第2話 前世が漆だったんですよぉ

「わ、わたし、前世が漆だったんですよぉ」


「······何て?」


 

 とある5月始めの部活動の日。

 我が工芸部の部室を訪れた僕の目に入ったのは窓辺に佇む女子生徒だった。


「部外者立ち入り禁止だ」


「部外者じゃありませんよ♪」


 ふふふん♪ と何やら得意気なこの女子生徒。上履きの色から判断するにどうやら一年生、後輩のようである。

 やや小柄な体を包む制服はまだ真新しく、しかし若干スカートの丈が短い。

 肩までのやや茶色い髪は左右で編んで後ろで緩く結ってある。それが放課後の窓からの日を浴びあたかも光を放っているかのようで、不覚にも綺麗な工芸品のようだと思ってしまう。

 前髪の下の眉が意思の強さを感じさせるが顔そのものはまだ幼さが残る。

 そこに、薄く化粧でもしているかのような色艶があどけない容姿に妖艶なアンバランスさを加え、僕は何故か目のやり場に困り視線を逸らす。


「部外者でなければ、何だ?」


「あ〜、それは」


 なにが可笑しいのか、女子生徒は後ろ髪を撫でながらくすくすっと笑う。髪に触れる指は白く細く、丸い小さな爪は薄茜に光っている。

 うーん。僕はこころの中で唸るがもちろん表情には出さない。職人だからな。

 そしてこの女子生徒、何と言うか職人っぽくない。


「幽霊部員だったんですよ〜♪」


「そうか、わかった。馘首だ」


 やだやだひどいですせっかくやるきだしてきたのにずっとでてなかったからゆうきだしてきたんですよほめてくださいいいこいいこしてくださいぎゅ~ってしてください~。

 と僕の制服を引っ張ったり小さな拳でポカポカ叩いてくる様は大変愛らしいが、今日は漆を塗る作業の予定。埃を立てられては困る。

 なおもわめき暴れる女子生徒の背中を押し部室から追い出そうとしたところで最初の台詞である。



「幽霊に前世。オカルト研究部案件だな」


「部活紹介の時ありませんでしたよ?オカ研」


「大丈夫だ。一名からでも新規部活は作れる」


 そもそもこの工芸部も引退した前部長がひとりで立ち上げたのだ。


「もー。そんな事言っていいんですかぁ?」


 女子生徒はそう言って僕に一歩近づく。両手を後ろで組みやや上目遣いでくすくすっとまた笑う。

 これは僕にもわかる。いや、経験はないがこのあと僕は煽られるのだ。女子からの煽れ耐性などの経験がない故もちろん未知数。


「せんぱい、漆すきじゃないですかぁ。だから前世が漆の女の子とかホントは好きになっちゃうでしょ?」


 ······。

 あれ? 大丈夫だ、全然。

 

 構えていた僕ではあったが、特に魂に湧き上がる物はそれこそ漆一滴すらない。

 そもそもこの設定が意味不明である。

 確かに漆は好きである。温度、湿度管理など手のかかる漆に僕は仕えていると言っても過言ではない。

 しかし、ウルシノキから取れる漆と言う樹脂分は物体である。前世が物体と言うのはオカルトに興味があろうとなかろうと不合理な気がする。ウルシノキという植物でした、と言うならまだしも。


 あれ? あれ? とお互い微妙な空気となった僕と女子生徒であったが、気を取り直し追い出そうとすればやだやだやだやだと押し切られ。

 結局塗り作業は諦め、部室の掃き掃除水拭き掃除をふたりで行いその日の部活動を終えたのであった。

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