第5話 胃袋掴む作戦ですから♪

「そうかそうか。羊一よういちにもやっと春が来たか」


 と、ニヤけ顔で僕の肩に手を置き言うのは尾形光おがたひかる、クラスメイトであり工芸部の部員でもある。

 休み時間、文化祭で販売予定の木軸ペンの木地を詰めた段ボール箱を尾形から受け取っていた。

 尾形の実家は県内の温泉地にあり、そこでお椀や皿など漆を塗るための木地を制作している。いわゆる『木地屋きじや』さんだ。

 そこで育った尾形も幼い頃から木や木工旋盤に触れており、今では自分でも木地を製作したり最近では木軸ペンをSNSなどに上げたりしている。フォロワーも多いようだ。


「毎日、放課後に部室で可愛い後輩とふたりきりなんて恋の予感がするな!?」


 最近どこかで聞いたことのある台詞を吐きながら、尾形が僕の肩をバンバンと叩く。

 尾形には幽霊部員であった椿が部活に復帰した事、どうも初心者でないようだという事など伝えてあるのだが、この話になるとなぜかテンションが高くなるのだ。


 尾形の声が大きいので他のクラスメイトの視線が集まり何となく居心地が悪い。

 それでなくても尾形は目立つのだ。

 男の僕からでも容姿も整って見えるし、人当たりも良い。何より高校2年生にして、すでに木軸ペンの制作者として活動していることは周りにも知れ渡っているのだ。

 実際このクラスにも彼の作ったペンを使っている者もいるようだ。

 尾形のノリは正直苦手な部類だが、物作りの担い手として先行している彼に僕も一目置いている。


 うらやましいなコノヤロ! と僕の肩を叩く尾形の手を払いながら僕は言った。


「うらやましいと言うなら尾形も部室に来ればいいだろ」


「いや俺、漆に弱いからな。今日も昼休み部室行くのか?」


「尾形から預かった荷物もあるし漆室の様子も見たいからな」


 僕が肯定すると一際大きくニカっ尾形が笑う。


「今日の昼、お前に良い事ある気がするぜ」


 なんだそれ、と眉を顰めると尾形は親指を突き出し僕の席を離れながら言った。


「職人の勘だ」



 昼休み、尾形から預かった木軸ペンの木地と昼食のいつものソーセージパンを手に部室に続く廊下を歩いていた。

 巾着袋を後ろ手に、後輩の椿が部室のドアにもたれ立っている。小さく廊下を蹴る自分の足元をぼうっと眺めているようだ。


「手塞がってるから、開けてくれると助かる」


 僕が声をかけると椿がパッとつま先を見ていた顔を上げる。


「せんぱい♪」


 と言ってふわっとした笑顔を咲かす。

 花が綻ぶような、とはこう言うことかと思った。名前も椿だしな。


 ドアの鍵を開けてもらいふたりで部室に入った。

 部活復帰当初こそお昼休憩時も部室に来てかしましくしていた椿であったが、最近はクラスの友達と昼食を取っているようでこの時間一緒になるのは数週間ぶりか。

 僕はクラスで会話するのは尾形ぐらいだし、漆室のチェックもしたいからほぼ毎日部室でひとり昼食だ。ぼっちめしでは、ない。


 先日の失敗を踏まえ、昼食の前にまずは漆室の温度湿度のチェックを。続いて漆室の中の漆を塗った木軸ペンの様子を伺う。

 うむ、順調なようだ。

 そうしている僕の後ろ、何やら椿がそわそわと立ったり座ったり落ち着かない。

 さてと、と持参したソーセージパンの袋に手をかけたところで


「あのっ」


 と椿が手にしていた巾着袋を僕に突き出した。


「せ、せんぱいにお弁当、作って来たんですよぉ♪」


 僕に、というのは想像していなかったが、お昼時だし椿が手にしていた巾着袋に弁当が入っている事は分かっていた。しかしサイズ的には弁当箱はひとつのように見える。


「いや、いい。パンあるし」


「ま、まあまあ遠慮なさらず。せんぱいの胃袋掴む作戦ですから♪」


 作戦て。そうこうしている内に椿はまあまあ言いながら、巾着袋からこぎん刺しの布巾に包まれた弁当箱を取り出す。やはり弁当箱はひとつだけのようだ。


「あ、大丈夫ですよ? お弁当多めに入れてもらったので一緒に食べましょう♪」


 僕の視線に気がついたのか椿が言う。ひとつの弁当箱をふたりでつつくって物凄くハードル高いような······。


 はたして、椿が布巾を解くと、そこから現れたのは漆塗りで小判型の木の弁当箱。

 曲げわっぱであった。

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