第7話 蚊帳の外
「で?なんでわざわざ知ってるの隠してたわけ?」
「いやぁ......別に隠してたっていうか、言う必要もないかなっていうか......」
先程の礼儀正しい態度は何処へやら、何故か家に上がり込んできた上に、人のベッドの上に遠慮もなく座っている。
因みにあかりさえ部屋にいてくれたらこの状況は引き起こされなかったのだが、その当の本人はダラダラとソファで漫画を読んでいる。
「別に同じ学校の、進学科なんて猫をかぶる必要なんてなかったじゃない。 あーあ、体力の無駄使いだった。」
「はぁ......」
猫をかぶる基準が分からないものの、適当に相槌を打っておく。
「納得いってない顔してるわね、芸能科とかの将来使えそうな駒にしか猫はかぶらないって意味よ。 省エネね、省エネ」
肩の上で綺麗にそろえられた目を引くきめ細やかな茶髪の先を退屈そうにいじっている。
「いちおうコイツ芸能科なんですけど?」
相変わらずマイペースな幼馴染を指さしながら、先ほど主張した意見に対し反論しておく。
「その子はもういいのよ、見ればわかるでしょ?何をしても無駄なのよ。 愛想良くしても、逆に冷たくしても。 最初の内はそりゃ仲良くしようとしたけど、2週間ずっとストーカーみたいについてきて、冷たくしても効果ナシ。 諦めたわ。」
「なんか......ドンマイ」
自分以外にあかりの被害に遭っている人を見て同情の気持ちが出てしまう。
「っていうかその子よその子!」
先程まで毛先をいじっていた指であかりの方を指し、怒ったような口調になる。
「なんでその子が居るの!? 表札も蒼井だったし、何?彼氏?
「違う......ただの幼馴染だよ、コイツは」
目の前でされる嫌な勘違いに声を低めつつ、冷静に否定しておく。
「幼馴染って......普通男の子の部屋に来る?高校生で?親もいないのに?」
「俺も帰ってほしい側の意見だ」
「じゃあ追い返せばいいじゃない」
「無理なんだ。 しかも同じ階に住んでるから頻繁に来るし......。 そういう奴だって分かってるんでしょ?水瀬さんも」
「まぁ......無理、ね......」
この2週間で味わったあかりの凄みを理解しているのであろう水瀬さんは特に多くを説明しなくても理解してくれたようだ。
少し流れた静寂の時間に気まずさを覚えるが、助け船になりそうな幼馴染は口を開くことなく漫画をよみ、開いたと思えば口の端から漏れる漫画に対しての笑いのみだった。
慣れているあかりならともかく、今日初めて話した水瀬さんが自室にいるのは落ち着かないし気が休まらない。
そろそろ帰ってもらいたい旨を切り出そうとした時、静寂の空間に水瀬さんの乾いた溜息が流れた。
「ついてないわ~......せっかくの一人暮らしなのに、同じマンション、同じ階に同じ高校の同学年が2人いるなんて......」
「え?そうかなぁ?めっちゃラッキーじゃん、楽しそうで」
いつの間にか漫画を読み終えていたらしいあかりがソファから身を乗り出し、会話に入ってくる。
「私は静かなのが好きなの。 そっちの男は良いとして、堀田さんがいると賑やかになっちゃうでしょ?」
「あ~......確かにそうかも、ごめんね?うるさくて」
「いや、別にうるさいなんて......」
珍しい謝罪の言葉と共に、いつも明るい表情に暗い影を落としたあかりに、自分が言った少し嫌味な言葉に申し訳なさを感じたのか、水瀬さんはすこし焦ったように先程の言葉を否定する。
「でも私、すっごく嬉しいよ?水瀬さんがこのマンションの、同じ階に来てくれて」
先程までの暗めの表情は何処へやら、パッと切り替わった明るい表情とまっすぐな言葉は水瀬さんにとっても暖かかったのだろう。
「だから何か困ったことがあったらいつでも頼ってね?」
「......わかったわよ」
ツンとした言葉遣いではあるが、見るからに表情からトゲが抜けている。
俺の幼馴染に何故友達が多いのか。
相手に心を開かせる前に、まず自分から心を開くのだ。
まぁ、本人は考えたりせずに素でやってるいるのだろうが......。
その表裏のない性格もまた好感の持てる理由の一つなのだろう。
急激に距離が詰まり、隣が空いたソファに水瀬さんを座らせ楽しそうに会話する2人を家主の俺が蚊帳の外で眺めていると、鳴らされたオートロックのチャイムの音。
モニターを見てみると今度こそ母さんが帰ってきたようだ。
オートロックの前まで迎えに行き、母さんの両手から袋を奪いながらエレベーターの中に向かう。
「あ、そういえばお隣さんが家に来てる。 一葉の芸能科1年で、あかりと仲良くなった」
「へぇ~。女の子?」
「あぁ」
「楽しみ~!きっとかわいい子ね」
まぁ、可愛くはあるが......
あかりの様に心を許していない人にはいまだに高圧的な態度を取るかもしれない。
そんな事を考えながら、ルンルン気分で廊下を渡る母さんを見ていた。
「あれ?水瀬ちゃんじゃない!ドラマとかによく出てる」
「あ、どうも......隣に越してきました水瀬です。 息子さんとは同じ学校で...すみませんいきなりお邪魔してて」
「全然いいのよ~。 それよりちょっと握手してもらってもいい?ファンなのよ~」
母さんの勢いに押され、呆気にとられながら握手をした後、母さんは「ご飯作るわね~2人とも食べて行っていいからね~」といって部屋を出て行った。
「母さんには猫かぶってんだな」
「年上だし、お隣さんで家主だし。 あんたとは違うの」
「なるほど、適切な判断だ。 あ、ご飯食べてくの嫌なら俺から母さんに言っておくぞ?水瀬さんからは言いづらいだろうし」
「ううん、今晩の食事は決まってなかったし、いただけるのならありがたいわ。 それと優人......だっけ?呼び捨てでいい? あんたとか親御さんの前で印象悪いだろうし」
「別に気にしないだろ......いいけど。それで」
「りょーかい」
そう言うと、水瀬さんの隣で話を聞いていたあかりが割り込んできた。
「え!じゃあ私の事もあかりって呼んで!優人だけずるいし!」
何か言いたいことがあったのだろうか、数秒悩むような時間を置いた後、恥ずかしそう顔をしながらボソッと呟いた。
「......あかり///」
「うん!
またもや俺は蚊帳の外だった......。
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