第15話 ずるいよ......

テストも残すところあと1日となった木曜日。

昼には1人で勉強し、夕方ぐらいからはあかりと村井さんが家に来るという流れが既に完成していた。

今日もいつも通り集中して勉強に取り組み、なった玄関のチャイムに顔を上げる。

時刻は15時過ぎ。

いつもよりかなり早い時間だった。


「......よ」

「あれ?今日は仕事?」

「うん」

「そっか」


それだけの言葉を交わし、チャイムを鳴らした凪咲を家に招き入れる。

渡したマグカップから登る湯気を眺める彼女の表情からは何を考えているのか読み取れない。

特に気にする様子もなくベッドに座る彼女に戸惑ったが、少し悩んだ後距離をとって俺もベッドに腰かけた。


「それで? YOUは何しに俺ん家へ?」

「ん......なんとなく?」


少し重たく感じる空気を軽くしようとかましたボケも、凪咲の眺める湯気と共に消えていった。


「......で? なんかあったのか?」


大方予想がつくことでも1から手順を踏んでいく。

1秒1秒しっかりと流れていく時が俺をそうさせた。


「私試験受けたいみたいな事、言ったでしょ?」


呟くように言葉を綴った。


「“まだ辞められない”って言ってたな」

裕也ゆうやさん、子役の頃から共演する度にずっと褒めてくれるの。私の演技。」

「ま、いい人そうだもんな。 あの人」


特に子供とか好きそうだ。


「ホントにそう......だからある時知りたくなったの。 本当に裕也さんが私を評価したらどうなるのか。」

「だから試験に出ることにした」

「そういう事。 まぁ出られなさそうだけどね~......」


そう自嘲気味に呟いた彼女は何処までも沈んでいきそうな、全てのモチベーションを失ってしまいそうな、そんな暗さを見せた。


「私も、もうちょっと早めに行動しとくべきだったなぁ。 もうみんなペア決まってるや」

「それも凪咲なりに気を使った結果なんだろ? 案外そういうところあるよな。 お前」


そう言うと顔に浮かんでいた暗い表情は奥に隠されて、ニヤニヤした笑みに切り替わる。


「え~?なに?いきなり彼氏面~?確かに距離は縮まったけど、まだちょ~っと早いんじゃない?やっぱり女の子の友達が少ないとそこんところ分かんないのかなぁ?もうちょっと距離縮めてやり直してね~?」


