第20話 鳥肌もの
「さて......一応ある程度ひどいものだと思って来たから安心して。演技とかやったこと無いんでしょ?」
「無いな。一切」
時は進み月曜日の放課後。
夕食を終えた時間帯に俺達は凪咲の家に集まっていた。
最初は俺の家で練習をする予定だったのだが、開始前から既にペンライトを持って俺の部屋に居た母さんを見た俺達はすぐに凪咲の家に変更した。
「まず前提として観客は沢山いて、その全員に伝わる演技をしないといけない。ドラマとかと違ってカメラを意識しないといけないわけじゃないから多少やりやすいかもしれないけど......まぁとりあえず動きを大きく見せるところだけを意識してみて欲しいかな」
そう初心者の俺に指示を飛ばしながら三脚の上にスマホをセットしている。
「動画を撮るのか?」
「まぁね。映像を見せながら教えられるってのもあるけど......」
撮影開始のボタンを押しながら悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「まずは自分の演技がどれぐらい悲惨なのか理解してもらわないと......ね?」
「......お手柔らかに頼むぞ?」
俺の演技を眺めながら馬鹿にしてくる凪咲を想像していると自然と頬がひきつる。
そんな俺を見て満足そうな笑みを浮かべた凪咲は俺の傍に近寄って背中を軽く叩く。
「そんな不安そうな顔しなくてもみんな最初なんてほぼ台本の朗読になっちゃうもんだから安心しなさい!」
「凪咲も?」
「私は最初からセンスあったけどね?」
「流石現役で活躍してる女優は才能が違うな」
「もっと褒めなさい」
ドヤ顔で胸を張ってくる彼女に苦笑しながらカメラを意識して2人で立ち位置を取る。
最初のセリフを凪咲が読んだことを合図に物語をなぞり始める。
開始と同時に凪咲はまるで本当に中世のお姫様がタイムスリップしてきたような雰囲気を纏う。
いや、所作や言葉遣いでそれを纏わせているのだ。
「ん~......まぁ普通に初心者って感じかな?絶望的って訳でも無いから本番まで頑張ったら人に見せるぐらいなら出来るんじゃないかしら?」
台本を最後まで通し、カメラを止める。
声を張り、足を振り、腕を回し視線を動かす。
イメージは出来ていたものの、実際にやるのとではやはり感覚が違う。
しかも終始凪咲の技術力の高さに驚きっぱなしだった。
「お前、本当にすごいのな」
「まぁね~」
ふふんと鼻を鳴らす彼女に先ほどまでの高貴なイメージは無い。
本当に人が変わったみたいだ。
「今色々アドバイスしてもいいけど、とりあえずせっかく撮った動画を見ながらにしましょうか」
凪咲が三脚からスマホを取り外し、テレビ前のソファーに移動する。
「ほら、そんなとこに居ても見れないでしょ。こっちおいで」
そう言いながら凪咲の隣にあるスペースを手でポンポンと叩く。
促されるままに座るが、スマホ1台の画面を共有するためかなり距離が近くなる。
1日の終わりだというのに漂ってくる香水由来ではない石鹸の優しい香りが鼻腔をくすぐる。
「ちょっと?ちゃんと見てる?」
その言葉に意識が嗅覚から逸らされる。
「......見てるよ」
集中はしていなかったが。
「もしかして、膝枕でもしてほしかった?この前の事思い出しちゃったんじゃないの?」
そう言ってニヤニヤしながら見上げてくる凪咲を見ていると自然と体温が上がりそうになる。
「いいから早く見よう......」
「はいはい」
何とか悟られない様に話を本題へと戻したが、変わらずに凪咲の顔に残っているニヤついた笑みを見るに恐らく全部バレているのだろう。
少し進んでいた動画をもう一度巻き戻し、2人で画面を見つめる。
上手いな。
思わずそう声が漏れそうになるほど凪咲の演技には目がいった。
そしてカメラを通して客観的な視点で見ると分かった。
かなり凪咲に合わせてもらっている。
掛け合いの場面では少し走り過ぎた俺のテンポを調整してくれているし、少し乱れた立ち位置も恐ろしいほど自然に修正してくれている。
そして分かったことがもう1つ。
全く違う。
俺自身のイメージと俺自身が行っていた動きが全く違う。
そもそも俺は観客の目を意識できていなかった。
自分の見せ方を自分の視点からでしか考えられていなかった。
他人から見るとこう見えるのだ。
脳内でその差を修正する。
俺の演技のイメージは北城裕也だ。
小さい頃からずっと見てきた父の姿。
性格も、食の好みも、犬派か猫派も。
父と子がするようなコミュニケーションの代わりに俺達の間には一方通行の演技があった。
......よし。いける。
「もっかいやってもいい?」
先程と同じように、凪咲のセリフを合図に意識を切り替える。
意識するのは自分の視点だけじゃない。
観客の視線を意識するんだ。
父さんの作る表情、視線の動かし方、飽きるほど見たその癖を、真似る。
台本の最後まで演じ終えた時、大きく息を吐いた。
想像もつかなかった。案外人に見せるものを全力でやるというのは体力が居るものなのだ。
普段の運動不足も関係しているかもしれないが。
机の上に置いていたペットボトルを手に取り、中身の水を勢いよく喉に流し込む。
横目に映る凪咲はこちらをじっと見つめていた。
「どうした?カメラ止めなくていいのか?」
先程と同様に回していたスマホのカメラを止めに行った様子はない。
「あんた......今さっき何があったの?動画を見ている間に」
「自分が気になる部分変えてみたけど......どうだった?」
震えた声でそう言った凪咲の目は、まるで信じられないものを見た様だった。
「......多分こんな感じなのね、才能の原石を見つけたプロデューサーって」
口の端から笑みを漏らした後、心底ワクワクしたような表情を浮かべる。
「芸能界に居ると色んな才能を見るわ。演技もそうだし、お笑いでも、芸術でも学問でも本当に多種多様な才能がある。」
ここに来て俺はやっと気が付いた。
俺は恐らく凪咲の中の何かを刺激してしまったのだ。
刺激してはいけない何かを。
「でも初めてよ。鳥肌が立つほどのものって言うのは......」
バラエティーやドラマに出ている女優の顔じゃない。
心からスキルの向上を追い求めている役者の顔。
「もう一度、最初からやりましょうか」
練習に熱が入った凪咲から解放された俺が自宅に帰れたのは2時間ほど後だった......
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