第22話 似てるよね?

「お~はよっ!優人!」

「おはよう」


翌朝、いつもと同じようにエレベーター前であかりと合流する。


昨日は結局1時ぐらいまで凪咲とのやり取りが続いたので少し寝不足気味だ。

本当に心からショートスリーパーとやらが羨ましい。


「おはよ~あかり」

「お!凪咲!今日は朝から学校行けるの?」

「うん」


エレベーターの到着待ちをしているとタイミングよく凪咲が家から出てくる。

俺が最後のメッセージを送った後に数件凪咲からメッセージが届いていたことを考えると、凪咲は俺より遅くまで起きていたはずなのだが全然疲れは見えない。


「優人も。おはよ」

「おはよう」


丁度到着したエレベーターに乗り込みながらあることを思い出す。


「凪咲、そういえば昨日の夜最後にメッセージの送信を取り消しましたって、何を消したんだ?」


俺の声に反応した凪咲と目が合う。


「ん?特に何もないから気にしないでいいわよ?ミスしただけ」


そしてその目が逸らされる。意図的に。

少し疑問に思わない事も無いが、追及するようなことでもない。

その違和感はすぐに霧散し、3人の話題は他に移る。


「そういえば優人今日の放課後忘れてないてしょうね?」

「分かってる。実習棟の4階だろ?」


今日は事前に予約していたレッスンルームが使用できる日だ。


「ん~?なになにぃ?告白とかする感じ?」


何をするのか気になりつつもこちらをからかってやろうという魂胆が透けて見える眼差しを向けてくる。


「もしそういう話ならあかりが居ないところで話すだろ。試験の練習の話だ」

「え~!今日やるの?見に行っていい?」

「ダメだ」


コイツが見に来たら十中八九邪魔になってまともに練習が出来ないだろう。


「え~!優人のけち!いいもん!凪咲に許可貰ったらいいもんね~。ね?凪咲」

「ま、私も許可しないけど」

「凪咲も意地悪するの~?」


そもそもあと数週間もすればより完成度が高まった状態で見られるというのにこんなに駄々をこねられるのも相当なものだ。


「動画撮ってきてやるから、それで我慢してくれ」

「え!じゃあ優人の家で鑑賞会だ!」

「はいはい......」


自分が納得できる案が出るとコロッと態度を変える。

本当に調子のいいやつだ。

そこもいいところだとは思うのだが。









「じゃあ今日はよろしくね。相田さん」

「えぇ、よろしく。水瀬さん」


そう言って相田さんは右手をスッと差し出す。

握手をしようという事だろう。

今時、挨拶がわりの握手なんて外国か取引の場所でしか見なさそうだが……。

相変わらず独特の距離感を持っている人だ。



握手をして互いに見つめあう謎の数秒間を終えた後、そろりとこちらに近寄って来た凪咲が相田さんには聞こえないボリュームで話しかけてくる。


「やっぱり変な人ね......あかりと同じようなタイプだわ」


今もテレビやネットで見たのであろう「アメンボ赤いなあいうえお......」という発声練習をしているところを見ると、変だがとりあえず真面目でいい人だという事は伝わってくる。


