第19話 幼馴染アイドル
翌日の日曜日を台本読み込みの時間として、試験の練習もとい凪咲による俺への演技指導は月曜からということになった。
台本を読み込み、さらに本番のイメージを固める。
そんな日曜日は特にハプニングもなく過ぎ、訪れた月曜日も放課後にある演技指導まではいつも通り.......
というわけにもいかなかった。
耳の早い
まぁある程度の注目を浴びる覚悟はしていたし、今更それが原因で辞退しようとも思わないが、一番驚いたのは話したこともないクラスメイトの女子から激励の言葉が飛ばされた事だった。
激励と言っても「応援してます......!」ぐらいのものだったが。
そんな感じで慣れない午前を終え、相変わらずいつもより多い視線を身に受けながらあかりと村井さんと俺の3人で昼食を取る。
「なんへゆうほいってふれなふぁったの!?」
あかりが昼食のパンをハムスターの様に頬張りながら不満そうな目で何かを訴えている。
「とりあえず飲み込めって......」
「ムグムグ......だから!なんで優人から前もって言ってくれなかったの!?」
一生懸命に口の中を空にした後、大きな声で不満を主張する。
喧嘩でもしてると勘違いされ注目を集めてしまうと思ったが、あかりの声は昼時の学生たちによる賑やかな会話の中の一部となっていた。
「凪咲に聞いてると思ってたんだけどな」
「もー!確認不足だよ!こういうのは幼馴染に一番に報告するもんでしょ~?」
「どこのルールだよそれ。別に今日知れたんだからいいだろ?」
「もっと早く知りたかったの!それが分からないうちはモテないよ!」
言いたいことを言い終えたのか鼻を鳴らしながら、もう一度パンを頬張る。
そんな不満げなあかりをなだめていた村井さんも同じく少し不満そうな眼差しでこちらを見てくる。
「あかりちゃんほど不満を漏らしはしませんけど、やっぱり私も早めに知りたかったです......この前蒼井君の家で話して、やっぱり凪咲さんって良い人だと思ったから......もっと早く安心したかったです......」
先週から凪咲の試験メンバーについて気を遣っていた村井さんには確かに知らせた方が良かったかもしれない。
不安に思っていたことは凪咲も知らなかっただろうし、もしかしたら村井さんはこの土日も気が気でなかったかもしれない。
「それはごめん。確かに知らせるべきだった」
「もう!分かればいいんだよ分かれば!」
今のは村井さんに向けての謝罪なのだが、何故か隣にいる幼馴染からの許しをもらう。
まぁ村井さんもそれを理解しているようなので特にあかりに向けて否定などはしないが。
「にしても、蒼井君朝からすごい騒がれてましたよ、芸能科で」
「まーそうだろうな。今回の試験一番の注目株である現役高校生女優、水瀬 凪咲のペアが名前も聞いたことがない進学科の男子生徒だったら話題にもなるよ」
「というか、優人なんかあった?」
もごもごと口を動かしていたあかりが不思議そうな目で見上げてくる。
「普通っていうか、今までの優人なら絶対やらないじゃん?こういうの」
確かに少し前の俺なら一緒に試験に出るなど絶対に取らなかった選択肢だ。
その理由を問われるとはっきり答えることは出来ない。
「ま、俺も変わったって事なんじゃないか?成長って事で」
「なるほど。高校デビューか。」
「デビューにしては行動が遅いし、成長という言葉を一気に軽くしないでくれ」
高校デビューにしても、見た目だけを変えるものとは違って性格を変えるのはかなり難しいと思うけどな。
「でももし試験が成功しちゃったらやだなー」
「なんでだよ」
成功以外なら俺が失敗して観客に恥をさらすぐらいしか択がない。
「だって優人がモテちゃうかもしれないじゃん?じゃあもう非モテいじりできないじゃん」
「そんなんでモテる訳ないしそもそもそのいじりやめろ。効くから」
「え~?分かんないじゃん。案外ファンとか大量にできるかもよ?」
「そんなわけ......」
否定の言葉が出かけると、今朝話しかけてくれたクラスメイトの顔が浮かぶ。
「いや、案外あるかもな。今朝もクラスメイトに応援されたし」
「え?女の子?」
それを肯定するために頷くと、あかりが隣で話を聞きながら食事をしていた村井さんに耳打ちする。
内容は分からないが、あかりに耳打ちされた村井さんが「あ~......案外あり得そうですね」と肯定の発言をする。
その村井さんの言葉を聞くと、あかりはまるで会議室にいる重役の様に手を組み、肘を机の上に乗せ、深刻そうな表情を浮かべる。
「優人、それは偽装ファンだよ」
「......はぁ?」
「多分その子は前から優人の事が気になってたんだよ。それで今回の事を利用して勇気を出して話しかけた......」
「なんだそれ、まず気になる要素ないだろ」
また幼馴染が真剣な表情で馬鹿なことを言い始めた。
「いやあるでしょ。性格は暗いけど顔だけは良いから」
「......自分で言うのもあれだけどかなり前半部分致命的だと思うぞ、俺」
「まぁこの世界には優人の性格をミステリアスと表現する人も居るって事だよ」
「はぁ......」
いつも通り変な幼馴染の話を呆れ半分で聞き流す。
「良かったじゃん優人、彼女ゲットだよ」
「いらないし勘違いだろ」
「聞いてみればいいじゃん、それで勘違いだったら優人はさっそくファンを失うことになって面白いし」
「お前なぁ......」
どうやらコイツの頭の中には俺をいじる事しかないらしい。
昼食後、あかりと村井さんの教室の前まで共に行動してそこで分かれるのがいつもの流れだ。
いつも通り教室で分かれたが、すぐにあかりに呼び戻される。
「日向ちゃんの前だったからあれだったけど、いいの?ほんとに。北城裕也の前でやるってことだよ?」
「分かってるよ。母さんにも話は通してあるし、なんとなくそっちの方が良いと思ったんだ。会ったこともない父さんに、演技を通してコミュニケーションを取るのも悪くないなって」
思ってたより父さんも悪い人じゃなさそうだし。
「そっか。優人がそういうなら信じるよ。......でも」
あかりが少しかかとを浮かせ、俺の頭に手をのせてはにかむ。
「何かあったらお姉ちゃんにしっかり言う事!」
そんな事を言う可愛い幼馴染に思わず笑みがこぼれる。
俺はあかりの頭に手を乗せ返し、髪が乱れない程度に頭を撫でる。
「俺の方が誕生日先だろうが」
「そうでした!」
いつも通りの流れに、あかりが「えへへ」と笑う。
数秒も経たないうちにお互いに手を放し、自然と解散の流れになる。
「やさしいな、あかり」
教室の中に向かって歩く背中にそう声を掛ける。
「幼馴染ですから!」
綺麗に振り向きながらそういって笑う彼女は、やはり幼馴染でアイドルだった。
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