第5話 奇人か天才か
「なぁ~んだ、あかりちゃんの友達なのね」
何故か少しがっかりした様子の母さん、借りてきた猫状態の村井さん、マイペースにソファーでくつろぐあかりという温度差で風邪を引きそうな状況だった。
「でもよかったわ、あかりちゃんの紹介とはいえ優人にも友達が出来て。
ちょっと心配だったのよね~。 優人ってテンション低いところあるし」
要望を聞き村井さんと俺にお茶を出し、特に何も聞かずにあかりにはオレンジジュースを出している。
しかもそれにあかりも「ありがと~優人ママ~」とゴロゴロしながらお礼を言っている。
......コイツ自分の家よりくつろいでんじゃないのか?
心の中でそんな疑いを持っていると、隣に座って肩身狭そうに背中を丸めていた村井さんが制服の袖を引っ張ってくる。
「あの、私たちって友達なんですか?」
「......わからん」
どこからが友達なのか。
それはコミュニケーション能力の高くないものにとって永遠のテーマなのだ。
このテーマの本質は「俺に友達認定されるの嫌じゃないかな」である。
どこからが友達でどこからが朝なのか。
曖昧なものはいつも人を惑わせる。
「まず友達ってどこからが友達なんだ?」
「......学校でよく話したりする人が友達?」
「じゃあ俺達は友達か?」
「......じゃない?」
「そうか。 母さん、実は俺達は正式には友達じゃないんだ。だから今日の俺の成果は友達0人ということになる」
「あら.......そうなのね......まぁ大丈夫よ!明日もあるし!きっと......」
「友達です!友達!ねっ!」
少し悲しそうな顔を見せた母さんに悪い気がしたのだろう。
身振り手振りを加えながら友達でないことを否定する。
「友達だったのか、俺達」
「言わせたでしょ......今の」
「正直友達が欲しかった」
「ならそう言えばいいのに......卑怯な人ですね」
そういってクスッと笑う彼女は、相変わらず猫のようだった。
「お~、やっぱりいつみても変わらんね~」
ある程度の雑談を済ませた後、あかりの提案で俺の部屋に来ることになる。
定期的に訪れていたあかりは、自分が持ち込んだ人をダメにするタイプのソファに迷いなく寝転ぶ。
「ほら、日向ちゃんもおいで!これ私のだから」
「なんで蒼井君の部屋にあかりちゃんの私物があるんですか......」
そう言いながらも興味津々そうな顔をしながらあかりの横に寝転ぶ。
かなり大きめのサイズのそれは、2人が寝転んでも十分快適そうだ。
「まぁ暇な時とか結構来るからね~、あ、そこの漫画もゲームも私のだよ」
小説や参考書とはまた別にもう1組ある本棚のほとんどを埋め尽くすあかりの漫画。
そして去年買った映画鑑賞用のテレビには、買ったその日にはゲーム機があかりによって接続されていた。
「仲良いんですね......もうちょっと男の子の部屋なんて意識しそうですけど......」
「あ~、日向ちゃん入る前なんか緊張してたもんね~」
あはは~と笑いながら自分が搬入してきた漫画を選び、手に取る。
「笑わないでくださいよ!そりゃ弟以外の男の子の部屋なんて入るの初めてですもん......」
「でも私にとって優人なんて弟みたいなもんだから、あんま変わんないかもね~」
「なんでだよ、お前より俺の方が誕生日先だろ」
「あ~はいはい、細かいなぁ~......”おにいちゃん”はい、これでいいでしょ?」
「別にお兄ちゃん呼びを求めてたわけじゃないから、事実だから」
「2人っていつもそんなやり取りしてるんですか......?」
今日何度目か分からない似たようなやり取りに、困惑半分呆れ半分で村井さんが聞いてくる。
「優人が突っかかってくるんだよね~」
「ハァ...こいつの言動聞いていれば今日一日だけでもわかるだろ。変なんだよ、こいつ」
「確かに、あかりちゃんは変ですもんね。 この場は蒼井君が正しそうです。」
「え~?日向ちゃん、優人の味方するの~?」
「だって、出会ってすぐの第一声が「かわいい!今日ウチに遊びに来ない!?」って、普通じゃないですよ。 変です。変。」
流石は女優志望、あかりが言った場面が容易に想像できてしまうほど声のトーンや身振り手振りの動作が似ていて、思わず吹き出してしまう。
「あかりはどこでもかわんねーな」
「え~?そんなに変かなぁ?」
「変だろ」
「変ですね」
そんな2人の声に、ガーンという声が聞こえそうな表情を見せる。
「でも、俺はそこがあかりのいいところだと思うけどな」
「ゆうとぉ......!!」
落ち込んだ時に、そんな変な能天気さに救われたりすることもある。
他人と違うところは個性であり、長所なのだ。
「やっぱいいお兄ちゃんだなぁ優人は!お礼にいまから日向ちゃんとやるゲームに入れてあげる!コントローラー取ってゲームの電源入れて!あ、ソフトはレースのやつね!」
