僕たちの文化祭

第11話 第二章突入だ

「よし、じゃあなっちゃんは技術室行ってネジ貰って来て」


「えー、ひーくん行ってきてー」


 文化祭に向けて製作していた木軸ペン、それに茶道部の菓子皿の制作に追われ気付けば夏休み。

 後半には各クラス事の準備も始まるので、僕たち工芸部は夏休み初日から部室に集合していた。

 

 僕に椿、そして尾形。


「漆弱かったんじゃなかったのか?」


「そうも言ってられん。第二章突入だ」


 僕がジト目で聞くと、尾形は不敵に笑って意味不明な事を言った。


 漆塗り作業は最終工程に入っていたので、僕と椿で手分けして持ち帰り家で仕上げを。

 部室の方は道具類の片付け、それに木軸ペンの販売用什器の制作に入る。

 尾形がインパクトドリルや丸ノコを持ち込んでいて本格的だ。


「金はかけたくないがチープにもしたくないしなぁ」


 と什器の図面とにらめっこしている尾形の顔を横から見ながら、さっき技術室に向かって部室を出た椿とのやり取りを思い出す。


 なっちゃん、ひーくん、か。

 幼馴染、というふたりの気安いやり取り。

 兄妹のよう、と言えばそうかもしれないし友達、と言うには距離感が近いような。

 その辺は兄弟も異性の友達もない僕にはよく分からない。

 

 尾形は、まあイケメンという奴だろう。

 髪を染めたり元々の性格の軽さから、やや軽薄な感じがしないでもないが、それがかえって人を緊張させない。

 そして僕も認めるところだが、同じ年齢にしてSNSでも数多いフォロワーを持ち、漆器職人にも認められている木地師。

 同じく高い漆の才能を持つ椿とはよくお似合いだ。


 ······お似合い?

  ふと頭に浮かんだ言葉に思考が止まった。

 えーっと、あれだ。

 腕の良い木地屋には腕の良い塗り屋、みたいな事が言いたいんだ。

 だから、ふたりはお似合い······あれ?



「なんだよ、


 思考が止まってぼーっとしていた僕は、結果的に尾形の顔をじっと見つめる形となっていたようだった。

 尾形の声にハッとすると彼がニヤニヤと笑っている。


「俺となっちゃんのやり取り、気になってんのか?」


「うるせーよ。ひーくん」


「安心しろ。俺となっちゃんは幼馴染だ」


「それは聞いた」


「まあ、子供の時なっちゃんは俺と結婚するって言ってけどな」


 なっ!? 動揺する僕を見て満足な表情の尾形。

 なんだ? やけに煽られる。


「まあまあ、子供の時の口約束だ。でも、気をつけた方がいいぞ」


「何をだよ」


「どっちかって言うと地味子ちゃんだったけど最近は垢抜けて来たからな、なっちゃん」


 お前の差し金だろ、と口に出かけてやめた。

 

 尾形の言わんとしていることは分かる。

 部活に復帰してすぐの頃は、何となく演技がかっていた感のあった椿だった。

 距離感をグイグイ縮められ僕もすっかりペースを崩されたし、椿の一挙手一投足にはお互い緊張感があった。

 今の椿はもっと自然な雰囲気を纏っている。

 そうなると、椿の漆に携わる時の綺麗な所作が普段の生活にも見て取れる。

 決して背の大きい椿ではないが、姿勢よく伸ばされた背中は実際よりその体型をスラっと見せた。

 蒔絵筆で細い線を描く指はその先まで神経が行き届き、髪を耳にかけるような何気ない仕草にも丁寧さが伺える。

 そういった椿の綺麗な所作が、やや茶色い髪や薄化粧もかえって上品に美しく見せ······。

 

 ああ、くそっ。認めよう。

 椿は可愛い。


 そして、椿の魅力は遠からず周囲に発見されるだろう。


「もともと懐っこくてめんこい子だからな。あれは化けるぞ」


「それを、なぜ僕に言う?」


 僕は内心を表さないよう低い声で返す。

 職人たるもの······


「出たっ! 羊一の職人ヅラバリア!!」


 今にそいつを剥がしてやるからな〜、と尾形はまたニヤニヤ不敵な笑みを浮かべるのだった。

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