第6話 隣人

一葉高校に入学して2週間ほど経ち、新しい制服に身を包まれる感覚にも慣れてきた朝、俺は相変わらず消えない朝の眠気と戦いながら朝食をとっていた。


「あ、そうそう。 お隣さん、もう海外に引っ越すらしいわよ」

「へぇ~......まぁあまり帰ってきてなかったもんね」


何年も前からいるお隣さんは1人暮らしだが、仕事の都合上海外に行ったりが多いらしく、家を空けている事が多かった。

帰って来た時は同じ階のちびっこである俺とあかりに日本では珍しいお菓子やおもちゃを買ってきてくれたりしてかなり懐いていたのだが......。

少し寂しさを感じつつ、抱えておくのも大変か、と小学校の時ではしなかったであろう納得の仕方をする。

小さかった頃なら泣いていたかもな。


「じゃあどうなるの?しばらく空き家?」

「ううん、親戚の子が1人暮らししたいからって譲るらしいわ。 だからもう今週中にはその子が来るんじゃないかしら?」

「へぇ~......仲良くなれるといいね」

「そうねぇ」

「ごちそうさま」


そのまま準備を済ませ、エレベーターの前であかりと出会い、登校する。

前より意識するようになった視線に気を付けながらいつもの様な一日を終えた。


あかりには放課後予定があるらしいので1人で下校する。

何回も通っている道だと、なんとなく家に着くのが早い気がする。

通学路だとそれが顕著だ。

俺の脳が通学路の景色に慣れ、必要な情報以外を処理していないため早く感じる......らしい。

そんな雑学にも満たない情報を脳内思い返しているうちにも家に着く。


いつも通りのマンション内、そこでいつもとは違う景色を見た。

今朝母さんが話していたお隣さんの件、表札が変わっていた。


水瀬みなせ......?」


どこかで見たことがある字に、スッとでてきた言葉。

入学式で挨拶していた水瀬さん。

しかし疑問は残る。


「普通高校生で1人暮らしなんてするか......?」


物語の登場人物でもない限りなかなか高校生で1人暮らしなんてしないだろう。

そもそも高校生が1人暮らしで得られるメリットなど1人の時間が増えるだけだ。

掃除洗濯料理まで1人でしなければいけない生活を、高校生がするだろうか?

......うん。

あまり見ない苗字だが、無関係だろう。

1人暮らしに興味があると言っていたし、おそらく大学生ぐらいの人が越してくるのだろう。

せっかく安らげる家なのに、隣人が芸能科で、しかも現役高校生女優だなんて日常は求めていない。 濃すぎる。


そう結論付けた俺はいつもの様にドアを引いた。






「おじゃましま~す」


土曜の昼下がり。

母さんも買い物でいないという絶好の趣味時間であかりが置いていった人をダメにするタイプのソファで読書をするという最高に静かな休日を過ごしているというのに、玄関から静かな休日とは程遠い人物の声が聞こえてきた。


何故か鍵を閉めたはずのドアが開いているし、そもそもアポなんて無いし。

何とか隠れればあきらめて帰るだろうか。

そんな事を考えているうちに自室のドアが開き、部屋の中を満たしていた快適な空気が逃げていく。


「あれ~?優人いるじゃん、何で返事してくれなかったの?」

「......まず質問がある。 なんで入ってこれた?鍵はかけていたはずだ」

「さっき外で出会って、後で行きますって言ったら鍵くれた」


そういって見せてきた手元には確かに母さんのバカでかいクマのストラップが付いたカギが握られていた。


「悪いが俺は読書をしているんだ。 邪魔するなら帰ってくれ。」

「しないしない、静かにゲームするよ」


そう言うと鍵をベットに放り投げ、コントローラーを手に取る。

居座る気満々な幼馴染に何を言っても無駄だと理解した俺は、諦めてリビングに移動しようとする。


「あーいいよ、ちょっと足開いて?」

「......こうか?」


心地よく伸ばしていた足を言われたとおりに開くと、その間にあかりが入ってきて俺の体を背もたれ代わりに使い始める。


「......なんだこれ」

「ん?ゲーム体勢」

「......別に俺退くぞ?」

「いやいや、ガチでゲームしたい時はちょっと前のめりになりたいんだよ。 その点このソファは沈み込むからさ。 ちょうどいいんだよこれが」


そういって困った表情をして訴えかけている俺の方を一瞥もせずにオンライン対戦のマッチングを始めている。


「俺が読書やりにくいんだが?」

「頭使っていいよ~、ちょうどいいとこにあるでしょ」


体勢的に低い位置のあかりの頭は確かにいい感じの位置にある。


「よかったね~、現役女子高生の頭を本置きに使えるなんて贅沢だよ?」

「そんな変態の贅沢を俺の贅沢とイコールにしないでくれ......」


諦めて本を床に置き、暇つぶしのつもりであかりのプレイ画面を見るとはなしに見ていると、どれぐらいたっただろうか、しばらくした後チャイムが鳴った。


「おい、あかり、どいてくれ。 母さんが返って来たかも」

「え~っ、ちょっとまって!あと2分.......いや1分!」

「そんなに待てるか!」


そういって無理やり立ち上がると「ぎゃー!」という声と共にあかりの姿勢が一気に崩れる。


自室を出ると、先ほどのチャイムはオートロックのチャイムではなく玄関のチャイムだったことに気が付く。


玄関に赴き、ドアを開ける。


「あ、叔父の代わりに住むことになりました。 水瀬と申します。」


......嫌な予感は当たっていた。

入学式で前に立って挨拶していた 水瀬 凪咲なぎさ

広いイベントホールで見た時とは違う近距離で話す彼女は、やはり現役女優と言ったところだろうか、高校1年生というには少し大人びているように見えた。


「ご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが.......」


幸いなことに彼女は芸能科のトップ、俺は進学科でもクラスカーストの下の方にいる自覚はある。

彼女は記憶に俺の顔は無いらしい。

このままやり過ごし、少しでも平穏な休日を守ろう。

面倒なことはこの先の平日の俺に任せよう。


「あ、こちらこそよろしくお願いします」


当たり障りのない返しで、話を切り上げようとする。


「も~......優人のせいでレート溶かしたじゃ~ん......っておよ?凪咲ちゃんじゃん!」「......堀田ほったさん?何でここに......」


ドアの横にある表札とあかりの顔を見比べながら驚いた表情を浮かべる。


「ん~?ここ優人の家だよ、ほらこの優人、1年の進学科」

「ってことは私を知ってるって事...?」


最初から最後まで余計なことをしてくれる幼馴染を恨みながら、消えるような声で答えるしかなかった。


「アッハイ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る