「俺が準備するのかよ.......村井さんやった事ある?」
「あ、弟がやってるの見たことあります」
「じゃあプレイは初めてか.......ハンドルの方がやりやすいかな?」
ゲーム機が家に来た時、スティック操作に慣れなかった俺が自分で購入したハンドルタイプのコントローラーも準備し、ゲームを起動する。
「はい~!また私が1位~!」
「お前なぁ......村井さんは初心者なんだからもっと手加減かなんかしろよ......」
「しょうがないなぁ~じゃあ私と日向ちゃんがチームで優人をぼこぼこにしよう!」
「それ俺が可哀そうな奴じゃないのか......?」
まぁ村井さんが楽しめるのならそれでいいか......と思いつつチームを分ける。
「あ、優人。 明日って学食で食べるの?」
「あぁ。 一応その予定だが?」
数千人規模の生徒を抱える一葉高校は学年ごとに分けられた食堂があり、種類も豊富で、味よし、価格よしと生徒に人気の要素が詰まっている。
「日向ちゃんはお弁当らしいんだけど一緒に学食で食べるからさ、優人も来る?」
「俺が?いいのか?」
「だって優人どうせ一人で悲しそうに食べるんでしょ?そんなのもしご飯食べてるときに視界に入ってきたら食べずらいって」
「別に悲しそうには食べねーよ......村井さんはそれでもいいの?」
「あ、私も全然構いません。 3人の方が楽しいと思いますし」
村井さんは初心者特有のハンドルを傾けるのと連動し、体も傾けてしまう現象を起こしながら答える。
いつかソファから転げ落ちそうで心配になるほど没頭し、楽しんでいるようだ。
「まぁそういうことならご一緒させて貰おうかな......?」
「じゃあどうしようか、学食で集合する?」
「いや、それだと合流が面倒だろ。 俺が2人の教室に迎えに行くよ」
「そっか、教室分かる?2階の一番奥の教室ね?」
「りょーかい」
「ふぁ~......」
時は飛んで翌日の1限前。
変わらず暖かい春の陽気が窓から差し込み、登校時に冷めかけていた眠気を見事にもう一度呼び戻してくれる。
「お前、何フェチ?」
少しづつ話し声が増えてきた教室を眺めながら、今日こそは誰かと話せるかな、と心の中の期待が少し高まる。
「お~い?何フェチ?」
出来た友達と話している人も居れば、入試を終えたばかりだというのに高1でやる範囲ではない参考書を開けている人たちもいる。
(意識たけぇなぁ......)
「お~い?聞こえてる?」
登校2日目にして分かったことがある。
進学科はある程度偏差値の高い、勉強が出来る子しかいない。
勉強ができる奴のほとんどは努力している奴。
教室の3割は今も参考書を開く所謂ガリ勉と呼ばれる部類。
6割は自主学習は家でやってメリハリをつけるタイプ。 俺もこれだ。
残り1割、いや1分、いや1厘は別のタイプがいる。
天才、奇人だ。
「お~い、
「......俺達初対面だよね?」
「昨日目があったから2対面だな」
「そのカウント方法あってんの?」
俺の前の席は
コイツには見覚えがある。
30人しかいない進学科の、最後尾30番。
入学初日から遅刻ギリギリ、一番最後に入室してきた彼の事はなんとなく覚えていた。
「で、何て?」
「いや、だから優人は何フェチ?」
「距離の詰めかた凄くない?」
「あ、相馬でいいよ」
「......相馬さ、普通どこの中学校出身?とか聞くものじゃないの?初めて話す高校の友達って」
「え?そんなの聞いて何になるんだよ?これからの会話に使えること聞かないと」
「フェチはこれからに使えるのか......?」
今までの人生、いやこれからの人生で幼馴染のあかり以上に変というかマイペースなやつと出会う事なんてないと思っていた。
こいつは次元が違う。
コイツのペースから逃れられない、逃さないという圧がある。
奇人中の奇人だ。
「で、何フェチなんだよ?」
「......はぁ......じゃあ相馬は何フェチなんだ?俺だけ言うのも変だろ」
「それもそっか、俺はな、胸だな」
奇人も性的趣向は一般人と同じ、いや、一般人より一般人ではないか?
「で、優人は?」
「まて、何でそこまで俺のフェチが気になるんだよ?」
「え?なんかすっげ~イケメンいるなと思って、イケメンがそういう話するのって面白くない?」
「どこまでも変なヤツ......
「へぇ~そうなんだ」
あっさりとし過ぎた反応に、思わず羞恥が込み上げてくる。
もっとしっかりとした反応をしてくれ!
もっとリアクションを取ってくれ!
コイツほどではないにしろマイペースな幼馴染を持っている俺としては何を言っても無駄なことは既に理解している。 無視できなかった俺の負けだ。
「朝から人の席で下世話な話をするのは止めてくれない?」
離席中だった相田さんが戻ってきて、昨日聞いた透き通った声がどこか凍ったものに聞こえ、冷や汗と共に一気に体温が下がった。
どこから聞いてたんだ......?
