第16話 眠っていた半分

「......あの、そろそろ行きません?」


先程俺が凪咲と共に試験に出ると決まった後、数分は立っただろうか。

俺は未だに膝の上にある凪咲の頭のせいで立てずにいた。


「だってまだ皆に会う顔作れてないもん」

「あとどれくらいかかりそう?」

「ん~......もうちょい?」


そんな曖昧な返事に不安が募る。

あまりにも滞在時間が長いと母さんたちに疑問を持たれることは避けられないだろう。


「優人、手止まってるよ?」

「はい。 ごめんなさい。」


先程から自分のやってしまった行動に対する羞恥がものすごく、とりあえず凪咲を撫でてしまっている手だけでも何とかしようとする度にしっかりと撫でるように催促される。


......なんだこの空間。

とにかく甘すぎる。

普段自分の部屋で過ごしたら絶対に漂わないであろう雰囲気や女子の部屋特有の香り。

それらが演出する雰囲気に惑わされてつい手でも握ってしまいそうだ。


そんなことを考えていると、俺に後頭部しか見せてなかった凪咲が体勢を変え、俺と目を合わせようと下から見つめてくる。

それに応じて目を合わせてしまったら、本当に勘違いして手でも握ってあかりに報告され、馬鹿にされるどころでは無い目に遭わされる可能性があるので俺は迷った視線の置き場を天井に固定した。


先程部屋の照明をつけてしまった事を後悔する。

恐らく俺の頬が紅潮してしまっている事はバレバレだろう。

仕方がない。彼女も居たことなく、最近まで話す女子なんて母さんかあかりぐらいだったのだ。


「なんで目を逸らしたのかは聞かないでおいてあげる」


少しからかう様な声色。


「そうしてくれると助かる......。」


凪咲も俺が照れている事くらいわかっているのだろう。


「ねぇ?ゆうとぉ」


まるでまどろみの中にいるような生ぬるく甘い声。


「......なんだよ」


頭がおかしくなりそうだ。


「んへへ、なんでもないけどね?」


もし素でそんな事を言っているのなら恐ろしい。

俺は深く息をつき、心を整え凪咲の方を見る。

浮かべていた悪戯っ子のような笑み。

ようやく目が合ったことに満足したような笑み。

きっと俺の頭はおかしくなってしまったのだろう。

それらの行動全て、まるで何かを愛おしく思っているようで......


「優人~!?遅いよ~!」


玄関のドアが開くと同時に聞こえてきたあかりの声により早く反応したのは凪咲の方だった。

気がついたら俺の手をどかし、体勢を整えあかりを迎える準備は万端だった。

ちなみに涙は既に引っ込んでいた。

一体さっきまでのは何の時間だったんだ。


「もう!何してんの!」


廊下へと繋がる開けっ放しだったドアから顔を出したあかりは頬を膨らませ怒りを主張している。

入って来た時に声を出していなかったので気が付かなかったが、あかりの後ろには村井さんも居た。


「ごめんごめん。 テレビの角度が気になったからちょっと直してもらってたの。」


先程の出来事など本当に何でもないような表情をして言う。

女優とは恐ろしいものだ。


「あ~。 だから蒼井君の顔が赤いんですね。 なんかお邪魔しちゃったのかと思いましたよ」


鋭い村井さんに心臓を跳ねさせながらも俺もポーカーフェイスを維持して立ち上がる。


「なんか蒼井が赤いっておもしろくない?」


つまらない幼馴染は置いて、俺達は凪咲の家を出た。





戻った自宅のリビングには既に料理が用意されていて、いつも通りの4人掛けの食卓だけでなく、テレビ前のローテーブルにも料理が並べられていた。


誰が言いだした訳でもなく女子3人組がテレビの前に座り、俺と母さんが2人で食卓を囲む。

お笑い芸人が多数出演しているバラエティー番組をテレビで流しながら食事を進める。

その番組には凪咲も出演していてテレビ用の態度を作っている彼女を見たりして盛り上がった。


食事を終えた後、協力して片づけをして俺の部屋にてあかりと村井さんが格闘ゲームで対戦し始め、それを俺と凪咲が観戦するという構図になっていた。


俺は先ほどの事で体力を使い切ったから不参加。

凪咲はそもそもゲームにそこまで興味が無かった。


ソファに座る2人。

当然の様にベッドで俺の隣に座ってくる凪咲。

気のせいかもしれないが、前より距離が近い気がする。

いや、確実にそうだ。 少しでも手を動かしたら手が当たってしまいそうな距離にいる。

俺はそれに気が付かないふりをしながら画面で行われている事を説明する。


少しづつ凪咲がルールを理解し、観戦を楽しみ始めたところで俺は少し席を外した。


リビングに移動し、ソファに座りながらテレビを眺めている母さんの隣に座る。


「どうしたの?」

「いや、別に」


回答になってないような気もするが、わざわざ母さんもそれを追求することは無い。


「俺演劇出るわ。 北城裕也が見に来るやつ」


一応俺の部屋に居る村井さんと凪咲を意識して父さんという単語は使わない。


「何?見に来て欲しいって事?」

「違うよ......ただの報告」


俺がそんな事言わないと分かっているだろうにニヤつきながら聞いてくる。


「まぁ見に行くけどね。 息子の晴れ舞台だし」

「それは任せるけど......そんなカッコいい物にならないと思うけどな......演技なんてやったこと無いし、凪咲が目立てばそれでいいから」

「優人がそんなことやるの初めてだし、それって成長でしょ?それが見られればそれでいいの。 私としても、あの人としても」


そう言って俺に向かってちょいちょいと手招きをし、耳打ちのポーズをとる。

俺は耳を寄せ、母さんの言葉に集中する。


「大丈夫。 あなたの半分には北城裕也の血が入ってるんだから。」


名俳優の息子が名俳優になるとは限らない。

そう思いつつも母さんの言葉を受け取る。

俺は自分に演技の才があるとは思っていない。


だけど。


俺が凪咲と共に舞台に立つと決まった時。


俺の中の何かが動き出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る