第9話 女優の顔

「はぁ~今日も疲れた!」

「全然疲れて無さそうだけどな」

「いやいや、疲れたよ!今もこの体は休息を求めているんだよ!」

「なんだその言い方」


下校の途中、いつも通り変な事を言い出す幼馴染を軽くあしらう。


「でも疲れてるのは結構ほんとなんだよ、ダンスって結構体力使うし、喉壊しちゃったら歌のレッスン受けられないから気を遣わないといけないし」

「確かに、ちょっとでも体調悪かったらキツそうだよな、そっち」

「まぁ強制的に休ませられるだろうね、そこのところ先生たちも気にしてるっぽいから」


あかりがそう言ったタイミングでポケットに入っているスマホが震える。


「あ~......あかり、1人で帰れるか?」


時刻は18時過ぎ。

空はだんだん暗くなっている。


「ん?まぁ家まで少しだから帰れるけど......なんかあった?」

「母さんが醤油買ってきてだってよ」

「一緒に行こっか?」

「いやいい。 走ってスーパーまで行くから先に帰っててくれ」

「りょーかーい。 じゃあね~」


そう言って手を振るあかりに手を振り返し、来た道を少し引き返してスーパーに向かった。





いつも自宅で使っている醤油を購入し、スーパーを出た頃、既に外は暗くなっていた。

来た道を引き返し、通学路に合流すると、見覚えのある後ろ姿を見つけた。

声を掛けないでやり過ごそうと思ったが、帰り道が同じな事と、明らかに後ろから付いてくる俺の事を不審者だと思って警戒し始めたので、警察に通報される前に声を掛けておく。


「どうも、お隣さん」

「......っ!......なんだ......優人か......」


ビクッと体を跳ねさせた後、勢いよくこちらを振り向いた彼女の顔はやはり恐怖を感じていたようで、少し申し訳なくなってしまう。


「ゴメン、もうちょっと早く声かければよかったな」

「どうせ優人のことだから会話せずにやり過ごそうとでも思ったんでしょ?」

「......よくわかったな」

「初日とやってる事変わってない」


小さなため息をついた後、前を向き直り同じ帰り道を辿り始める。

仕事の衣装だろうか、前回より大人びた雰囲気を纏う彼女に、本当に現役の女優なんだな。

なんていうあまりにも薄い感想を抱いてしまう。


「今日は仕事?」

「今日”も”ね」

「売れっ子は大変だなぁ」

「超大変よ」


いちいち俺の表現を修正してくる彼女がなんだかおかしくて思わずクスッと笑ってしまう。


「水瀬さん、明日は学校行くの?」

「一応ね」

「俺あかりと登校してるけど、水瀬さんも来る?」

「私と登校なんて、優人、変なやっかみ食らうかもよ?」

「やっかみを食らわせるほど俺を意識してくれる人が居ないから大丈夫」

「影が薄くて友達が居ないって事ね」

「そこまでは言ってないけどな」

「違うの?」

「違わないけど」


小さい頃から芸能界にいて、他人とコミュニケーションを取る力が優れているのだろうか。

学校で耳にするような俺が苦手な彼女のキラキラしたイメージとは違って、話しやすい彼女に心地よさすら感じる。


「まぁあかりが良いなら一緒に登校したいけどね」

「あかりは拒否なんてしないだろ」

「というか、私は優人って呼んでるのに、なんであんたは水瀬さんな訳?」

「......なんとなく?」

「何それ、凪咲なぎさでいいわよ。 私だけ優人って呼んでると、距離感測れてない勘違い女みたいじゃない」

「そんなこと思う奴いる?」

「いるかもしれないでしょ」


本人の希望通り下の名前で呼ぼうと思ったが、気恥ずかしくて少し口に出すことをためらってしまう。

そんな俺を不審に思ったのか、視界の左下の方から顔を覗き込んでくる。


「どうしたのよ?」

「いや......なんというか、あかり以外の女子を下の名前で呼んだことないから、なんか恥ずかしくて......」

「......はぁ?アンタ、あかり以外に女の子の友達居なかったの?」

「......ハイ」


そう言うと呆れたように大きなため息をついた。


「優人、もしかして恋人も居たことないの?」

「......悪いか?」

「そのビジュアルで恋人居たことないって......どんだけ口下手なのよ」

「......別に欲しいと思ったことないからいいんだよ」


ろくに女性経験もない事が露呈して、すこし頬が熱くなるのを感じたが、凪咲はだんだん面白くなってきたようで、街灯に照らされた顔がだんだんからかう様な笑みになっていた。


「へぇ?高校生モデルの男子とか、女の子とっかえひっかえしてるけど?本当に興味なんてないのかなぁ?」

「......凪咲は居た事あるのかよ、彼氏」


そう返すと、先ほどまで止まる気配の無かったニヤついた笑みがピタッと止まった。


「この話は終わりにしましょうか......」

「何なんだよお前マジで......」


くだらない話をしているうちにマンションに到着し、自然に会話が終わりに向かって途切れる。


「そういえば、なんかテストあるんだってな、芸能科」


閉じたエレベーターが上昇する音だけが響くエレベーター内でなんとなくそんな話を切り出した。


「あるらしいわね」

「らしいって......出るんだろ?それ」

「休んでも一応良いんだけどね。 優人が気にしてるぐらいだから、結構目立ってるんでしょ?その話。 出ないってわけにはいかないかもねぇ......」


「ま、人いないから出られるかもわからないんだけど」エレベーターから降りながら、彼女はそう呟いた。


「じゃ、また明日の朝。 あ!ちゃんとあかりに話通して置いてよね!これで朝になって困った顔されたら恥ずかしいから!」

「わかってるよ。 じゃあな」

「うん、バイバイ」


そう言ってドアの向こうに消えた彼女の顔は、何を考えているのか分からなかった。

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