第21話 なぎさがメッセージの送信を取り消しました

ここ1週間は毎日放課後の試験に向けた練習を行っていたが、今日は凪咲の仕事の都合により練習は休みだ。


どうやら帰宅が22時ごろになるらしい。

現役女優と言うのも大変だ。


他人事の様に......と言っても実際他人事なのだが、そう思いながら久しぶりの何もない夕食後の自分時間を堪能する。

いつもなら読書をするところなのだが、なんとなく父さんの出ている映画を見てみる。


「やっぱり上手いな......」


試験を通して演技について真剣に考える前から表情や体の使い方については注視して視聴していたつもりだったのだが、最近の凪咲による指導を通してまた視点が変わった気がする。

表情や視線の癖は真似できても、父さんの長い俳優人生で身に着いたカメラを意識した自分の見せ方は、やはり一朝一夕では真似できない。


決して短い時間ではない映画を1本丸々集中して視聴した後、日付が変わりかけている時計を見て、寝る支度を始める。


「あそこに静寂の時間を作ったのは台本にもともと予定されてたのか......?」


誰に聞かせるでもない独り言をつぶやきながら洗面所にたどり着く。


「キスシーンの直前に目を逸らしたのはワザとだったのか......?」


寝支度を終え、ベッドに入った後も一度回りだした頭はなかなか止まらない。

俺が違和感をもった演出全てが台本になくて父さんのアドリブだとしたらそのレベルに一生辿り着ける気がしないし、そもそもアドリブかどうかを確かめる方法なんて存在しない。

考えることを諦め、ベッドに体重を預けて目を瞑る。


「......寝れん」


そもそもそんなに簡単に思考の糸を手放せるようならこの世の寝付きが悪い人の5割は問題が解消されるだろう。


今すぐに眠りに落ちることは諦め、手探りでベッドサイドにあるランプに電源を入れる。


強すぎず弱すぎない光に包まれながら、近くに置いてあった試験用の台本を開け、起き上がって読み進める。

ある程度読み進めたところで枕元に置いてあったスマホが小さく震える。


{寝た?}


凪咲からのそんな短いメッセージが画面に表示される。


{今から寝るところだったけど、眠れなくて台本読んでた。}


{へーサボってなくて感心感心}


{一応今日は休んでいてもいい日のはずだろう?}


{私は生徒の意欲を見るタイプなので}


{なるほど。}


台本を元の机に戻し、スマホを持ちながらベッドに倒れこむ。


{もう家には帰れたのか?}


{流石に帰ってるわよ}

{もう寝る用意も終わらせたから寝る前にあんたの様子でも確認しといてあげようかなって思ったの}


{それは助かるな。}


{寝る前に作戦会議でもする?もうすぐでレッスンルーム使える日が来るし}


一葉高校が芸能科などの生徒の為に用意しているレッスンルーム。

普段はダンスレッスンなどに使われるが、放課後申請さえすれば生徒だけでも使用する事が出来る。

他の試験に出る生徒で予約がかなり埋まっていたので使用できるまでかなり時間が掛かった。

相田さんの予定も確認しているので、そこで初めて合わせ練習が出来ることになる。


{作戦会議してもいいけど、通話にしないか?}


スワイプしてメッセージを打ち込むのに疲れてきた。

あかりがよく尋常じゃない速度でずっとメッセージのやり取りしているところ見ていると、本当に同じ人間か疑いたくなる。


{なに?それ自然に誘ってるつもり?寝落ち通話したいの?}


{寝落ち通話ってなんだ?}


聞きなれない単語の登場で生まれた疑問を解消すべく返信すると、返ってきたのは呆れたようなジト目のウサギスタンプ。


{恋人同士がやるような寝るまでずっと通話を繋げるやつ}


{へぇ。そんなものがあるのか。}


文字しか見えず、表情は見えないのでどんな事を考えているのかは分からないが、実際に目の前に居たらきっと「そんな事も知らないって、本当に恋愛系に弱いわね~」とニヤニヤしながら馬鹿にしてくるだろう。


