第10話 女子高生の顔

「優人~お待たせ~!」


朝、マンションの入り口で待っていると、凪咲なぎさを連れてきたあかりがやってくる。


「いや~、凪咲と登校できるなんて嬉しい! 最近学校来てなかったから、もうこのままずっと一緒に行けないかと思ってたよ~!」

「はいはい、私も嬉しい」


そうやって軽くあしらいつつも、表情から滲み出ている喜びの色は、昨晩とは打って変わって年相応の高校一年生のものだ。


「そういえば、久しぶりに凪咲の制服姿見たな」


入学式を除けば、隣人としての挨拶の時も、昨夜も私服だった。


「そうだったっけ? どう?久しぶりに見られて嬉しい?」

「別に嬉しいとかは無いけど......」

「まぁ私何でも着こなすからね~、この制服着て歩いてるだけで学校の宣伝になるぐらいだもの」


ただ事実を述べただけなのに、まるで褒められたという前提でドヤ顔をかましてくる凪咲はやはり自信家の様だ。


そんなドヤ顔の横で温度感の違う不審がる表情を浮かべる幼馴染がいた。


「優人ってさ、水瀬みなせちゃんって呼んでなかったっけ?」

「......だからなんだよ」


特に悪い事をしているわけでも無いのに、何故か心臓の鼓動が早くなる。


「いや別に?優人が私以外の女の子の事を下の名前で呼んでるの珍しいなぁって思って。 いつの間にそんなに仲良くなってたの?」


本人には特に問い詰めたりするような意図は無かったらしく、ただ単に頭に思い浮かんだ疑問を口にしただけ、という素振りだった。


「まぁいろいろあったんだよ......。 というか、芸能科のテストっていつなんだ?」


多少......というか大分強引な話題の逸らし方だったが、鈍感な幼馴染は特に気に留めた様子もなく頭の中の日程表を思い返している。


「歌の方は再来週かな?演劇の方はもうちょっと後だったよね?凪咲?」

「そうね、7月の最初の方にあるわ」

「優人はいつなの?テスト」

「俺は来週」

「え?それ大丈夫なの?全然焦ってる気配読み取れないけど」

「優人はいっつもこんな感じだよ?中学の時も私は泣きながら課題やってるのに全然優人はペン動かしてなかったし」

「お前が全部教えなきゃ解けないレベルだったんだからなんも出来なかっただけだよ......」


(ま、今回は教えなきゃいけないヤツも居ないし、テストに集中できそうだな......)






