第18話 血は争えない

「ナレーターの件は俺に任せてくれ」


帰る直前の凪咲にそう自信満々に宣言したのがおよそ1時間前。


凪咲は台本の調整に集中するために昼前に帰宅した。


そもそもナレーターは声優科の1年生に頼む予定だったからある程度台本が読める技術があるならそれで十分なのだ。


大人数に聞かれていても気にしなくて、ハキハキと喋るナレーター。

俺は前から知っていたのだ。

一番最初に声を聞いた時からその声が会場に良く通ると思い、その見た目の聡明さを引き立てていると感じるほどの透明感のある声。


数日前に成り行きで交換したばかりの連絡先を利用しようとして、電話をかけるかどうかの1歩前の画面で躊躇う事1時間。

プロフィール画面に表示される父親を眺める事1時間。


初めて連絡先を交換したクラスメイトの女子、相田さんに電話をかけることは勇気が必要なことだった。

そもそも女性に電話をかけることがない。

母さんは別として、幼馴染であるあかりに用事がある時は電話なんてしなくても家から数歩で会話が行える。


「......よしっ!」


そもそも考えたところで仕方がない。

メッセージで確認しても意図が伝わらないと困るし、返信が来ないと尚更困る。

相田さんに頼めないなら早く凪咲にも伝えないといけないしな。

凪咲に行動の理由を押し付け、なんとか通話をかける前の最終確認を突破すると同時に耳元にコール音が響く。


1回......2回......3回......


コール音が回数を重ねる度に覚悟が弱まっていく。

今中断すれば間違い電話で済むのではないか?

急ぎの用事とは言えいきなりの電話は迷惑か?

そんな思考は相手が電話を受け取った合図であるブチッという音と共に千切れる。


「......もしもし?」

「あ、ごめん休日に、蒼井です」

「着信画面に書いてあったからそれは知ってるけど。 何の用?」


不機嫌そうな対応に少し腰が引ける。


「ごめん、忙しかったらかけ直そうか?急だったよね、流石に」

「いえ、予定は特にないから構わないけど......何の用件?遊びにいこう!みたいなお誘い?」


想定外の言葉に一瞬困惑して次の言葉が出てこなかった。


「......いや、違うけど......」

「あ、そうなの?ごめんなさい。 友達と電話なんてしたこと無いからどんな感じか分からなくて少し緊張してて......」

「いやこっちこそなんかごめん......」

「謝らないで。 少しワクワクしていた自分が恥ずかしくなるから」


この人にも恥ずかしいという感情はあったのか。

他人にどう思われようと気にしないような立ち振る舞いだが......


「で、遊びじゃなかったらどんな要件なの?」

「あ、それは......」


俺が凪咲と共に試験に出る事。

その試験には俺と凪咲の2人しか出ない事。

台本改編の関係でナレーターが必要な事。

それを相田さんにお願いしたい事。

 

その旨を伝え、返答を待つ。


「全然構わないわよ」


待つまでもなく、一瞬で返答は返って来た。


「え?いいの?結構特殊な形式だし、凪咲もいるし、目立つかもしれないけど......」

「いいわよ?友達の頼みだし、水瀬さんとも入学式の時に同じ壇上に立った仲だしね」


呆気なく承諾される。

頼みの承諾するのが当然だという様な声色に少し驚く。

この人は友達の頼みなら本当に何でもしそうだ。


「あとこれは関係ないんだけど......」


先程とは違い、少し申し訳なさそうに声のボリュームを落とし話す。


「北城 裕也のサイン貰ってこれたりってする?」

「あ~......ファンって言ってたもんね」


この前、昇降口で北城 裕也来校のニュースでテンションが上がったからという理由で話しかけられたことを思い出す。


「相田さんが直接会って貰いたいって事?」

「ううん、そうじゃなくて。 私そういうの眺めていたいタイプだから、蒼井君に貰ってきて欲しいの。 あ、別に無理だったら無理でいいのよ?それに関わらずナレーターはやるし、そもそもナレーター楽しそうだからやってみたいって思ってるし」