そういった類の話が苦手そうな彼女に嫌悪感を向けられ続ける3年間を想像し、少し憂鬱な気分になる。
「あ、
「......そう、別にそれは構わないけど」
特に気にせずあっけらかんとした様子で椅子から退いた相馬の様子に相田さんもこれ以上特に話す必要性も無いと思ったのか、少し漏れ出ていた不機嫌を引っ込めて席に座る。
「じゃあ優人、またな」
「あ、あぁ、また」
奇人は人の懐に入り込むのが上手いのだろうか。
さりげなくする名前呼びと、昨日一日でクラスメイトの名前を覚えたのではないかと思うほどの自然と出てきていた名前はどこか人が憧れるような天才風を吹かせていた。
4限の授業が終わり、俺は足早に教室を出てすぐ隣にある階段を上る。
食堂や中庭に向かう生徒たちを避けながらあかりのクラスに向かう。
登ってすぐ左、俺クラスの丁度真上。
既に空いていたドアから中を覗き込み、教壇の真ん前で会話している2人を見つける。
やはり進学科とは違うキラキラした雰囲気を肌で感じ取りながら、出来るだけ変に目立たない様2人に近づく。
「おっ、やっと来たか優人~」
「そっちは早めに終わってたの?」
「うん、実習棟だったんだけど、4限の時は早めに教室に返してくれるみたい。 学食が混むからって」
「へぇ~お疲れ様」
「蒼井君も、お疲れ様です」
「どうも、昨日ぶり」
「どうもです」
「じゃあ行こっか」
既に準備が出来ていた2人は教室を出て学食に向かって歩き始める。
その斜め後ろを離れないように歩く。
「日向ちゃん、お弁当自分で作ってるんだって」
「へぇ~、すごいな」
村井さんが持っている猫柄のランチバッグを見ながら称賛の声を漏らす。
「いや、全然ですよ弟の分を作るついでに作ってるだけですから」
「弟さんの分まで作ってるんだ」
「はい、お母さんが夜勤で忙しそうなので、弟が中学に入学してから作り始めました」
「う~ん、日向ちゃんは将来いいお嫁さんになりそうだ。 優人?今の内がチャンスじゃない?」
「あ、イケメンは浮気しそうなのでちょっと......」
「別に嫁探ししてないから。 あと勝手に振るのやめてくれない?」
そんな会話をしながら歩いていると、程なくして学食に到着する。
席はかなり埋まっていたが、券売機や受取口の周りはそこまで混雑していなかった。
学生証についてあるQRコードを券売機に読み取らせ注文するだけというお手軽さが混雑の軽減につながっているのだろう。
お弁当の村井さんが「私、先に席取っておきますね!」というありがたい提案をしてくれたので、俺とあかりは2人で受取口に並ぶ。
「いやーそれにしても優人といると目立つね~」
「まぁ、カップルと勘違いされやすいからな、俺ら」
「それもそうなんだけどね、相変わらず自分への視線に疎いなぁ......」
そう言って口の周りを手で覆って耳打ちする仕草を見せたので、俺は少し周りの目を気にしながら耳を寄せる。
「優人、芸能科でも結構有名になってるよ? 登校時に見かけたイケメンが何故か芸能科とかじゃなく進学科にいるって」
「......別人じゃないのか?」
「違うよ、他クラスの子に私と一緒にいた男の子名前なんて言うのかとか聞かれたし、進学科の友達も「蒼井って人が~」ってメッセージ送って来たし」
コイツ、俺にすらできなかった俺のクラスの友達をもう作ってるのかよ.......他クラスで学科も違うだろ......。
「俺、結構暗い感じ出してるし、そんな目立つか?」
「目立つよ。 中学まで幼い感じあったけど、最近はやっぱ似てきてるんじゃない?」
「”
「......お前はどう思う?」
「......結構」
「ホントは?」
「大分」
母さんが似てきていると言ったのは親目線の気のせいではなかったようだ。
あかりはある程度の事情を知っている。
母さんが口を滑らせたのが始まりだったのだが、中学生の頃と言うのもあって理解し、秘密として守ってくれている。
普段は気を遣ってなのかあまり冗談でも言わないその言葉は、俺の妄想に現実味を持たせた。
”もしかしたら
顔が似ているだけというだけでそんな思考になる人は少ないだろう。
しかしもし疑問を持たれたら?
そう考えると、少し恐ろしくなった。
「まぁ、多分今は私の彼氏ぐらいにしか思われてないと思うけど? 1人でいると多分めっちゃ目立つよ、優人」
「......わかった。 一応肝に銘じておく。」
「......うん、ならよし!」
そういうといつも通りの能天気な表情に戻る。
悪目立ちはしないようにしないとな......。
どんどん進んで行く行列を眺めながら、心の奥でそう思った。
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