第3話 類は友を呼ぶ

やはり数千人規模の学校と言ったところだろうか。

広すぎる敷地内を歩き、お目当ての教室にたどり着いた時には軽い散歩を終えたような気分になっていた。


敷地内の北側にある1年生用の棟は授業で使われる実習棟と、座学用の教室が集まる学習棟に分けられている。

実習棟を主に使うのは芸能科や音楽科等の生徒たちで、本格的なレコーディングルームからダンスレッスン用の教室まで、ありとあらゆる用途の部屋が集まっている。


専門性が高い分、普通科や進学科の生徒が使用することは少ないのだが。

普通科、進学科の生徒が入る学習棟の1階。その一番奥。

1クラスしかない進学科、1年1組。


教室のドアに貼り付けてある座席表に目を通し、自分の名前を見つける。

窓側から1列目、前から二番目。

蒼井あおいという苗字を持つ俺は、出席番号1番を渡したことは無いのだが、どうやら俺の最強伝説はあっけなく終わりを迎えたらしい。

高校のレベルの高さを実感しつつ、まだ空席の多い新品の机たちを眺めながら席に向かう。


窓から見える広い庭と、その中心にある噴水の水音に耳を傾けながら、最初のホームルームが始まるまで目を瞑った。




眠りに落ちる直前の無意識の狭間で揺られること数十分。

始業時間5分前のチャイムによって無理やり呼び戻された意識の中、軽く教室を見渡す。


既に席は埋まっているが、皆初対面なのか教室内に会話はない。

聞こえてくるのは隣の席の人と交わす距離感を探るような軽い世間話だけだ。


俺の正面に座る出席番号1番、相田あいださんはそんな少し緊張した教室の空気をまったく気にしていない様子で、窓から吹き込む春風で自身の長い黒髪を揺らしながら焦げ茶色のブックカバーに包まれた文庫本に没頭していた。


そんな彼女を見るとはなしに見ていると正面の扉が開き、綺麗なスーツに包まれた若い女性教師が入って来た。


担任としての軽い自己紹介を聞かされた後、俺達は入学式が行われるイベントホールへと案内される。

軽く2000人は入りそうなそのホールは、音楽科の生徒がピアノを演奏したり、今の様に行事に使われたりするそうだ。


担任教師の指示に従い、座り心地のよい座席に着席し、開式を待つ。

あまり見慣れない規模の建物に感心していると壇上に校長らしき初老の男性と、2人の女子生徒が上がった。


片方の女子生徒には見覚えがあった。

校長が軽い挨拶をすると、新入生代表として見覚えのある女子生徒、相田さんが紹介される。

下の名前はゆめと言うらしく、相田さんがマイクを通して伝える落ち着いた声色は彼女の聡明さを際立たせていた。


相田さんの次に紹介されたのは芸能科新入生の水瀬みなせ 凪咲なぎささん。

子役の頃から活動し、現役高校生女優として活動しているらしい。

数年前に子役として父と共演していたことがあったので名前は知っていたが、相田さんから水瀬さんにマイクが渡された時の歓声から察するに、かなり人気の女優のようだ。


思わず零れた「すごいな......」という小さな呟きは、ハキハキと話す水瀬さんの声に埋もれていった。





式の最中座りっぱなしで固くなった体をほぐしながら、1年1組の教室を後にする。

先程確認したスマホのメッセージアプリには、あかりから{噴水前で待ち合わせ!}という1文が届いてた。


芸能科がある3階からも庭の噴水は目についたのだろう。

昇降口からグルっと周り、噴水が目に入る距離に入った時、今朝も見た幼馴染の顔と、それと仲良さそうに話す女子生徒の姿が目に入った。


友達が、自分は知らない他の友達と話している時にどうすればいいか?


答えは待機である。

噴水に向けていた足を止め、その友達と解散してから合流しようという旨のメッセージを送ろうとした時、あろうことか馬鹿な幼馴染が大声で「ゆうと~!!」と叫び始めた。


俺に降り注ぐ視線を前に、ダッシュで逃げる訳にもいかず、渋々2人の傍に近寄る。


「優人!遅い!」

「仕方ないだろ.......1組のホールからの退出は最後だったんだから.......」


妥当な理由を挙げたのにもかかわらず「もう!」と不満げな声を漏らした幼馴染は、すぐにコロッと表情を切り替えて隣の女子に「あ、言ってた幼馴染の優人ね!」と俺の事を紹介している。


軽く会釈をした俺の方に向き直り「で!こっちが今日友達になった村井むらい 日向ひなたちゃん!同じ芸能科で女優志望なんだって!」と早速できた友達を紹介される。


「えっと......村井さん?よろしくね。一応コイツの幼馴染です」

「日向ちゃん仲良くしてあげてね?多分友達出来なくて悲しんでると思うから」

「......明日から作るんだよ」

「やっぱりできてないんだ?」


上目遣いで馬鹿にしてくる幼馴染の相手をしていると、村井さんの呟きが耳に入る。


「.......あかりちゃん、話が違うじゃないですか」

「ん~?何が?」

「イケメンじゃないですか!」


わなわなと震え、握りこぶしを作る彼女は何を言い出すかと思えば特殊な怒り方をしてきた。


「え?そうだけど......なんかあった?」

「普通幼馴染に言われるほど暗い性格でウチの進学科に入れるぐらいのガリ勉ならもっと暗ーい地味な人だと思うでしょ!もっとこう......眼鏡かけてるとか!」


一生懸命に力説し、自分の不満を訴える彼女を見て、類は友を呼ぶという言葉は間違っていなかったのだとなんとなく思った。

変なヤツの傍に、変な奴が寄ってきた。


「私、イケメン苦手なんですよ。 あの人生ちょろいって思ってそうな顔が苦手で苦手で......優人さん!あなたもそうです!」

「全然そんなこと思ってないけど......」

「嘘です!そんな顔して、しかも頭もいいなんて女はべらせ放題なんでしょ!最低です!」

「はぁ...」

「分かってないですね!?見てください!この私の顔!怒ってるでしょ!?」


そう言われて顔を見てみるも、あかりに劣らず可愛い方面に整った顔立ちと、同年代、いや中学1年生にすら負けそうな小さな背丈では眉間に寄ったしわもただの小型犬がするような威嚇にしか見えない。


「わわ!そんなに近寄らないでください!近距離のイケメンは毒です!」


言ってることが二転三転する彼女に思わずため息が出る。


「あかり、いい友達を見つけてきたな」


皮肉の意味を込めてそう言うと、同じく変な幼馴染は「でしょ!」と心底嬉しそうな顔をする。


なるほど。 変な奴には皮肉も誉め言葉に聞こえるらしい。


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