わざわざナレーターを引き受けてくれる相田さんに何もないというのも失礼だろう。

それで恩返しになるのなら恩返しがしたい。

多分俺が頼んでみたら何とかなるだろう。

......多分。


「いや、一応チャレンジしてみるよ。 凪咲も共演したことあるらしいし多分貰えると思うよ?」

「本当!?」


いつも教室ではクールな相田さんの声が女の子らしく跳ねる。

自分でも少しはしゃぎすぎたと思ったのか、軽く咳ばらいをした後、「じゃあ、お願いね」と言って逃げるように電話を切られる。


ツーツーと鳴り、暗くなったスマホの画面を数秒見つめたあと、ベッドに倒れこむ。


「......とりあえずナレーター確保......」


ふぅ......と息を吐き、凪咲にその旨を連絡しようとベッドに投げ出したスマホを持ちあげる。

それと同時に気が付く。


「......俺凪咲と連絡先交換してねぇや......」







「どうしたの?さっき別れたばかりなのにまた会いたくなっちゃったの?」


チャイムを鳴らしてすぐ出てきた凪咲が冗談めかしてそんな事を言う。


「違うが」


もちろん即否定する。


「......あんた冗談とか言えないわけ?ノリってのがあるでしょノリってのが」

「なんだよノリって」

「もっと“会いたくなった”とか言えばいいのに。だから友達が少ないのよアンタは」

「それはノリがいいんじゃなくてただの軽薄な男だろ。凪咲そういう奴が好きなの?」

「まぁ嫌いね」

「なんだよそれ......」


俺が呆れたようにそう言うと、凪咲は玄関もドアを大きく開けた。


「何の用か知らないけど中入ってく?」


1人暮らしの部屋に男をあげようとするのは少し無防備すぎる気がする。


「いや、そんな長く話さないからいい。ただナレーターが決まったってだけ」

「......それだけ?」

「それだけ」

「それだけを言うためにわざわざ来たの?」

「......悪いか?」


それなりに緊急性の高い用件だとは思ったが、女性の部屋を訪れる理由にしては少し軽すぎたか?

そう少し不安に思うと、凪咲の口角が少しあがりニマニマし始める。


「それって結局私に会いたかったってことじゃないの~?適当な理由つけちゃってさ~?このネットの時代に直接話したいなんて」

「いや、連絡先交換してなかったから」


そういうと先ほどまで浮かべていたニマニマ笑いがスッと顔から落ちる。


「そうよね~......そうだったわよね~......」

「まぁ、不便だし凪咲さえよければしないか?連絡先交換」


そう言うともう一度表情に色が戻る。


「え~?そこまで言うならしょうがないわね~。交換してあげる!」


ここまで表情がコロコロ変わる奴だっただろうか?

面白いくらいに顔に出る感情が本物なのか逆に怪しいぐらいだ。

連絡先を交換するためにスマホを操作しながら凪咲が話を続ける。


「あ、そういえばナレーターって誰なの?」

「同じクラスの相田 夢さん。一応知ってるだろ?」


入学式の時に顔を合わせているはずだ。

相田さんの感覚では一応会話もしていたらしいし。


「あ~......あのちょっと特殊な子ね」


あえて変という言葉を避けて相田さんを表現する。

確かに見た目から得られる穏やかで清楚な印象は、話した途端に崩れ落ちるだろう。


「というか、どうやってその子に許可取ったの?」

「普通に電話したけど?」


俺が画面に表示したQRコードを読み取ろうとした凪咲の手が止まる。


「......スマホで?」

「そうだけど?」

「......連絡先持ってるんだ」

「あぁ、成り行きでな」

「へぇーふーんそっかー私は2番目かーあんたは一切連絡先交換しようなんて言ってこなかったけどなー」


そう悪態をつきながらスマホを操作し、俺の連絡先一覧に“なぎさ”という文字が追加される。

プロフィール画像はベッドの上に置かれたクマのぬいぐるみだった。


「はい交換できた。じゃーねバイバイ」


そう言って勢いよく扉が閉じられる。

明らかに不機嫌な様子の彼女を思い返しながら、スマホに登録されたしっかりと女の子らしい女子の連絡先を眺めて少し心が躍る。

そのタイミングで先程別れたばかりの凪咲からメッセージが届く。


{台本完成したら持ってく}

{了解。}


適当にクマが敬礼しているスタンプを付けながら返信し、俺は隣にある自分の家に帰った。





その日の晩、爆速で仕上げられ配達された台本を眺めながら俺は戦慄していた。


別にクオリティの低さに驚いたわけではない。

王道から外れない展開に、狐の面の騎士という特殊な設定を活かした良い台本に仕上げられている。

俺が驚いたのは別の事。


俺の父親、北城 裕也が出演する番組は全部見た。

母さんに見せられたのが大半だが、自主的に見たものもある。

その中の一つが父さんに密着したドキュメンタリー番組。

その番組の中である映画監督がこう言っていた。


「北城君のすごいところはアドリブ力です。 どんな台本でも1日もかからず覚え、脳内でシュミレーションをし、台本を超える解釈を見せてくれる。 それが彼の魅力だと思いますよ」


白いひげを撫でながらそう話す貫禄のある映画監督を思い出しながら、俺はもう一度台本に目を通す。


台本を閉じ、脳内で読み上げる。

セリフ、立ち位置、その時俺や凪咲がするであろう表情まですべて鮮明に浮かび上がってくる。


俺は記憶力がとてもいい訳ではない。

勉強はひたすら反復をして脳内に刻み込む。

そうしてやってきた。


この台本も同じようにする気でいた。

でもまさか......


「一発かよ......」


自分に対する驚きと呆れの乾いた笑いが静かな室内に響いた。

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