第7話 アドレス、げっとです♪
7月に入ると気温も湿度も上がり、漆室も管理しやすくなって来た。
しかし今度は漆の乾きが早すぎるとか、夏服に変わり、露出した腕に気づかない内に漆がつく、など注意することは多い。
漆塗り木軸ペンの製作も今の所順調ではあったが、茶道部から同じく文化祭で行う茶会用の菓子皿製作依頼があり一気に忙しくなった。
菓子皿については椿に完全にまかせていた。
彼女の技術は確かで、むしろ僕を上回っているように思える。
それについて特に心を乱すこともない。
自分は目の前の仕事をするだけだし、彼女の仕事ぶりにはすでに信用を置いている。
「ふふふん♪」
鼻歌交じりなのはどうかと思うけど。
さて、僕はといえば木軸ペンの仕上げについて悩んでいた。
せっかく漆器の産地、鳴湖の職人候補がふたりもいるのだ。何か特色を出したい。
だいたいの漆器の産地には〇〇塗り、みたいな特徴のある塗りがある。
津軽塗の唐塗やななこ塗、会津漆器の鉄錆塗、紀州漆器の根来塗などなど。
鳴湖漆器にも特徴的な技法がある。
『
「ふむふむ♪ 龍紋ですかぁー」
「そう。むかし鳴湖のワークショップでやった事はあるけど、あれはカシューだったし」
龍紋塗は水面に色漆を張り、そこに塗る物を潜らせて模様をつける、いわゆるマーブリング技法で。しかし僕が体験したワークショップでは、金額やかぶれなどの理由で漆ではない合成樹脂塗料のカシューを使っていた。
同じような理由で、色々な場所で行われる漆関係のワークショップでは、カシューが用いられる事が多い。
「わたしも実はあんまりやったことなくて。あ、でもパパ······いえ、お父さんなら詳しいかもです♪」
「椿の家は鳴湖漆器の工房だし間違いないな。手間だが頼む」
「はい♪······あっ」
椿はゴム手袋を脱ぎ、カバンからスマホを取り出した。
「分かったらすぐ連絡しますので、あのあのっ、メッセージアプリのアドレス交換······」
「分かった、よろしく」
僕の方もスマホを取り出しメッセージアプリを開く。
一応言っておくが、僕は別にコミュ障ではないので、メッセージアプリにはそれなりに人のアドレスが入っている。それなりに。
アドレス交換しようとスマホを差し出すと、椿が丸い目で僕を見ている。
「ん? なんだ?」
「あ、いえ······せんぱい、こういうのもっと渋るかな〜って」
コードを読み取ると、僕のスマホに椿の花のアイコンが咲いた。
椿は追加された僕のアイコンを確認して、スマホをぎゅっと胸にあてる。
「ふふっ、せんぱいのアドレス、げっとです♪」
その夜、入浴後に自室で龍紋塗の工程など調べていると、テーブルの上のスマホが鳴った。メッセージアプリに椿のマークだ。
(こんばんは♪ 先輩のカワイイ後輩ちゃんですよ♪)
(こんばんは原です。)
(りゅーもん塗のことお父さんに聞いたら)
(一回鳴湖のおウチ来ないかって)
(後輩ちゃんのおウチです♪)
(どうですか?)
(行きたいです。いいですか?)
(大歓迎です〜♪♪)
(明日学校で相談しましょ)
(日程)
(あと、あの、よかったら)
(ありがとう。おやすみなさい。)
(わー)
(せんぱいせんぱい)
(まって)
(おーい)
((泣))
(なに?)
(あ、先輩ぽい(笑))
(あの、ちょっとだけお話しませんか?)
(だめ?)
(少しなら。)
(わーい♪)
(うれしいです♪♪)
(おんぷ)
(♪)
(?)
(語尾に♪ついてる。)
(はいっ♪)
(♪♫♪♬)
(話してるとたまに見える?聞こえる?気がする。)
(あ〜照)
(浮かれちゃうんです♪)
(先輩とお話してる時だけですよ♪♪)
(そういうおはなしでしたらおやすみなさい。)
(えー)
(先輩が始めたのにー)
(話題変えます♪)
(えっと)
(えっと)
(うーんと)
(ご趣味は?)
(漆)
(ですよね(笑))
(あと、ゲームも少し)
(ほほう♪)
(ちなみにちなみにどんな?)
······
その後、椿も持っていた同じ有名レースゲームで、なぜかオンライン対戦する事になり。
気づいたら日付が変わっていたのだった。
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