第23話 鑑賞会

「やっほ!お邪魔します!」


あれ以上相田さんに追及されることもなく無事に家に帰宅した後、20時を過ぎたあたりであかりがインターホンも鳴らさずに玄関のドアを開け、俺の部屋に入ってくる。


「インターホンぐらいは鳴らせよ......」

「え~?優人の家だからよくない?鳴らしても多分優人が怠そうな声で「どうぞ~」って言うだけでしょ?」


俺を意識してか声を低くしながら言っているが、女性の中でも高い方の声を持つあかりが声を少し低くしたところで女の子らしさは全く抜けていない。


「それに私がインターホン押さないこと分かっててドアの鍵かけないでくれてるんでしょ?」

「お前のせいで我が家のセキュリティーは最悪だよ」

「じゃあカギ閉めてもいいよ?」

「お前がドアの前で俺の名前を叫ぶのをやめたらな。近所迷惑過ぎる。」

「ちゃんと夜に来る時は叫ばないよ」

「それは当たり前だ」


あかりを待っている間に読んでいた小説で軽くあかりの頭を小突く。


「凪咲は?てっきりタイミングを合わせてくるもんだと思ったが」


朝の段階で鑑賞会の宣言をしていたのだから、あかりの性格的に誘ってないなどどいう事はないだろう。


「あ~。誘ったんだけど......私本番まで感想は耳に入れないタイプだから。って断られちゃった。」


ワザとらしく肩を落としながら自身の気持ちを体で表現してくる。


「ま~とりあえず見ようよ!っていうか早く見たい!」


手足をバタバタさせながら催促してくるので右手のすぐ近くにあったスマホを持ち上げようとする。


「......なんか恥ずかしいな」


その感情は唐突に襲ってきた。

よくよく考えてみれば画面に映った俺の演技をまじまじと見つめられるのだ。

姫と騎士しか舞台に立たないという事も考慮して、2人のキャラクターの濃さは大分濃くなっている。

しかも俺はキザな方向に......


「え?やっぱ見せないってのはやめてよ?」

「......ダメか?」

「ダメでしょ」


うつ伏せ状態のあかりがかつてなく真面目な目をして返答してくる。


「......じゃあ見ていいから......俺はリビングにいる」


ここでやっぱりなしというわけにもいかないのは理解しているので、諦めてため息をつきながら再生前の動画を開けた状態のスマホをあかりに渡す。

そして俺はそのまま小説片手に部屋から脱出を......


「まって」


図ったのだが、ソファから身を乗り出したあかねに服を掴まれる。


「優人?こんなことで逃げ出してちゃ駄目だよね?幼馴染1人に見られるだけだよ?本番ってもっと人いるでしょ?」


変わらず真面目な目をしているあかりは普段の良く言えば明るい、悪く言えば馬鹿な言動を一切せず確実に俺を追い詰めてくる。


「そこをなんとか.....」

「なりません」


わざとゆっくりとした口調で大きく首を振るあかりから逃げる事を諦め、もう一度ベッドに戻り、観念して枕に顔を押し付ける。

そもそもこの流れは逃げてもどうせ向こうの部屋まで追いかけてくるだろう。

そしたら俺の母さんも鑑賞会に混ざって状況が悪化するだけだ。


「優人、こっちこっち」


顔を上げると、あかりが自身の隣にある人1人分のスペースをポンポンと叩いていた。


「一緒に見よ?」


どうやら感想で殴るだけじゃなく俺も一緒に動画を見せられるらしい。


「もう.....心配しなくてもからかわないって!今回は優人の成長だと思って見守ってますよ?お姉ちゃんは」


俺の表情から何を考えているか読み取ったのか、視聴中の不安要素を先回りして潰してくる。


「誕生日は俺の方が先だ......」


気乗りしないまま腰を上げ、渋々隣に座る。


「そしてスマホを持ってください」


そう言うと俺が先程渡したスマホが俺の手元に返される。


「それから足を開いて?」


言われるままに足を開き、空いたスペースにあかりが座り込んでくる。


「そして私の前にスマホを構える」


言われたとおりに行動する......が


「これで見るのか......?」

「そりゃそうでしょ、私がもってたら優人が見にくくなっちゃうでしょ?腕も疲れるし」


2人の体格差的に、ちょうど俺からもあかりの正面にあるスマホが良く見える。

まぁわざわざあかりの正面まで腕を回すので、俺的には余計に腕が疲れるのだが......


