第13話 好きなんでしょ?
一葉高校の筆記テストは5日かけて行われる。
1日あたり2から3教科。
そのおかげでテスト週間は他の科の生徒よりも早く帰宅する事が出来る。
それを活かして校内で自習をしていったり、友達とカフェで勉強会をしたりするらしいが、どうやら俺の唯一の勉強会メンバーである相馬は今日別の友達と勉強する約束があるらしい。
もしよければ来るかと誘われたが丁重に断っておいた。
初対面の人に囲まれると、ろくに話せずに空気を悪くしてしまうだろうからな。
テストが終わり、普段は授業を受けている時間の校内を歩く。
テストを受けていた生徒たちも、まだ教室に残っている人が多いようで校内を歩く生徒はかなり少なかった。
静かな校舎内を歩き、特に何事も無く昇降口に到着すると、今朝人だかりの出来ていた掲示板の前に見覚えのある顔があった。
俺の前の席に座る生徒、
まぁ、顔を見かけたところで話しかけていい関係値でも無いので、特に気にせず帰ろうとする。
「......蒼井君......だったかしら? 見た? このポスター」
唐突に話しかけられたことに驚きつつも振り返ると、相田さんがこちらを向きながら掲示板に貼られている北城 裕也が来校するというポスターを指さしていた。
「見ては無かったけど......山田に教えてもらったから知ってはいるよ」
「そう......ごめんなさい。 驚かせたわよね? そんな鳩が豆鉄砲を食ったような間抜けな顔をしてるんだから」
そこまで顔に出ていたとも思えないが......それよりも最近の女子高生の間ではナチュラルな罵倒が流行しているのか?
あかりや凪咲もたまにナチュラルな罵倒を加えてくる。
「話しかけられるとは思ってなかっただけだから。 謝る事でもないよ」
「確かに普段の私なら話しかけることは無かったわね。 ごめんなさい。 もう帰って大丈夫よ。」
口ではそう言っているものの、俺から見える表情からは「なぜ話しかけたのか」と聞いてほしそうな雰囲気が駄々洩れである。
と言ってもそれはただの俺の主観なので、間違っている可能性もある。
ということで俺は相田さんの言葉に従って素直に帰ることにする。
じゃあね相田さん。 また明日。
心の中でそう言葉をかけながら靴を履き替えようとする。
「......なんで聞かないの? どうして今日は話しかけてきたの?って」
まじか。 直接聞いて来たぞこの人。
「いや、話したことないのに深く聞くのも変かなって思って......」
「話したこと?あるじゃない。 入学して次の日の1限前のショートホームルーム3分前。 あなたと山田君と私で会話したはずだけど?」
「......あれって会話か?」
ただ一言二言注意されただけのような気もするが......。
「会話でしょ。 会話って言うのは 二人以上の人が集まって互いに話をかわすことよ。 その定義に基づけばあれは会話よ」
「まぁ......確かに会話か」
今の会話のやり取りで相田さんがどんな人か分かった気がする。
「あ、それで何で話しかけたかって言うと、ただテンションが上がってたからよ」
「テンションが?」
「私、北城 裕也のファンだから」
そういうと何故か自慢げに鼻を鳴らし、誇らしげな表情をしてみせた。
「あ~......それでポスターをまじまじと見つめてたんだ。」
「まぁね」
「でも意外だなぁ......勝手なイメージだけど、そういう俳優とかに興味ないと思ってた。」
「自分からしたら別にそんなこと無いと思うのだけど......」
普段俺の席から見える読書家の顔。
長く整った黒髪に、ピンと伸びた背筋。
しっかりと着こなされている制服に、しっかり膝下まであるスカート。
それらの要素が少しお堅い雰囲気を醸し出していた。
「......ちょっと」
そう思う中でちらりと目線を下に動かしてしまったのがダメだったのだろうか。
「私の太腿見ないでくれない?」
とんでもない変態と勘違いされてしまった。
「見てないですけど......」
「嘘つかないで。 好きなんでしょ?女の子の太腿」
確かに相馬とそんな会話をしていた時に相田さんが居た記憶はある。
あるが......
「そこまで飢えてないって流石に」
「どうかしら」
自分の体を自分で抱き、身を守るような姿勢を取る。
止めてくれ。 だんだんと増えていく人の視線を集めてしまう。
「冗談よ。あなた女性慣れしてそうだし、確かに飢えては無いかもね」
身を守る防御は解いてもらえたものの、他の誤解が発覚した。
「女性慣れなんてしてないんですけど......?」
「そうなの? よく芸能科の人達と一緒にいるし、今朝も水瀬さんと一緒にいなかった?」
「居た......けど、それも数少ない友人の1人だ。 決して女性に慣れているわけじゃない」
「あら?そうだったの。 ごめんなさい」
「まぁいいけど。 それじゃ、俺そろそろ帰るから」
明日もテストだ。
家に帰って集中できる時間があるのなら、その時間は出来るだけ長い方が良い。
そう言葉を残し、今度こそ靴を履き替え、歩き出す。
「ちょっと待って」
「......なに?」
どうやらまだ何か用があるらしい相田さんがスマホを片手に距離を詰めてくる。
「連絡先交換しましょ。 こんなに会話したならもう友達でしょ?」
特に断る理由も無いので、相田さんが示してきたQRコードを読み取りながら、この学校には特殊な人しかいないのではないかと疑問を持ってしまう。
最初は常に勉強をしているガリ勉タイプかと思っていた。
でもそれは違った。
今日話して分かった。
彼女は奇人である。
連絡先を交換するとそそくさと何処かに去ってしまった彼女はまさに相馬を彷彿とさせる突風のような人だった。
1人残った昇降口で、スマホの画面に視線を落とす。
成り行きで高校に入ってから初めて手に入れた連絡先。
そのプロフィールアイコンは実の父だった。
「なんか......嫌だなぁ......」
無意識に、そんな言葉がこぼれていた。
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