インタールード

食卓に漆器はない

 新歓の部活紹介後、数人の仮入部員が来たが1ヶ月もせず部室はまた僕ひとりとなった。

 椿曰くには、余りにも塩対応な僕が原因らしい。

 そこはストイックさだと訂正しておく。

 職人の世界は厳しいのだ。

 

 流石の椿も心が折れかけたが一応正式に、しかし幽霊部員となった。

 僕とのコミュニケーションの取り方、復帰のタイミングなど人に相談したそうだ。まあ、尾形の事だろう。

 仮入部時の椿の印象は、正直全然ない。

 もともと椿もどちらかというと人見知りな性格だったそうだ。ある人のプロデュースで少し自信をつけ5月頭、部室の扉を開けたとのこと。


「時間差高校デビュー?」


 と僕が言ったら、ひどいですひどいですそもそもだれのせいだとおもってるんですかはなしかけてもむしされるしてれてたんでしょそうでしょやーいむっつり〜っと罵られた。


 

 さて、鳴湖から自宅に帰るとすっかり暗くなっていた。ただいま、とリビングに顔を出すとちょうど夕飯の準備ができていた。

 椿の家での昼食を思い出す。

 僕の家の食卓に漆器はない。


「ちょっと調べ物で鳴湖まで行ってた」


 と言うと僕の父親はあまりいい顔はしなかった。

 漆職人の祖父の家に生まれた父は普通の会社員だ。自分の父親の苦労を見てきた父は職人になりたい、という僕の夢に否定的なのだ。

 はっきり反対していると言ってもいいだろう。

 職人では食べて行けないとか、漆は趣味でも続けられるだろう、折に触れては言う。

 その世界で成功出来るのは才能のある一握りの人間だけだ、という言葉がいちばん堪える。


 自分に椿のような才能があるなんて思ってはいない。

 自分に尾形のような実績もない。


 趣味で漆を続けて行くことも選択肢のひとつではあるとも思う。

 しかし、そうなれば当然来年は受験生として集中しなければならず、今年の部活、いやそれこそ文化祭が漆にひたむきになれる最後かもしれない。


 気分が落ちそうになるが、息をひとつ吐いて定盤じょうばんの手入れをする。

 定盤とは漆の道具をしまったり、その天板で漆の作業をしたりする作業台兼道具箱の事だ。

 この定盤は祖父が引退する時に譲り受けた僕の宝物だ。


(所作がキレイだなーとか······)


 という椿の言葉を思い出してニヤけてしまう口を押さえた。

 職人たるもの表情ひとつ変えてはいけない。

 

 しかし、そうなんだろうか? とも最近は思うようになった。

 楽しそうに、鼻歌交じりで、時には怒ったり、ドヤ顔だったり。

 そんな表情豊かな椿の漆への接し方を思い出す。

 

 定盤の手入れを進めていたら傍らのスマホがなった。


(簪、楽しみです♪♪)


 スマホの中で椿の花が咲いている。


 ひとりでも、たったひとりでも僕に漆を塗って欲しいという人がいれば、僕はその時だけでも職人と認められてはいないか。

 そんな甘い考えが頭に浮かぶ。

 今はその考えに甘えさせて欲しい。せめて文化祭が終わるまでは。


(乞うご期待♪)


 メッセージを返し僕は簪を手に取った。

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