第11話 混沌の魔人

 ブレス歴元年魔法国(後の魔大陸)首都

 

「今日は遅いの?」


 朝ご飯の用意をしながら、ミレイはルークへ聞いた。


「刻印の運用が今日から始まるからね。きっと魔法騎士団で飲み会だよ。」


 ルークはここ数年、首都を病魔から守るための刻印を首都全体に施すために魔法騎士団を指揮し、尽力していた。そして今日、魔法国の建国祭でその運用が始まるのだ。


「ミレイの病気もきっと良くなるよ。」


 ルークとミレイは建国祭の後、結婚式を挙げることになっていた。


「私の身体が弱くて心配ばかりかけちゃうね。」

「いや、それもきっと今日までだよ。」


 ルークは刻印の布設に誇りを持っていた。病気に苦しむ人のため、いや病弱なミレイのために心底尽力した。それが今日、報われる。


「それじゃあ、行ってくるよ。明日は休みだ。美味しいものでも食べに行こうよ。」

 

 

 ◇

 


 魔法国は栄えていた。魔法学が発達し、魔道具が溢れて人々は便利で豊かな暮らしをしていた。

 移動は転移ゲートが主要都市に設置され、魔石で動く馬の要らない車が走り、遠くの映像を見ることもできた。

 人々はこの豊かな暮らしを維持するために教団の強引な施策を受け入れていた。

 亜人領地への侵攻や奴隷化である。豊かな生活を支えるためには魔石は必要不可欠であり、その確保のためには採掘地を増やすしかなかったのである。

 人々は魔法国、その裏に存在する教団を信仰し、狂信していた。

 

「デュラハン教王、ここにいらっしゃいましたか。」


 デュラハンは首都の中央に聳え立つ塔の最上階にいた。ルークがここに来たのは偶然だった。

 今日の建国祭で刻印の運用開始の宣言を教団代表としてデュラハンが行う予定であったため、案内役として魔法騎士団の団長であるルークが挨拶に来たに過ぎない。


「ルークよ。素晴らしい眺めではないか!魔法国は我ら教団のものぞ。そして私は神となるのだ。」


 魔法は光火水風地の5元素が存在していた。

 しかし、50年前にある使い手が偶然にも"闇"の属性を発見した。

 闇の属性は他の属性元素と違い、魔素を継承させる事ができた。継承させるための因子は遺伝と"魔素の譲渡"である。

 ただし、魔素の譲渡は力の根源を分け与える行為であるため、譲渡側に命の危険をともなった。現に"はじめの闇の使い手"はデュラハンに闇の魔素を譲渡して命を落としている。


 デュラハンは闇の魔素を手に入れるまではただの商人だった。闇の魔素を"奪い取って"から彼は変わった。

 人を操り、暗殺を繰り返す度に力をつけ、今や魔法国も手が出せないほどの権力を得ていた。

 そして魔法国の王族を娶り、何人かの子を成していた。現在の国王はデュラハンの長男である。


「この世界に満ちる魔素を闇へと変え、私に譲渡させる。術式は完成した。ルークよ、お前は神の誕生を目にするのだ。なんと光栄なことか。」


 ルークはここで初めてデュラハンの企みに気づいた。ルークが魔法国の首都を覆う巨大な刻印を刻んだのはデュラハンの指示だった。

 ルークは刻印は病魔のない都市の実現のためと信じ、ここ数年尽力してきた。

 しかし、ルークはある一点を疑っていた。なぜ、この刻印は塔に中心が来るのか?この刻印は塔の中心に力が集めるためなのではないのかと。

 だが、その疑問以上にルークは理想的な世界の実現をなせることに喜びを感じていた。何よりも病弱な婚約者のために!


(それなのに!)


 この刻印はデュラハンの言う通りのものであろう。


(首都の民を媒介にして闇の力を集めるための刻印なのか!)


「デュラハン!貴様は気が狂ったのか!」


 ルークは手に持った魔剣を抜き、デュラハンに切り掛かるが、闇の魔法によりその場に釘付けにされる。


(重力操作か!)


 重力操作は闇の使い手が操ることのできる高度な魔法であった。


「そこで見ておれ。この魔石に魔素を込めると術式が発動する。神の誕生だ。」


 デュラハンは魔素を魔石に込めた。その瞬間、ルーク達魔法騎士団が施した刻印が発動した。首都にいた民の、5属性の魔素が闇の魔素に変換されていった。そして。


(闇の魔素が譲渡されている!これではミレイの命は持たないではないか!)


 ルークは婚約者であるミレイの命がこの刻印に吸われていることを感じていた。


(そうはさせない!)


 ルークは強重力に縛られながらも魔素を練り上げる。ルークが練り上げた光の矢は凄まじい力を秘めていた。だが、ルークが放った光の矢はデュラハンには届かなかった。


「バカめ。この魔素の濁流の中、おまえのちっぽけな魔素が届く訳がない。」


 今、この塔には首都中から人々の魔素、命が濁流となってデュラハンに注がれていた。

 だがここで奇跡が起こる。ルークの放った光の矢は魔石の位置をほんの少し動かしたのだ。それは刻印の中心点をわずかにずらし、中心点を重力場に捕らえられたルークに移動させた。


(ああーー。命が流れ込んでくる!やめてくれ!!)


 ルークはこの場から逃げ出したかったが重力操作により、動けない。命の濁流はルークへと集まってくる。


(あああー。)


 巨大な力はルークの意識を奪っていた。

 


 ルークが意識を取り戻した時、刻印はその役割を終えていた。首都に存在した生きとし生けるもの全ての魔素は闇の力に変換され、ルークへと譲渡されていた。その数5万。

 その中にはルークの婚約者ミレイも含まれていた。


「があーあ。」


 ルークは咆哮した。


(何故だ?こんな力を得て何になる?)


 デュラハンは死んでいた。ルークはその屍体を蹴り飛ばした。


(おまえは何ということをしたのだ!)


 蹴って蹴って蹴って。最後に闇魔法で腐食させて散り散りにした。


 その後、ルークは首都中を走った。ミレイを求めて。生きているものを求めて。

 だがその願いは虚しく。ミレイは死んでいた。首都中の民が死に絶えていた。その力をルークへ渡して。ルークは嗚咽した。ミレイの亡骸を抱きしめて。


(強い力は大きな悲劇を生む。強い力を作り出してはならない。悲劇を生む力を壊さなければならない。この闇の力を使ってでも!)


▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️


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