第20話 ヒスイの気持ち

 バールミン領までは何ごともない平穏な旅程が続いた。道中、ヒスイはジムと一緒に時間を見つけては魔素を練り込んだ素材の彫刻に取り組んでいた。

 わかったことは精製が難しい素材の方が扱いずらいということだった。石よりも鉄、鉄よりも金、金よりもミスリルの方が扱いは難しかった。また、宝石は更に扱いが難しい。


「特殊な条件で作られる鉱物は魔素が読みづらいです…。」


 とヒスイは言っていたがアオイからすると石に精密な加工を施せるヒスイが異常であり、宝石を加工できるとなると神の領域なのではないかと思ってしまう。

 ジムは石の形を変えて彫刻を施すことはできたが精々球体などの単純な図形であった。


「魔素のコントロールの練習になりますのでバールミン領に着くまでに鉄でこれが作れるようになりましょう。」


 ヒスイはそう言うと石でトマトを作りだした。


「形は単純ですが、ヘタの再現などは細かい魔素のコントロールが必要かと思います。頑張って。」

「はい、師匠!頑張ります。」


 一方、ガムはアオイにしごかれていた。


「限界がわからないと教えずらいからね。先ずは魔素が空になる寸前まで魔力を使ってみようか。」


 アオイはそう言うと光の矢を作り出した。


「これから光の矢を打ち込むから前方に魔素を放出して!」

「アオイさん、これってレジストですよね。俺がやるとすぐに魔素が尽きちゃう。」

「それが目的だから問題ない。ちゃんと防御しないと死ぬよ。」


 アオイはそういうと見た目に派手な光の矢を複数作り出し、ガムへ打ち込んだ。アオイの作った光の矢は実際には見かけ倒しでそれほど威力は無かったがガムは必死だった。


「アオイさん、ちょっと待って!」

「待てないなぁ。ほら、どんどん行くよ。」


 実際、ガムは魔素の扱いが粗い。光の矢(とても威力が低いものだったが)を3撃受けたところで動け無くなってしまった。


「ガムは魔素のコントロールが苦手だね。」


 動けなくなったガムを見下ろしながらアオイはガムの額に手を当てヒーリングをかけた。


「すごい…。」


 するとそれまで魔素切れで動けなかったガムに力が戻った。


「バールミン領に入るまでガムは寝る時以外、風魔法でこれを頭の上に浮かべること。」


 アオイはそう言うとガムに10cm四方の紙を渡した。


「これを…ですか?」

「そう。落としたら、ガムにお尻を触られたってヒスイに言うから。」

「や、やめてください。俺、殺されちゃう。」


 ガムはヒスイをとても恐れていた。


「それじゃあ、頑張ってね。」

 

 

 ◇

 

 

 その日は野営だった。バールミン領まで後3日の距離である。アオイとヒスイはガモウ鳥に水と若菜を与えていた。


「おまえ達、ありがとうね。」


 ヒスイは優しくガモウ鳥に語りかけた。


「ヒスイ、私達も食事にさせてもらおう。オンジンさんがご一緒にどうですか?って。」

「…。」


 アオイと商隊の面々はとても意気投合していた。

 しかし、若いメンバーが大半にもかかわらずアオイを口説こうとするものはいない。アオイに言い寄ろうとするとどこからともなく、突き刺すような殺気がとんでくるからだ。ヒスイを口説こうとするものもいない。あんなに鋭い殺気を飛ばす娘を皆、恐れているからだ。


「皆んな、アオイのことをやらしい目で見てます…」

「そんなことないよ。気のいい連中ばかりだよ。ヒスイも今日は飲もうよ。」

「私はいいです…」


 野営の夜ともなると飲み会が始まる。今日もアオイを中心に数人で飲み比べが始まった。ヒスイは大きくため息をついて手にしていた石の塊に魔素を練り込んでアオイの形に成型した。ヒスイはコツを掴んでおり、アオイの像であればほんの数瞬で作れるようになっていた。


「見事なものですな。」

「ありがとうございます。」

「ジムのやつも良い刺激を受けているようで感謝してます。」

「いえ、私も勉強になってますので。」


 オンジンはヒスイの横に腰を下ろすと楽しそうに酒を飲んでいるアオイ達を眺めた。


「アオイさんは力の抜き方をわかっているようですね。」

「はい、アオイはいつも楽しそうです。」

「ヒスイさんはどこか思い詰めているようにも思えますね。」

「私はアオイの力になりたいと思っているだけです。」


 ヒスイはポツリと呟いた。


「アオイさんもそう思っていると思いますよ。何もヒスイさんが思い詰めることはない。ヒスイさんは充分にアオイさんを支えていると思いますよ。気を張りすぎるといざという時に動けなくなるものです。楽しめる時は楽しんで、やる事はきちんとやる。それで良いのではありませんか?」

「私、ここ何日間で色々あって、その度にアオイに道を示してもらって…。アオイに導いてもらったことはきちんとやらなきゃならないと思って…。」


 ヒスイはオンジンに向き合った。


「私はアオイを繋ぎ止めておかなきゃって思ってしまって。変に頑張ってしまっていたのかもしれません。オンジン様、ありがとうございます。私もアオイを追いかけるのでは無く、一緒に歩んでみようと思います。」

「はい、それは良い考えだと思います。」

「でも、オンジン様。アオイを口説こうとするやつはぶちのめしますけどね。」

「皆、若いからほどほどにしてやってくださいね。」


 ヒスイはオンジンにちょこんと頭を下げるとアオイの元へ歩き出した。


「アオイ、私もお酒を飲みます!」

「おおーー、ヒスイ!待ってたよ!」


 オンジンはその様子を見て静かに持っていた杯を飲み干した。


▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️


お読みいただきありがとうございます!アオイとヒスイをこれからもよろしくお願いします。

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