分離帯には遊歩道。大きな街路樹のケヤキがアーケードの様に続き、生い茂った緑は夏の陽射しを遮ってくれる。

 県内の中心街、遊歩道のベンチに座り僕と椿はカキ氷を堪能していた。

 

 文化祭の準備が進む夏休みの校舎から、少し離れたこの通りに僕らが訪れた経緯はこうだ。


 「羊一となっちゃんは今日は上りねー」


 集合して約30分、什器の材料の搬入のため尾形が現地に向かう、と部室を後にする際言った。

 僕も椿も同行すると申し出たが、運搬車は2人乗りの軽トラック。

 んじゃ、おつかれーと、尾形は早々出ていってしまう。

 僕と椿はすでに片付けが済み、何もなくなった部室で呆然としていた。


「えっと」


「帰る、か」


 とは言ったもののだ。

 乗り換え駅まで同じ電車に乗る。

 鳴湖までさらに1時間以上電車で帰る椿の事を考えると、自分だけさっさと帰ってしまうのが申し訳ない感じがして。


「せんぱい、ちょっとだけ寄り道しません?」


 だから、椿がそう切り出してくれて内心ホッとした。

 

 乗り換え駅のふたつ前で電車を降りるとケヤキ並木のちょうど入口だ。

 冷房の効いた電車から外に出ると、少しむっと熱気を感じるが、木陰に入ってしまえば割と涼しい。

 頭上を見上げれば、生い茂ったケヤキの葉が風でカサカサと音を立て隙間から光を洩らす。

 椿に目をやると、同じくケヤキを見上げていたようで、僕の視線に気がついて木洩れ日の中ふわっと笑った。


「いきましょっ♪」


 ケヤキ並木に面してギャラリーや雑貨店、カフェが並ぶ。

 椿はそのひとつひとつの店を、時には足を止めて眺める。

 ······なんというか、その、デートみたいだな。

 などと考えていると、椿が「デ、デートみたいですね♪」と言った。

 くそっ、これが夏の魔力とやらか!


 ふふふん♪ と上機嫌の椿の横を並んで歩き、一際大きな建物の前についた。

 世界的にも有名な建築デザイナーが設計したという、鉄骨とガラス張りのビル。一階のミュージアムショップは、デザイン雑貨と一緒に東北の工芸品なんかも並んでいる。

 県内特産の工芸品と人気コミックがコラボした本の栞や、ちょっと洒落の効いた柄の手ぬぐいなど手に取り眺め。


「せんぱいせんぱい♪」


 呼ばれて見ると、椿が小指サイズの伝統こけしストラップを両手で掲げ軽く揺らしている。


「これめんこい〜♪ せんぱい、お揃いで······」


「しないぞ」


「ですよねー言ってみただけですぅー」


 と、こけしストラップを棚に戻す椿に不満そうな様子はなく、むしろ僕とのやり取りを楽しんでくれているようでもあり。


 ガラス貼りのビルを出て、並び結婚式場のチャペルの前を通る時に椿が、むふふふっ♪ と笑う。

 チャペル横にかき氷屋を見つけ、椿を遊歩道のベンチに待たせて僕は暖簾をくぐった。

 

 抹茶ミルクと白玉きな粉のかき氷を両手に持ち戻ると、椿が呆れた顔をしてる。


「両方和風ですね」


「職人だからな」


「ふむふむ? じゃあわたしはきな粉の方で〜♪」


 いただきます、と揃って言ってひとくち。

 舌の上で氷が溶けて、程よい甘さが口の中に広がった。


「せんぱい······あ~ん♪」


 椿が白玉を乗せたスプーンを僕に向ける。

 三日月型のいたずらな目、でもほんのり頬なんか染めやがって。

 僕は顔色ひとつ変えず、自分のスプーンで椿のかき氷から白玉を掬って口に運んだ。


「ん、うまいな」


「ず、ずるいですっ。わたしもっ!!」


 お互いのかき氷を奪い合っていると、カシャカシャッと音がして顔だけ向ける。


「ごめんなさい勝手に撮って。可愛いカップルさんだなーて思って」


 見れば黒いスーツの女性が、僕らに一眼レフカメラを向けて笑っていた。


「カ、カ、カップル······」


 椿が顔を真っ赤にして固まっている。

 いや、それは僕も同じか。

 

 聞けば、目の前の結婚式場の専属カメラマンとのこと。これからこの遊歩道で、今まさに結婚式を挙げたカップルの記念撮影だそうだ。


「えっと······せんぱいとはカップルじゃありません······」


「あら、そうなの? じゃあ彼氏さん頑張らなきゃね!」


 と手を振ってチャペルから出てきた新郎新婦の元へ帰っていった。


「彼氏さん······だそうですよ?」


 椿が赤い顔のまま覗き込むように僕を見てくすくす♪ 笑っている。


 チャペルの鐘がケヤキ並木に鳴り響くと、道行く人々が足を止めて新郎新婦に目を向ける。

 かき氷は溶け始めていたけれど、僕たちも幸せそうなふたりをベンチから眺めていた。


「あっ! 」


 と声を上げ、椿はベンチに食べかけのかき氷を置いて立ち上がった。


「わたし、写真もらってきます!!」


 慌てた様子でカメラマンのところへ駆けていく椿の背中を眺める。


 「彼氏さん頑張らなきゃね、か」


 とひとりごちて、僕は残りのかき氷を飲み干した。

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