「いや~!疲れたなぁ!」


全く疲れた素振りを見せていないクラスメイト、山田やまだ 相馬そうまと勉強会、いや、俺が一方的に教えることを強要される会が学校の図書館にある個室で行われていた。


今回の試験こそは自らの成績のみに集中できると思い登校した2秒後に相馬から「勉強教えてください」と懇願された。


数時間を図書館で過ごし、時刻は既に20時を過ぎていた。


電車通学の相馬とは学校を出てすぐに別れ、俺はいつもの帰路に着く。


数分歩いているうちに、昨日と似たような光景が目の前に飛び込んできた。


「またお前かよ......」

「何?あんた本当はストーカーなんじゃないでしょうね?」

「違う、友達との勉強会の帰り」

「ほんとかしら」


少し前方に居た凪咲が、歩幅を調整して隣に並ぶ。


「こんな時間に女子高生が1人で夜道を歩くなんて危ないんじゃないか?」

「大丈夫ね、私ただの女子高生じゃないもん」

「女優なら尚更」

「まぁ、最近怪しいやついるけどね、1人で夜道歩いてたら後ろからついてくる奴」

「......俺だろ」

「よく分かったわね、客観視できてるようでなにより」

「凪咲はそういうこと言いそうな性格だろ」


分かったような口ぶりが癇に障ったのか、不満そうな気持ちを目で訴えてくる。


そしてそれに気が付かないふりをして話題を変える。


「で、何で今日は遅くなったんだ?」

「学校よ。 休んでた時の事とか7月のテストの事とか、色々説明受けてたの。 思ったより長かったけどね」

「そっか......学校、楽しいか?」


そういうと不満な表情から平常時の感情に切り替わっていた表情が一気に無表情になる。


女優はこういうものなのだろうか、表情がコロコロと変わって、どれが本当なのか分からない。


「何でそんな事聞くの?」


一瞬見えかけたよくわからない表情も、即席で作られたような女優の笑みに隠される。


「凪咲が楽しくなさそうで不満がありそうに見えたから」

「......私そんなに顔に出てた?」

「いや、出てなかったな」


何千回と見た血のつながった父の演技、それに付随してきたいろいろな女優、俳優、アイドルの演技。


目の動き、頬の緩み方、体の使い方、注視してきたそれらが、相手が何を考えているかを導き出させる材料になっていた。


「......ホント変なヤツ」


そう呟いた彼女は女優としてではなく女子高生として笑っているように見えた。


どちらが提案するでもなく、自然とマンション近くの公園に入っていた。


ベンチに腰かけた彼女は視線で隣に座るように促し、俺は少し距離を開けて座った。


「私ね、学校辞めてもいいかなって思ってるんだ」

「まぁ、あんまり行ってないみたいだしな」

「うん。 同世代の同業者は皆通信制で高校の勉強を学びながら頑張ってるみたい。」

「じゃあここに来た理由があるんだろ?」

「まだ何も言ってないじゃない......そうだけど!」


会話の先読みをすることは嫌われるらしい。

軽く握った左手の拳で俺の左足を軽く叩かれた。


「私ね?憧れてる人が居て、その人に言われたの。 一葉に行ったら同い年のものすごい才能を持った子に出会えるって。 正直、同い年.....いや25歳とかまで年齢の枠を広げても私に演技において勝てる人なんていないと思ってた。 いや、思ってる。」


発言だけ聞けば物凄い自信家に思われるかもしれないが、現在でも芸能界でトップを走っている現状と、その後ろについてくる実績を見れば言葉だけではないことは明らかだ。


「それで気になって......いや、私その子に嫉妬してたんだと思う。 私が一生かけても超えられないと思ってるその人に、そこまで言ってもらえる人がいるなんてどんなに羨ましい奴なんだって」

「で、見つかったのか?」

「......多分居ないんだと思う。 数回しか授業に出てないけど、事務所とかで活動しているこの演技は全部見たつもりだし。 でも誰もそんなにビビッと来なかった。」

「だから学校にいる意味がないって事か」

「そういう事」


聞いておいてなんだと言われるかも知れないが、俺がそれを聞いて特に何をすることもできない。


全て楽しくなかったわけではないだろう。


あかりと居るところを見ると心から楽しんでいるように見えた。


凪咲にとっても学校は芸能界と日常の線引きをできるいい場所なんじゃないか。


そう思っても口に出すことは出来ない。 権利もない。


俺の言葉一つで彼女の意思を変えてはいけない。


暫く続いた静寂の時間は凪咲の「そろそろ帰りましょうか」という言葉と共に破られた。


なんとなくだが彼女の表情は何かを決意したように見えた。


マンションから漏れ出る光が見えてきたころ、俺はなんとなく聞いてみた。


「そういえば、憧れの人って誰なんだ?」

「え? 多分優人も知ってる人よ」


北城ほくじょう 裕也ゆうや。 さすがに知ってるでしょ?」

「まぁ......さすがにな?」


そう言ったつもりだったが、しっかりと言葉にできたのか分からない。

友人の憧れの人として自分と血のつながった父の名前が出てくるとは思っても見なかった。


「お~い?優人?」


思わず足を止めていた俺を不審に思い、振り返って名前を呼ぶ。


恐らくまたどこか上の空で言葉を返し、かつてないほどに動揺しながらエレベーターへ乗り込んだ。



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