「普通に2人の間にスマホ持ってって見たら良いだろ......スマホは俺が持つし」

「え~?いいじゃん!なんかこれいいんだよ~。人肌ってぬくいし、心臓の音って聞いてて安心するらしいしね~」


そういって俺の胸に耳を寄せ、耳を澄ますように目を瞑る。


「あれ......おかしいな......?」


数秒耳を当てた後、急に神妙な面持ちで言葉をこぼす。


「こんなに可愛い幼馴染が密着しているのに全然心拍数が上がってないぞ......?」


真面目な顔して語る言葉には隠そうともしていない自分に対する自信が丸見えだ。


「慣れたんだよ」

「お?最初の頃はドキドキしてたってことか~?」


俺の太腿を指先でつつきながら聞いてくる。


「中1までだ」

「ホント?全然気付かなかったなぁ......」

「だから今の俺にこの姿勢のメリットは無いんだよ」

「まぁまぁ、いいじゃん」


そう言うと頭を振って自分の髪をなびかせる。

揺れた髪が起こした微風に乗って華やかで上品な香りが漂ってくる。


「お風呂入って来たからいい匂いするよ?なので優人には現役女子高生のお風呂上がりの香りを堪能できるというメリットがある!......ということで」


俺の手元にあるスマホをいじり、動画を再生し始めるとすぐに映像が動き出す。


「お~、凪咲人が変わったみたいだね~!」


普段のドラマなどでは見ない役が切り替わる瞬間を目の当たりにして拍手をしながらリアクションを取る。

そして俺のセリフも始まるが、鼻腔に流れ込んでくるあかりの香りでなんとなく心が落ち着く。

......確かにいい香りだなぁ......。


そんな事を考えながらスマホの画面を見つめる。


{お手をどうぞ。姫。}


普段なら絶対に言わないセリフを澄ました顔して吐く画面の中の俺。

本番なら着用しているはずの騎士風の衣装も顔を隠す仮面もない、ただ学校のジャージを着ているだけの俺がキザなセリフを吐いている。


からかわれることを覚悟していたが、事前に言ってくれていた通り一言も普段のような馬鹿にする言葉はでてこない。

どうせ笑いをこらえているのであろうあかりが言葉を一言も発していないのが逆に辛い。

一思いにからかってもらったほうがよかっただろうか。


俺は画面から目を逸らし、視界の下の方にあるあかりの頭に顔を軽く押し付けて視界をあかりの髪で埋める。

ここから少し俺的に恥ずかしいシーンが続く。

暫くこれで乗り切ろう......


そしてあかりの香りで精神統一を......

......ちょっと、というか大分きもいな、考えている事。

お風呂上りの幼馴染から発せられる香りを楽しむ......という文字にすれば明らかに変態の行動を自重し、大人しく心を無にして乗り切ることにした。


「......ゆうと?」


そう声を掛けられて視線を正面に戻す。

それと同時に動画の再生が止まっている事に気が付いた。


「どうした?なんかあったか?」


そう尋ねると顔を赤くしたあかりがゆっくりとこちらを振り向く。

そして「別にいいんだけどさ......」と気まずそうに視線合わせずに前置きをする。


「ちょっと、ちょ~っとだけ匂い堪能しすぎかも......さすがにちょっと恥ずかしい.....かな?」

「......ごめん」


初めて見る幼馴染の表情に、俺は謝る事しか出来なかった......。

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