第8話 有名税
翌日の始業前。
すこし雲がかかった空を眺めながら昨日の出来事を思い返す。
ファンとは少し違う距離感で接してくる母さんに戸惑いはしていたものの、帰り際に「困ったらいつでもウチに来ていいからね!」と言われた時には少し嬉しそうな表情を見せた気がした。
「なぁおい優人、テスト対策できてる?」
何処からともなくやって来た
「あのな、相馬。 俺はこの世界には二種類の人間が居ると思ってる。」
「ほう。 その2種類とは?」
「常日頃から努力をしていてテストに向けて急に何かをする必要がない人間と、何もしていなくて急なテスト対策をしないといけない人間だ。 因みに俺は前者」
「お前そっち側かよ~」
この2週間で急激に仲良くなった山田 相馬がいつも通り話しかけてくる。
落ち込んだように机に倒れこんだ様子を見るに、相馬は後者の人間らしい。
「まぁ筆記試験なだけマシだな。 優人知ってる?今年の芸能科試験」
「何かあるのか?芸能科」
そう聞くと、試験の光景を想像したらしい相馬が苦虫を嚙み潰したような顔になった。
「演技するらしい、イベントホールで」
「人に見られながらって事か?」
「そういう事。 まぁ毎年1年生にこの試験はあって、一般の生徒も見られるっちゃ見られるんだけど、去年は試験官と出演者の友達とか親が見に来て席は1割埋まるかどうかだったらしいんだけどさ~」
「まぁ1年生のこの時期ならあんまり見る人は少ないよな」
「そうなんだけどな、今年はいるじゃん?水瀬さんが。 普通科の友達も、どのクラスの人も見に行くって言ってる」
「へぇ~......人気なんだな、あの人」
水瀬 凪咲は子役の頃から芸能界で活動し、現在も現役高校生女優として年々人気を衰えさせるどころか徐々に増やし、幅広い年齢層に支持されている。
今までそこまで目に入ることは無かったが、同じ学校だと知り、1度意識してしまえば頻繁に目に入ってくる。
テレビCM、ドラマ、バラエティーなどなど。
そんな彼女が校内で何かするとなると、人が集まるのも不思議ではないか。
「俺は別に目立ってもいいけどな、優人嫌だろ?みんなの前に立つの」
「......いやだな」
「よかったな、芸能科じゃなくて」
「何があっても芸能科なんて行ってないけどな......」
担任の教師が教室に入って来た音に反応して相馬は慌てて自分の席に戻る。
いつもとあまり変わらない今日の予定を話す教師の言葉を聞くとはなしに聞いているとぱらぱらと雨が降り始めた......。
午後の昼休み。
朝には小降りだった雨も、本格的に雨脚が強くなっていた。
中庭で昼食をとっている生徒は困るだろうが、相変わらず食堂で昼食をとっている俺たち三人には関係ない。
「どうする?週末また優人の家でゲームする?」
「いいですね!最近弟とやってるので負けませんよ!」
家主の俺が許可を出さずとも勝手に予定が決まってしまっている。
「一応俺テスト近いんだけどな」
「え~?じゃあダメ?」
「......まぁいいけど。 芸能科だって、演技の試験があるって聞いたぞ」
「聞いたって、誰に?」
「友達」
「優人......友達居たんだ......」
あまりにも失礼過ぎる幼馴染に冷たい目を送りながら食事を口に運ぶ。
俺にだって村井さん以外にも友達はいる。
山田ぐらいだが。
「演技って言っても舞台の上でやる軽い劇みたいなものらしいですよ?私は劇ですけど、あかりちゃんは演技じゃなくて歌ですよね?」
「そうだね、私は2年から演技の授業だからなぁ~、いいなぁ~私もみんなの前でなんかしたい!目立ちたいよ!」
ワザとらしく泣く仕草をしながら村井さんの太腿に倒れこむ。
そんなあかりに慣れているのか、村井さんは気にした様子もなくお腹のあたりにあるあかりの頭をゆっくりと撫でている。
食後のあかりは「あ......寝れそう......」と幸せそうな声を出している。
「でも水瀬さんが居るから見に来る人が多い的な話聞いたけどな」
「あ~......多いでしょうね~......でもこの先本格的に芸能界でデビューするなら大人数に見られることも考えられるので、私たちの世代は貴重な経験が出来てラッキーだと思いますよ?私は」
「へぇ......すごいな」
ポジティブ、というより将来を見据えた正確な意見に思わず感心してしまう。
「でも問題はそこじゃないですよ。 水瀬さんとだれがやるかって話ですよ」
あかりを撫でる手は止めずに少し真剣な表情になりながら話す。
「芸能科の中にも幼いころから演技をしてきている人は結構たくさんいます。 子役として活動していた人も居ます。 でも子役の頃からずっと人気で今もテレビに出まくっている人とはかなりの差があるんですよ」
「まぁ、学校よりテレビで見る回数の方が多いぐらいだからな」
芸能科の人は高2や高3で芸能界に進出し、それなりの量の仕事をすることも珍しくはない。
仕事の都合上で学校に来られない人でも卒業できるように芸能科ではいろいろな措置が取られている。
水瀬さんもその措置を利用しているので、学校にはなかなか来ていない。 いや、これていないらしい。
「その演技力の差が、見ている人、特に芸能界の関係者っていう試験官の目にどういう風に映るかって話ですよね。」
「どんな人でも劣って見えて印象が悪くなるって話か」
「はい。 しかもそこで仕事を振られる場合も過去にはあったらしいですからね。 尚更悪いように目立ちたくないですよ」
「なるほどなぁ......」
「多分、組んでくれる人探すの苦労しますよ、水瀬さん。 私も、もしも組むなら結構怖いですし」
昼食を終えた人が教室に戻っていき、だんだんと人が減って来た食堂内をなんとなく眺めながら、プライドが高い彼女の困った顔が少し頭に浮かんできた。
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