第14話 困っているのなら

初日のテストを終え、俺は帰宅して自室で珍しく集中できていた。

毎週のようにあかりが来たり、先週に関しては凪咲が来るというイレギュラーによってより一層集中できなかった。

そこまでテストを不安視してないとはいえ、対策が厚い事に越したことは無い。


どうやら母さんも出かけているらしく、昼はカップラーメンという時間効率重視のメニューで済ませ、静かな自室で勉強という理想のテスト期間を過ごしていた。


50分ほど集中し10分ほど休憩。

普段の学校で行う授業の様なタイムスケジュールで進めていくとあっという間に時間が過ぎていく。


時刻は早くも5時ほど。

普段ならちょうど家に帰ってくるような時間だ。

一度テキストに対する集中を解き、空になったマグカップに緑茶を追加しようと自室を出てポットでお湯を沸かし始めると同時にチャイムが鳴った。


「おじゃましま~す!」


ドアを開けると同時に軽快なリズムでステップを踏みながら入ってくる幼馴染。


「お邪魔します」


そしてその後を当たり前の様についてくる村井さん。


「どうぞ。」


2人を部屋に通して、沸かすお湯の量を増やして2人に緑茶を渡す。


「おっ!気が利くなぁ~!」

「どうもです」


入り浸り過ぎて他人の家だという事を忘れてしまった幼馴染と、しっかりと礼儀を持ったその友人。

人の振り見て我が振り直せと言う言葉があるように、あかりも村井さんを見て礼儀を思い出してほしいものだ。


「ごめんなさい、蒼井君。 一応テスト期間だと知っていたのであかりちゃんを止めたんですが......」

「いや、いいよ。 今日は早く帰れたし、そのおかげで十分に勉強はできたから息抜きって感じで2人が来てくれて俺も嬉しい。」 

「そですか......ならよかったです!」


最早もはや定位置となったあかりの隣に座りながら背中をソファに深く沈ませ、かなりリラックスしている。


ナイトテーブルに俺の分のお茶を置き、位置的に2人の少し後ろにあるベッドに寝転ぶ。


あかりの今日の気分はゲームではなく映画らしく、リモコンを操作してサブスクサービスを起動して目的の映画を選択する。


見たこともない恋愛映画だ。

映画はそれなりに見る方だが、父親が出演しないものはそこまで見た記憶がない。


2人はそこまで視聴に重きを置いてないらしく、会話を楽しみながら画面を眺めている。


「あ、そういえば蒼井君、知ってましたか? 北城さんが一葉にくるらしいですよ!」

「あぁ、らしいな」

「ドライですねぇ......結構すごい事だと思いますよ? 芸能科の生徒はかなり盛り上がってましたし。 北城 裕也と言ったら演技を志す人間にとって伝説みたいな人ですからね」

「へぇ~......村井さんもファンなの?」

「う~ん......ファンというか......。 あの、こういう事言ったら恥ずかしいヤツだと思われるかも知れないんですけど......。」


少し頬を赤らめながら、「笑わないでくださいよ?」と目で訴えてくる。


「そんなこと思わないよ」

「じゃあ......ファンというより、追いつくべき人......みたいな風に思って、ます。」


少し声に出して宣言することに緊張したのか、語尾がいつもより堅くなる。


「全然恥ずかしい事じゃないと思うけどな」

「そですか......」


もう一度頬を赤らめた村井さんは画面に向き直る。


「でもラッキーだよね今年度の生徒! わざわざ北城さんに演技見てもらえて、その後にまた別でアドバイス貰えたりするんでしょ?」

「ですね。 ラッキーだと思います。 でも......」


あかりの意見に賛同していた村井さんの表情が少し曇る。


「水瀬さんにとってはもっと厳しい条件になったかもしれません。」


目線を手元のマグカップに落としながらポツリと呟く。


「北城さんが審査員に入るという事は審査員側が持つ芸能界への影響力も格段に大きくなるという事です。 そのなかでわざわざ水瀬さんの比較対象になりたい人は少ないでしょうし、そもそもどんな人がやっても水瀬さんの足を引っ張るだけになってしまいます。」


木村さんの話をしっかり脳内で捕まえながら、整理する。

今朝の凪咲の目はやる気に満ちていた。

憧れの人に同業者というわけでは無く、審査員として評価されることに価値を感じたのだろう。

でも問題は以前から変わってない。 

共に壇上に登る人間が居るか。


「そもそも変なんですよ。 チームを組んだ人たちは先生たちに申し出て、職員室前の紙に名前を書かれていくんですが、未だに水瀬さんの名前がないにもかかわらず、水瀬さんにメンバーを探している様子が無かったんですよ。 まぁ、今日は何人かに声かけてたらしいんですけど、結構みんなもう組む人決まってて......」


そう悲しそうに話す彼女はやはりいい人なのだろう。


凪咲にメンバーを探す様子が無かったのも、恐らく以前からあまり試験を受ける気持ちが強くなかったのだろう。

だがその気持ちは今日変わった、だが変わるのが遅かった。


「私がチームから抜けて力になれたらよかったんですけど、今日頑張って話しかけてみたら最低男性が1人いればいいからって断られちゃいました......」

「まぁ凪咲も気にしてるんだろ、自分の影響力を......案外そういうところあると思うから」

「え?蒼井君、水瀬さんと関わりあるんですか?」


俺が呟いた言葉に反応し、先ほどの深刻そうなトーンから一変し、素っ頓狂な声を上げる。


「あ、日向ちゃん知らなかったっけ?水瀬さん、ここの隣に住んでるよ?」

「まぁ最近引っ越してきたから関わりは浅いけど......そういえば鉢合わせてなかったか」

「全っ然知りませんでしたよ!」


「っ」を強調して前のめりに驚きを主張してくる。


「それなら前もって仲良くなって何とかできたかもしれないのに......」

「......村井さん、いい人だな」

「でしょ?日向ちゃんは良い子なんだよ」


なぜか誇らしげな顔をして隣の村井さんの頭を撫でまわすあかりと、褒められ慣れてないのか赤面している村井さん。

もはや誰もテレビの画面など見ていない。


「まぁ、気にしなくて大丈夫だろ」

「大丈夫って、そんな無責任な......」

「大丈夫」


先程より力を込めて、力強く言葉を漏らす。


「大丈夫。 俺が何とかするよ」

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