{残念ですが私は付き合ってない男性とそういうことをするつもりは無いので}


寝落ち通話とやらを誘ったつもりもないのだが、丁寧な文章と共にウサギが深々とお辞儀しているスタンプが送られてくる。


{寝落ち通話とやらを誘ったわけではない。}

{ただ、声を聞けた方がコミュニケーションを取りやすいと思っただけだ。}


{え}

{え}

{え}

{声が聞きたかったってこと?}


{変な言い方するなよ。円滑なコミュニケーションの為だ。}


{もう}

{しょうがないな}


その後にスマホを震えさせたのは電話の着信......ではなくボイスメッセージ。

どうやら本当に電話をしないことにこだわりを持っているらしい。

届いたメッセージの再生ボタンを押す。


「......やっほ~」


そんな短い言葉。

しかし顔の近くにあるスマホから流れるそれはいつも聞くものとは何か違って。


「......聞こえてる?っていうか聞き方分かる?」


間隔を置かずにまた短いメッセージが届く。


「......聞こえてるよ」


何だかスマホに向かって話すのが気恥ずかしくてメッセージの頭に数秒空白が生まれてしまう。


「......声聞けてうれしい?ありがとうは?」

「なんでだよ......ありがとう......」


相手も寝る前だからだろうか。

なんとなくいつもより柔らかく感じる声色に、抵抗する事なく素直に感謝の言葉を述べてしまう。


「というか、優人{てん}とか{まる}とか使いすぎ!私は優人らしいなって思うけど、私以外が見ると怒ってるって勘違いするよ?」

「そんなルールあるのか?」


句読点に使用制限があるのは初耳だ。


「ないけど......普通の高校生は打たないよ{、}とか{。}は......文章が硬くなって怒ってるって勘違いされて喧嘩になることもあるからね?」

「そうなのか......気を付ける」


普通の高校生は学校で学んだ文章のルールに則ってメッセージを送ると喧嘩になるらしい。


「で、作戦会議はしないのか?」

「作戦会議ねぇ......あ!優人が演技できるって分かったからキスシーンでも入れる?表現の幅あげてさ!」


先程とは違ってボイスメッセージなので声色で分かる。

確実に俺をからかっている。


「普通試験でキスなんてやらないだろ」

「まぁそう言うと思ったけど。でも、他のチームは結構入れてるらしいけどね。ドラマに出たらキスシーンなんて基本中の基本だし」


あかりや母さん、父さんだって見ている前で凪咲とキスするところを想像する。

......無理だな。


「......勘弁してください」

「あ~想像したでしょ、今。それで照れたでしょ~?」


頭の中にニヤついた凪咲の笑みが浮かんでくる。


「もっと真面目な話しようぜ......」


結局このボイスメッセージの応酬は、俺の意識が途中で途切れることによって幕を閉じた......。








*「お~い」


先程と同じようにボイスメッセージを送る。


寝たのかな。優人。


「ねちゃったの~?」


もう一度送るも、既読はつかない。


返信を待つことを諦め、枕元にスマホを投げる。

そして枕に顔を埋め、悶える。


「あ~!!ほとんど寝落ち通話じゃん!!何してんの私!」


後悔しても仕方がない事を枕に向かって叫び続ける。


......でも、スマホ越しの声なんかよかったな......。


投げ捨てたスマホを拾い、耳元に寄せ、画面をタップする。


「......聞こえてるよ」


「~~~!!!」


いつもとは違い過ぎる距離感にもう一度悶える。


「何やってんだろ......私......」


別にこれは恋愛感情なんかじゃない。

ただの友情。

思春期真っ只中の私が勝手に仲良くなった異性でなんとなく遊んでいるだけ。

でも、私が優人に恋愛感情を抱いているわけではないとはいえ優人が私をどう思っているのかは気になる。

......ちゃんと友人として思ってもらえているか気になるという意味で。


意味もない言い訳を心の中でした私は、なんとなくボイスメッセージ録音のボタンを押す。


「......ねぇ?......私の事どう思ってる......?」


口から零れた本心を電波に乗せる。


数分待っても既読はつかない。


「......寝よ」

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