第17話 仮面騎士
翌日の土曜の朝。
学校に行くのならそろそろ起きなければいけない時間帯。
その時間帯でもベッドに寝転び、俺は休日を満喫する。
そしてその時間は午前9時過ぎまで続くはずだった。
「優人、あんたいつまで寝てるつもりなの?」
「......なんでいるんですかね」
浅い眠りの中を気持ちよく漂っていると部屋に
「別にいいでしょ。 家主である優人のお母さんが許可してくれたんだから」
「部屋の主は許可してないけど」
「家主の意見が優先されます」
今すぐ帰ってもらわないといけない用事も無いし、凪咲が持っている大きめのカバンから無意味に訪れたわけでもないのだと察し、立ち上がる。
洗面所で朝の支度を軽く済ませた後、母さんに来客用のコップとお茶を受け取り部屋に戻る。
部屋に戻ると凪咲はいつもの様に俺のベッドに......というわけでもなく珍しく勉強机に座っていた。
「なに?勉強でも教えて欲しいのか?」
ナイトテーブルにドリンク類を置き、凪咲の傍に近寄る。
あかりと相馬に教えた経験から「俺は教えるの得意だぞ」と意気込みながら。
「違うわよ。試験でやる台本を考えようと思ってね。 まぁ、私が全部考えてもいいんだけど、一応手伝ってもらう立場にいる訳だから優人の要望一つも聞かないなんてわけにはいかないしね」
「なるほど」
そう言われ納得する。
試験までの余裕はおよそ1か月ほど。
素人の俺がマシになるレベルまではっきり言って全然足りないのだろう。
そう考えるとこの時間帯から俺の家を訪れる理由としては妥当だ。
「そうは言っても演技の知識なんて無いし、要望なんて言われてもすぐには出てこないな......」
「そうでしょうね。 じゃあとりあえず......」
数秒天井を見つめ何かを思案した様子の凪咲は、何かを思いついたのかバッグからルーズリーフとペンを取り出し、何かを書き始める。
「これ読んで。 大体の設定とか書いてみたから」
そう言って差し出されたルーズリーフに目を通す。
・大体のストーリーは学校から指示があり、お手本の台本も配布され、それをそのまま使用してもよい
・舞台のイメージは中世ヨーロッパ
・立場は姫と騎士
・一応ラブストーリー(変更可能)
・衣装は学校から貸し出される
・同様に照明、小道具大道具、BGMなど気にしなくてもよい
「時代の設定とか、主人公が国の王女様とその国の騎士だとか、その辺の設定はみんな共通。 ラブストーリーってのも共通だけど、私たちの場合は2人だしライバルキャラとかを割り振る余裕もないから変更しても別にいいと思う。」
凪咲が伝える説明である程度状況を把握していく。
「それに加えて町の人みたいな状況を進める、説明するような立場のキャラも居ないから......」
「それって台本変更とかで何とかできる範囲?」
「ん~......正直分かんない」
そう言うと「でも」と言いながら指を2本立ててピースのポーズを取る。
「一応考えてるのは2つ。 今言った通り大規模な台本変更。 もう1つは声優科の人達にナレーションとして状況説明を頼む」
「凪咲的にはどっちがいい?」
「人さえ確保できるなら後者かな」
人さえ確保できるなら......その言葉に脳内にいる声優科の友人を思い浮かべる。
もちろん1人も出てこないが。
「ちなみに凪咲は心当たりある?」
「ない。」
即答。
そもそも学校にあまり行けていない凪咲に緊急時に頼れる他科の友達を作るのは難しいだろう。
「......まぁこれは一旦置いておきましょうか」
「......そうだな」
凪咲に渡された紙を眺めながら、試験当日をイメージする。
埋まる観客席。
一挙手一投足も見逃さない審査員。
そしてその席にいる実の父。
そう考えていると1つの可能性を思いつく。
芸能界に関係のある審査員。
舞台には俺。
そしてその傍には父さん......。
自分が舞台に立つことに集中して可能性を考えていなかった。
血縁関係が露呈する可能性もあるのか?
もし関係者に疑問を持つ人が出てきたらかなり危ない。
「あのさ凪咲、やっぱ恥ずかしいから目元隠せたりする?仮面みたいな奴で」
顔全体を覆うのは怪しいが、もし隠せるなら目元を隠せるだけでもリスクは減るだろう。
「恥ずかしい?あの時私の部屋で腹くくったみたいな顔しといて?」
「あれは......なんか雰囲気で......」
今思い返すと体温が上がってくる。
あれはもう気にしないでもらいたい。
「ん~......目元だけって事ならベネチアンマスクって事よね?仮面舞踏会みたいなイメージの奴」
「そうそう、そんな感じ」
「まぁアリかもね。 仮面付けた騎士ってかっこいいし、2人でやるならいいキャラづけになるかも」
なんとか意見が通りほっと息をつく。
「あ、そういえば前撮影で貰ったな......私引っ越しの時持ってきてたかなぁ」
そう呟いて「ちょっと探してくる!」と駆け足で玄関を出て行った。
「あっぶねぇ......」
誰に聞かせるでもなく無意識にそう呟いてベッドに倒れこむ。
ここでリスクに気が付いていなければ最悪の展開もあり得た。
そうなれば家族の問題だけではなく凪咲の試験自体まともに行えないかもしれないのだ。
公表していない以上リスクは常にある。
そうもう一度肝に銘じているともう一度玄関が開く音がする。
「あったわよ、こんな感じでしょ?」
そう言いながら部屋に入って来た凪咲が手に持っていたのはイメージ通りの仮面。
デザインは狐だろうか。
白がベースで所々入った赤色が印象的だ。
でもどちらかというと......
「西洋というより和風じゃないか?」
「ん~......まぁ」
そう言ってベッドで半身を起こしている状態に近づき、目元に仮面を合わせる。
「カッコいいからいいんじゃない?」
「......おう」
そう言って無邪気に笑う彼女は相変わらず少し無防備だった。
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