第12話 まだやめられない
テスト直前の土曜日。
クラスメイト達は集中して各自の課題に取り組んでいるのだろう。
もちろん俺だってそうしたい。 だが、そうできない理由がある。
「どうしよっかな......ホントに......」
何も考えず自室でテスト勉強に集中していた昼過ぎ。
俺の集中を途切れさせたのは、俺の目の前にいる少女。 水瀬 凪咲が押したインターフォンだった。
ドアを開けた一言目は「誰かいる?居ないなら入らせて。 部屋」
という全国の男子高校生が歓喜しそうな内容だったが、実際に話し始めたのは学校を辞めるかどうかという重い内容だった。
「まぁ、今すぐ辞めたい理由があるわけじゃないんだろ?」
「うん......でもあんまり学校行けてないし、入学した目的の子もいないし、あかりと優人ぐらいしか素で話せる友達居ないし、2人とは家が近いから話せるし......」
目的の子、という言葉に耳が勝手に反応する。
俺の父、
父が一葉に会いに来るという事も、凪咲は気が付いているか分からないが”芸能科に居る”と限定したわけでもなさそうだ。
俺がこのことを凪咲に伝えた時、彼女はどんなことを考えるだろうか。
目的の人が見つかった喜び? いや、他の同僚たちと進路を違えてまで見つけたのが進路科で演技の素人。 落胆以外ありえない。
「ま、試験にも出られそうにないし仕方ないかもねぇ~......」
「凪咲の演技を楽しみにしている人は悲しむんじゃないか?」
「それはテレビでご覧くださいってことで」
どこか諦観を含んだ眼差しで、窓から見える景色を眺めている。
「......もし何か困ったことがあれば言ってくれ。 少しぐらいは力になる。」
そう言うと、少し意外そうな顔をしてすぐに笑い出した。
「なにそれ? あんたに何が出来るの?」
小馬鹿にするように笑いながら少しずつ煽るように距離を詰めてくる。
北城 裕也が来ることすら伝えられない俺のせめてもの罪滅ぼしとして言ったつもりだったが、急に恥ずかしさを覚える。
相手は現役女優で、俺はただの一般人。
そもそものベクトルが違うだろ。
少し頬が紅潮するのを感じながら凪咲のからかいを受け入れていると、凪咲が肩に顔を押し付けてきた。
「まぁ......でも......ありがと」
彼女の顔は見えなかったから、本心かどうかなんてわからない。
普段の高飛車な性格から素直に感謝を述べるなんて思えない。
でも何でもいい。
今は彼女の言葉だけを聞いておこう。
彼女の言葉だけを信じよう。
暫くそうしたあと、彼女が顔を上げる。
「じゃあ本当に困ったら泣きながらお願いするわ」
「やめてくれ、どんな内容でも断れる自信がない」
「あれ?クールそうな顔しといて女の涙には弱いんだ?」
「母さんの教育だな」
「女優の涙なんて9割が嘘だと思っていいわよ」
「男はその1割の為になら騙されてもいいんだよ」
いつも通りのやり取りが戻って来た後、凪咲はベッドに倒れこんだ。
「ごめん、邪魔して。 テスト勉強の途中だったんでしょ? やってていいわよ、私静かにしとくから。」
冗談かと思ったが本当に居座る様子でダラダラとスマホをいじりはじめる。
俺も気にしない様に机に向かってみるが、やはりあかりが居るのとは訳が違う。
何故か気を許されているようだが、同い年の男子高校生のベッドに寝転がるのはいかがなものか。
そんな事を言ってもどうにもならないので、仕方なく本来の50%ほどの集中力で取り組んだ......。
次の月曜日、テスト初日。
エレベーター前であかりを待っていると、少し空いたあかりの家の扉から寝間着姿のままで「先行ってて~!」と伝えてきた。
中学の頃はよくあった事なので、特に気にすることなくエレベーターを呼び出すボタンを押すと、勢いよく背中を叩かれた。
「おはよっ!」
「凪咲か、今日は登校できるの?」
「うん。 あかりは?」
「寝坊で遅れるって」
「そっか......一緒に行って思い出作りたかったけどなぁ」
「......決めたの?もう」
「......まぁね。 芸能科で学ぶことも無いし、友達がする通信制の話もちょっと興味あるしね」
「そっか。 いつでも家来ていいって母さんも言ってたから。他人みたいになるのは止めてくれよ。 俺の数少ない友達なんだから」
そういうと満足したような目でこちらを見つめてクスッと笑う。
「なにそれ、分かった。 数少ない一般人の友達として尊重してあげる」
「それはありがたい」
それからはいつも通りの会話だった。
土曜日の時点では少し曇っていたように見えた表情も、今日はかなり晴れやかに見えた。
校門を潜り抜け、学習棟の昇降口で上履きに履き替える。
いつもならスルッと通り抜け、2階に教室があるあかり、村井さん、凪咲とはここで分かれるのだが今日は違った。
部活動の勧誘や学校行事について書かれたポスターが張られる掲示板の前に人だかりができていたのだ。
「なに?この人だかり」
「さぁ?なんか掲示板に貼ってあるみたいだけど......」
「ま、もうすぐやめる私には関係ないわね」
そう言って自分の教室へと足を向けかけた彼女と俺の間に覚えのあるクラスメイトが入り込んできた。
「おい!優人!見た?あれ!」
クラスメイトの山田 相馬が掲示板の方向を指差しながらなにやら興奮した様子で状況を伝えようとしている。
「いや、まだ見てないけど?」
相馬のテンションの高さに少し驚いたのか、凪咲も足を止め、相馬の方を見ている。
「それがさ!芸能科の試験の審査員、あの北城 裕也が来るらしいぜ!?」
相馬の奥にいる凪咲の表情が固まる。
「そっかぁ、それはよかったな?」
事前に知っていた情報という事と、友達の口からでた父親の名前に少し動揺して変な返事になってしまう。
そんな事を話していると、固まっていた凪咲が動き出し、相馬を押しのけ、俺の両肩に勢いよく両手を置いた。
「優人......私、まだやめられない」
そういった凪咲の顔は、かつてないほど高揚しているように見えた。
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