第25話 仮面の裏側

定期的に練習を繰り返し、試験が数日後に迫った金曜日。

俺と凪咲は試験当日の衣装合わせをするため、実習棟にある衣装ルームへと向かっていた。


「数種類の中から選ぶだけらしいから、そこまで時間はかからなさそうだけど......」


試験のリーダー枠である凪咲に送られてきたらしいお知らせの画面を見つめながら凪咲が話す。


「まぁ、退出時間も決められてないから写真でも撮って相田さんに送ってあげよっか?」


自宅から持ってきた狐の仮面をひらひらと振りながらこちらの様子を窺ってくる。


「ありなんじゃないか?本番に記念撮影できる時間があるかどうかは分からないし」


凪咲に送られてきたお知らせには"出演者のみ"と記載されていた。

恐らく試験の出場者が友達を呼んで混雑を起こさない様に......という配慮ではあるのだろうが、「実際に舞台にでて演技をするわけではないから私は遠慮しておくわ」と相田さんの方から申し出があった。


程なくして衣装ルームに到着する。


「多いな......」


扉を開けると思ったより多くの衣装が目に飛び込んでくる。

和服やメイド服、いつ使うのかわからない重そうな甲冑から水着まである。


「私たちは......向こうかな?」


いくつか区分けされた室内の奥には”今年度1年生試験用”と書かれた張り紙があった。

前を歩く凪咲の背中を追って進むと、視界に移る衣装が一気に切り替わって演技の世界で見るようなヨーロッパ風になる。


「へぇ~......結構あるのね~......」


衣装は多いのにもかかわらず窮屈に感じない空間を2人で歩きながら衣装を流し見していく。

混雑しない様に管理されているようで、試験に出る生徒はかなりの人数がいるにもかかわらず、エリアの中には他に4組ほどの生徒しかいなかった。


「とりあえず優人の見る?」

「そうだな」


頷きながら肯定し、女性ものの衣装が並んでいた景色から移動する。


「どんなのがいい?」

「......正直なんでもいいけどな」


並んでる西洋騎士風の衣装デザインは数種類、あとは色違いがあるだけだ。


「そう言うと思ったわよ......持ってて?」


呆れたようにため息をつきながら左手に持っていた狐の仮面を手渡してくる。

俺に仮面を手渡した凪咲は「白......いや黒も似合うかなぁ?」とつぶやくながら衣装を眺めている。


「多分170センチ......いや、169よね」


デザインと色を決め、何故か正確に俺の身長を呟きながら主に白が使われている衣装を手に取る。


「じゃあこの衣装着てみて?向こうの方の試着室でスタッフの人が手伝ってくれると思うから」

「凪咲は?」

「私もあとで合流するから試着室の前でまってて?」

「りょーかい」


先程の女性用の衣装があるコーナーに向かって歩き出した凪咲の背中を見送りながら、俺は試着室へと向かった......。






少し着慣れない構造の衣装に身を包まれ、狐の仮面片手に凪咲を待つ。


「どう?私の騎士さん?」


複数ある試着室の中から姿を現した凪咲は俺の前に立ち、豪華な衣装を見せつけるように軽く体を傾け、俺の反応を窺うようにこちらを見上げてくる。


「お似合いですよ。姫。」


左手に持っていた仮面をつけ、凪咲の手を取ってワザとらしくキザなセリフを吐く。

その言葉に凪咲もまた満足そうな表情を浮かべる。


「うむ、くるしゅうない。」


そう言って自慢げに胸を張った後、ニヤついた表情に切り替わる。


「で?どう?惚れ直しちゃった?」

「もともと惚れていた覚えは無いんだが」


高貴なお姫様の佇まいから、一気に女子高生の姿になる。


「ん~?どうだろうなぁ?その仮面の下は案外狼狽えてたりして?」

「普通だ」

「どうだか」


そう言って俺の仮面をゆっくりと外す。


「......普通ね」

「その程度のからかいにはもう慣れたんだよ」

「つまんないな~」


ワザとらしく口を尖らせたかと思うと、急に表情をご機嫌に切り替え、近くにいた生徒に話しかける。


「ごめん、ちょっと写真撮ってくれないかな?私たちの」


近くに置いていた自分のスクールバッグからスマホを取り出し、快く了承してくれた生徒に手渡す。


「じゃ、優人。お姫様抱っこして?」

「......まじで?」


冗談のような要求に、思わず困惑の声が漏れる。


「マジマジ。大マジ」


他の生徒の前だという事を忘れているのだろうか?

女優にはもう人前だとかいう感覚は無いのか?

そんな事を考えているうちにも、しっかりとスマホを持ってカメラをこちらに向けてくれている生徒を待たせてしまう。

考えている暇はないか......。


深くため息をつき、お姫様抱っこをするために凪咲の後ろに回り込む。


「なーんて......」


何か話そうとしていた凪咲の言葉を遮り、凪咲の腰の上と太腿の下に手を回す。


「じゃ、行くぞ?」

「ちょ、ちょっとまっ......」


声を掛け、勢いよく持ち上げると凪咲の腕が俺の首にまわり、抱き着くような体勢になる。


「そんなにしがみつかなくても落とさないって......」


極端に非力なわけでも無いし、そもそも凪咲が軽い。


「......もうっ!うるさい!」


何故かぶつけられる理不尽な怒りと共に、俺の顔に狐の仮面が押し付けられ、視界が黒く染まる。


「前が見えないんだが......」

「ゆうとはそうしてて!......あと写真はちょっとまってください!」


残された聴力から凪咲の怒りが伝わる。

口調は丁寧なものの、撮影に協力してくれている生徒にまで語気が強まっている。


10秒ほど待たされ、深い息の音が聞こえた後凪咲によって押し付けられていた仮面が正しく着けられ、俺の視界が明るくなる。


「......じゃあ、お願いします......」


怒りは消えたものの、まだ不機嫌な様子の凪咲だったが、何故かスマホを構えている生徒はにこやかな笑みを浮かべていた......。

















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