「とりあえずやってみましょうか。いけそう?相田さん」

「えぇ。いつでも」


俺はダンスレッスンの生徒用に置いてある三脚を借りて、全体が撮影できるようにスマホをセットする。


「じゃあ始めましょう」


各自が立ち位置についたことを確認した凪咲が手を鳴らしたことを合図に練習が始まった。






「結構いいんじゃないか?」


確かな手応えを感じ、少し乱れる息を整えながら2人に感想を求める。


「まぁ私は台本を読んでただけだけど、蒼井君の演技は見てる感じ良かったと思ったわね。全然水瀬さんに置いていかれてない」


今1番嬉しい言葉をかけられ、少し頬が緩む。


「いや、初回なのに俺たちに完璧に合わせてくれた相田さんのおかげだよ」

「2人に比べて要求されることのレベルは低いと思ってるもの。これぐらいはやらなきゃ」


どこかの幼馴染は褒めたらすぐ調子に乗るのに、どこまでも謙虚な相田さんに好感を覚える。

家でもしっかりと練習してきてくれたのだろう。言い淀むこともなく場面に合わせて声色が少しずつ変えられることで臨場感もあった。

マイクなしでもしっかりとレッスンルームに響き渡った相田さんの透明感のある声を聞いて、やはり彼女にナレーターとしての役割を頼んだのは間違いではなかったと確信した。


「これなら……きっと裕也さんに……」


凪咲も手応えを感じてくれていたということだろうか。

隣にいる凪咲からは、これから起こるかもしれない未来に興奮している様子が伝わってくる。


「蒼井君、カメラ止めなくてもいいの?」


ちょいちょいと三脚を指差され、自分のスマホで動画を撮影していたことを思い出す。


録画を停止し、正面を向くと訝しんだ目を向けてくる相田さんと目があった


「これは私の直感……みたいなものなんだけれど、蒼井君の演技って北城さんに似てない?参考にでもしたのかしら?」


突然出てきた父の名前に心臓を少し跳ねさせたが、表情に出ないように意識しつつ、なんともないように答える。


「一応参考にしてる。結構ドラマとか見てたから。北城 裕也の」

「結構クオリティ高いのね……。蒼井君って顔も似ているから本人みたいで興奮したわ」


澄ました顔して興奮していたらしい……とか思っている場合では無く、初めて母さん以外に言われた似ているという言葉にもう一度心臓が大きく跳ねる。


「そう?演技を参考にしてるのは伝わってきたけど、顔は裕也さんもっと大人っぽくないかしら?優人は違うタイプだと思うけど……」


台本を眺めていたはずの凪咲が会話に入ってきて否定してくれる。

返す言葉に迷っていたので正直この援護はありがたい。


「いや、過去に北城 裕也は国宝級イケメンとしてアイドル売りをしていた時期があったのよ。今でこそ演技力が評価されているけれど、前は北城 裕也と言えば顔だったはずよ?私達が生まれたぐらいの頃だから……まだ25歳より前ぐらいの時かしら?」

「へぇ……随分と詳しいのね」


少し早口になった相田さんに素直に感心した様子の凪咲は話の内容に対して興味深ように相槌を打つ。


「まぁ私は世界一のファンを自称しているとの……ほら、この目元とか……」


褒められたことに少し気を良くした様子で俺のパーソナルスペースの壁をブチ破り、互いの息がかかるほどの距離まで近づく。


「ちょ、近くない?相田さん」


今まで適切な距離で話していた相田さんがいきなり距離感をバグらせたことに戸惑ったのか、凪咲が驚いたような声を上げる。


「……うん。近くで見ればより似ているわね……視力が上がりそうだわ」


さらに距離を縮めてくる相田さんに、普段なら距離を取るであろう俺は完全に「似ている」という言葉に意識を取られ、体が動かなかった。

笑って誤魔化すべきなのだろうか……。

対処法を考えているうちに時間は流れ、急激にテンポを早めた心臓によって体温は上がっていく……


「〜〜!!」


だんだんと冷静さを失っていく思考が、いきなり足に流れた痛みによって強制的に停止する。


「なに顔赤くしてんのよ!キモ!」


足に痛みを流した主、凪咲が床に倒れ込んだ俺を腕を組みながら見下ろす。

すねを勢いよく蹴られたらしい。


「言っとくけど、そういうのにいちいち勘違いしてたら痛い目見るからね!」


痛い目はたった今見せられた。


「練習しよ!」

「そうね……?」


いきなり不機嫌になり出した凪咲に戸惑っている相田さんも台本を持ち、準備を始める。


「ほら!優人も早くする!」


なんとか無理やり切り替わった話題に胸を撫で下ろしながら、俺はこれ以上不機嫌な凪咲を刺激しないように慌てて立ち上がって準備を始めた……。




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