第2話 アイドル志望の幼馴染
高校入学初日、春休み期間中では絶対にならなかった時間のアラームに無理やり起こされる。
「起きるか......」
冬用の少し重めの布団をどけ、真横にあるカーテンを開ける。
「まぶし......」
まるで新しい生活を迎える学生を祝福するかのようにお天道様がキラキラと輝いてる。
この太陽を見た校長たちは、自らの胸ポケットに忍ばせる原稿に「温かい春の陽光に見守られ」という前文を追加する事だろう。
「おはよう。母さん」
「おはよう
ご機嫌そうにキッチンに立つ母さんを横目に見ながら、食卓の椅子を引くと、朝の情報番組が今朝のトレンドを紹介している。
「
目前に置かれたトーストを味わうでもなく、事務的に口に放り込みながらテレビを眺める。
「また公開日に見に行かないとね~」
嬉しそうに対面にすわった母さんの表情を見て、今朝の上機嫌な理由に納得する。
母さんは自称、北城裕也の世界一のファンなのだ。
「優人も見に行くでしょ?お父さんの映画」
「どうせ母さんが無理やり連れていくでしょ?」
母さんに夫はいない。 だけど、北城裕也は血のつながった俺の父だ。
朝の用意を終えた後、新入生特有の少しオーバーサイズな制服に袖を通す。
「.......うん!やっぱりお父さんの血を引いてるからなんでも着こなすわね~!」
「母さん、それ何か着る度に言うのやめて」
こういうのを親バカというのだろうか、と思いつつ、新品のスクールバッグを持ち上げる。
「じゃ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
その声を背中に受け、まだ少し感じる睡魔を太陽の光で追い出しながらエレベーターに向かう。
外に出掛ける時には当たり前にしていた行為も、高校生活初日という前書きがあれば何か特別に感じてしまうのは、心の底ではワクワクしているという証拠なのだろうか。
「お~はよっ!」
そんな思考をぶった切るように、俺と同じ新品のスクールバッグが背中にたたきつけられる。
「......朝から元気だな、お前は」
「こら!優人!おはようって言ったらおはようでしょ?」
「......おはよう、あかり」
「うん!よろしい」
俺と同じ階に住む
物心つく前から一緒にいて、所謂幼馴染という関係。
小さい時から今も変わらず元気の塊みたいな奴だ。
「お前を見てると俺の元気まで吸い取られそうだ......」
「あはは!優人の元気なんて吸ったら私まで元気がなくなるよ!」
「俺の元気は毒かなんかなの?」
小さい時から変わらない距離感で、あかりのペースに乱されながらも到着したエレベーターに乗り込む。
「それはそうと、元気がないのは優人に体力が無いからじゃない!鍛えないと、ホラ!」
そう言って差し出してきたあかりのスクールバッグを俺は何も言わずに受け取る。
抵抗など無駄なことは何年も前に理解している。
「はぁ~心配だなあ、友達出来るかな?」
「お前に友達が出来なかったら誰にもできないぞ」
「え~?でもやっぱり不安じゃん?あ~あ、優人と同じクラスにならないかなぁ~」
「学科が違うんだからそりゃ無理だ」
1階に到着したエレベーターの開ボタンを押しながらそう言うと、あかりは「わかってるけどさぁ~」と言いながら外に降りた。
俺達が通う私立
「というかさ~、なんで優人は芸能科にしなかったの?性格は暗いけど、その顔なら絶対入れたよ?」
「クールと言ってくれ。というか前も言っただろ?目立ちたくないし、医者になりたいしって」
「勿体ないと思うけどなぁ......。まぁ進学科なら優人みたいな子もいっぱい居るか!」
失礼なことを言われた気がするが、いちいち気にしていたらキリがないのでスルーしておく。
「というか、私、めっちゃ制服似合ってない!?」
そう言って腰に手を当てながら見事に着こなしている制服を見せつけてくる。
こいつが着ている服に似合わないと思ったことは一度もない。
そもそも同年代に比較対象が居ないぐらい顔がいい。
本人もそれを自覚しているのか、時折見せる自信家の顔すら魅力を引き立てるアクセントになっている。
「褒めなかったら怒るだろ、お前。 似合ってるけどさ」
ふふん。と鼻を鳴らし、ドヤ顔を披露しながら胸に手を当てる。
「アイドル志望ならどんな衣装も着こなさないとね!」
幼いころからアイドルになると高らかに宣言していたあかりは、迷わずに芸能科への進学を決めていた。
幼馴染の贔屓目かもしれないが、あかりの持つ性格の明るさはテレビに出てくるような人を元気付けるアイドルに近しいものだと思う。
自宅のマンションをでてしばらく歩くと周りにも同じ制服を着た高校生が増えてくる。
それと同時に俺達......もとい、あかりに向けられる視線は増えていく。
一目で分かる整った顔立ちに、同年代の女性は羨むであろう雪の様な肌はすれ違う人皆の視線を引き付けていた。
「あ、なんか緊張解けてきたかも」
「......そうか」
視線は今も増え続けているにも関わらず緊張が解けてきたなどと抜けたことを言う幼馴染に呆れつつ、いつも通りの能天気具合に安心する。
幼馴染といつも通りのやり取りを交わしているうちに、私立一葉高校と書かれた看板と、高校にしては大きすぎる校門が視界に入ってくる。
中学までは考えられないほどの人の往来は新しい生活の始まりを予感させるには十分だった。
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