明らかに煽り口調になり、まるで年下に接するような上から目線で文句を言われる。


「そういうんじゃないって......」


彼氏面という言葉に反応して体温が上がった事を自覚する。

恐らく俺の頬も熱を帯びたのだろう。

それを確認した凪咲は満足そうに笑った。


「ま、明日は学校行くし、もうちょっと頑張ってみようかな」


一気にマグカップを傾け、飲み干したであろう空のそれをナイトテーブルに置いて立ち上がった。


「漫画読んでいい?」

「あかりのだけどいいんじゃないか?」

「......一応確認取ってからの方が良いかな?」

「大丈夫だろ。 俺の部屋にあるから所有権は俺にあるはずだ。 知らないけど」

「それもそっか」


それからしばらくした後、チャイムが鳴ると同時にドアを開けた2人組がそのまま俺の部屋に向かってくる足音が聞こえた。


「お邪魔してま~す.....って、凪咲じゃん!今日はもう仕事終わったの?」

「うん。 今日は結構早く終わったの。」


「そっかそっか」と言いながら遠慮なくいつものソファに陣取る。

いつもならその後ろをついていく村井さんは、すこし気まずそうにあかりと俺を交互に見比べる。


「こんにちわ。 確か前話したわよね。 村井さん......で良かったわよね?」

「あ、どうもです......村井 日向です」

「別に私は優人の隣でいいから、あかりの隣に座っていいよ?」

「あ、ありがとうございます」


そう言われた村井さんは遠慮がちにいつもの位置に座った。

村井さんもいい人だから凪咲を1人にすることを躊躇ったのだろうか。


「あ、そうそう、日向ちゃんには言ったけど、凪咲も明日来る? 優人のテストお疲れ様会」

「待って?それ俺知らないけど」

「優人ママが言ってたよ?」

「知らないなぁ......」


いつの間にか俺の知らないところでお疲れ様会が計画されていたらしい。

困惑した表情を浮かべていると、隣から俺にしか聞こえない声量で「普段クールぶってるのにイジられてるの、なんかおもしろい。」と凪咲がニヤニヤしている。


「で、凪咲も来れる~?」


あかりにそう言われると伸ばしていた足を三角に折り畳んで、少し微笑みながら俺を見上げてこう言った。


「いい?来ても」

「......どうぞ」


見たことがないほどの柔らかい笑顔を見せられ、吐息交じりのその声に断ることもできず、了承の返事をした。

周りに顔を見られない様に気を付けながら......。





翌日の相馬主催である普通科と進学科の垣根無く開催されたテストお疲れ様会にはもちろん参加できるはずもなく、俺は家に直帰した。


ただ単に早く帰れただけの午後を満喫しながら読書に集中していると、いつの間にかあかりと村井さんがやって来た。


母さんが普段よりも気合いが入った料理をテーブルに並べ始めた頃でもまだ家に来てなかった凪咲を俺が呼びに行くことになった。



ピンポーン......


チャイムを鳴らして数秒立っても反応はない。

急な予定が入ったのだろうか?それとも寝たりしているのか?

念のためもう一度チャイムを鳴らすと、次は数秒経つと返事が聞こえてきた。


「......はい?」

「俺だけど、今日これそうか?一応母さんたちが呼んでる。 嫌なら俺から伝えるけど......」

「......入って」


数秒待った後に返って来たのは入室を促す言葉。

理由を尋ねようとも思ったが既に部屋の中とのつながりは消えている。

女性が1人暮らししている部屋に入ってもいいものかとも悩んだが結果的に俺はドアを開けた。


「暗いな......」


常に電気が付いているマンションの廊下とは対照的に、凪咲の部屋を照らす光は少し雲がかかった月明りぐらいなものだった。


「お邪魔しまーす......」


幸いマンションの部屋の構造は分かっているので僅かな月明りで電気のスイッチにたどり着く事が出来た。


「......どうした?」


部屋を照らしたライトが映し出したのはテレビの前のローテーブルに突っ伏した凪咲。


「......ダメだったのか?」

「まぁね......」


そうポツリと返事をした彼女の声色からは深い悲しみが読み取れた。

凪咲にとっての北城 裕也がどれほどの存在なのかは分からないが、きっと俺が想像できないほどの大きな存在なのだろう。

幼少期からずっと憧れ続け、やっと掴んだチャンスだったのだろう。

それが掴み切れなかった悔しさがどれほどのものなのか、俺には想像しきれなかった。


「ごめんだけど、あかりにやっぱり無理って言っといてくれない?ほら、私今こんなんだし」


少し籠った声が、少し湿っぽかった。


「......顔上げれるか?」

「......。 なんで......?」

「泣いてると思ったから」

「......女優はプライベートで泣かないの。 演じる時の涙の重さが軽くなっちゃうから。 プライベートで泣いちゃいけないの。 だからこれはそういう演技なの。」


先程よりも震えた声でそう言った。


「じゃあ演技でもいい。 俺は9割の演技に騙されてもいいんだ」

「......1割の為なら?」

「そうだ」

「......馬鹿ね」


俺は凪咲の近くに座る。


「前言っただろ? 力になるって」


特に返事は来ない。

でも俺の言葉を待っている。


「その時から考えてたんだ。 試験のルールに芸能科同士が絶対組めなんて書いてなかった。 火曜日に芸能科の先生に聞きに行ったらそういう事だった。」


凪咲の体が少し動く。


「ちょっと困ってるんだろ?」

「優人、そういうの絶対苦手でしょ......?困ってない......困ってないから...!」


震えた声が、水気をさらに帯びる。


「じゃあ結構困ってる?」


そう言うとゆっくりと顔を上げ、横目に俺の位置を認識して太腿に倒れこんできた。


「ずるい......ずるい。 ずるいよ......」


太腿の位置にある凪咲の頭は随分と撫でやすい位置にあったが、幸い倒れこんできた時にぎりぎり保った理性で我慢する。


「言い方もずるい、会話の流れを見透かしてるのもずるい、演技だって見抜けるのもずるい、泣いている女の子に優しくするのなんて一番ずるい」


ポコポコ俺の太腿を叩きながら不満を訴えてくる。


「......私が泣きながら助けてって言ったら優人はどうするの?」


言っている本人も何と返すのか分かっているのか、少し期待を含んだ声。


「出来る限り何とかするよ。 絶対。」

「じゃあ......助けて......」


おもむろに俺の腕を掴み、自らの頭の位置に誘導する。

俺は胸の中で決めていたことを告げる。

先生にも確認してルール的には問題ない。

そもそも芸能科にいなければ審査員の評価など関係ないのだ。


「俺が一緒にやってもいい?試験」


凪咲の頭にのせた掌が縦に動いた。












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