第7話 宮廷料理と魔剣と
「私も王都に戻ってきたのは7日前。ヒスイが倒れたすぐ後だよ。私も身体を壊して療養してたんだ。なので王城に来たのもベルクに会ったのも久しぶり。」
「アオイさんが陛下のお子様だとは驚きました。」
「…。」
「でも私、そういうの気にしませんから。」
「お、おう。それよりご飯食べて行こう。ここの料理は美味しいんだ。」
アオイはそう言うと、
「ついてきて。」
城の中をズンズンと進んで行った。そして昼前の殺気だった厨房に入ると殺気だつコックをかき分け、一際高いコック帽を被った中年の女性の前に立った。
えらく威勢の良い女性でヒスイは怒られないかとヒヤヒヤしていた。
「アオイじゃないか!!」
その女性はアオイの手を取ると嬉しそうに握った。
「マチさん、お久しぶり!覚えててくれた?」
「当たり前だよ。身体はもう良いのかい?怪我をしたと聞いて心配してたんだよ。」
「うん、ぼちぼちかな。今日はマチさんの料理が食べたくてここへ来たんだ。山鳩の焼いたやつが食べたいなぁ。」
「本当かい。嬉しいねぇ。よし、任せな!とても美味い山鳩を食わせてやるよ。」
「料理長、騎士団への料理が間に合わなくなりますよ?」
「フルセニアにちょっとくらい待ちなと言っておきな。」
今日はフッセル領騎士団が近衛騎士団の定期演習に参加する日だった。フルセニアは演習前に挨拶をする予定だったがアオイのために挨拶ができず、フッセルの騎士団長に嫌味を言われていた。
加えて親睦会の食事も遅れ、フルセニアはここでもフッセルの騎士団長の嫌味を宥めるのに胃の痛い思いをした。
マチに食堂の一角に案内されてまもなく、きれいに焼かれ、香ばしいソースがかかった山鳩料理が運ばれてきた。
早速、アオイとヒスイはソースを絡めた山鳩の肉へ齧り付いた。
「本当に美味しいですね。野外料理の定番なのにこんなに綺麗で美味しい!すごいですね。」
「でしょ。やはり要は応用力だよ。この野菜と肉汁を濾したソースも美味しいね!」
「アオイさんはやっぱり不思議な人です…」
ヒスイにはアオイの屈託の無さが羨ましかった。騎士として国境を守ることを生業としてきた自分がアオイの役に立つことなどできるのだろうか?
「ヒスイ、難しいこと考えていただろう。顔に出ているよ。私達の仕事は明日、ツクミと話をしてからだ。きっと厳しい任務になるよ。詳しい話はその時にある。それまでは楽しもうよ。」
「はい…。」
「そうと決まれば!マチさん、デザートが食べたい!!」
◇
「服を買おう!近衛騎士団がお金を出してくれるらしいから、ちょっと多めに買っちゃおうか?」
「そんな…。税金の無駄遣いです…。私、着ていくところもないし。」
「いやいや、かわいい服は大事だろ。着て行く所が無いんじゃなくて、かわいい服を着るから出かけるんじゃないか!」
アオイがもっともらしい事をドヤ顔で言った。
(アオイさんの言う通りだ。ベルク陛下直々の配属が楽な訳がない。なら今はちょっとぐらい楽しんでも良いよね。)
「アオイさん、服屋さんに行きましょう。道具屋さんにも行きたいです。魔剣が見たい!」
「ヒスイは魔剣が好きなんだね。よし、じゃあ先ずは魔剣を見に行こう。馴染みの店を紹介するよ!」
アオイがヒスイを連れてきたのは"ジャスパの店"と看板のある武器屋だった。
(ジャスパって六英雄ジンライ様の副官だった人と同じ名前だ!)
魔剣が大好きなヒスイにとってジンライは魔剣作りの名工として尊敬すべき名だ。
ヒスイはジンライについて手に入るありとあらゆる書物を読み漁り、"ジンライオタク"と化していた。
「ちょっと偏屈だけど、腕の良い人なんだ。」
アオイがそう言って店のドアを開けた。
「ふん、魔素も感じさせねえ嬢ちゃんに売る武器はないよ!追い出されないうちに早く帰んな!」
ドアを開けた瞬間に店の奥から怒声を浴びせられた。
「ジャスパ、相変わらずだね。私にも売ってくれないの?」
ジャスパはアオイの声が聞こえると店の奥から飛び出してきた。
「アオイさん?アオイさんか!!」
その顔は涙と鼻水でびしょびしょになっていた。
「ちょっとジャスパ、汚いよ。」
アオイはジャスパからサッと身を翻すとヒスイの後へと下がった。
「失礼。でもまたアオイさんに会えるなんて。3年前に大怪我したって聞いてから消息も分からず、どれだけ心配したか…。」
「身体はもう大丈夫だよ。ジンライの残してくれた"もの"も大森林へ預けっぱなしだからね。倒れていられないよ。」
「え、ジンライって本当にジンライ様の副官のジャスパさん?」
「ああ、そうだが。アオイさん、こちらのお嬢さんは?」
「彼女はヒスイ・モエギB級騎士。私の相棒だよ。」
「アオイさんに相棒と呼ばれるなんて!!なんて事だ!」
「ジンライ様の副官、ジャスパさんに会えるなんて私は幸せものだ!」
その後、すぐにヒスイとジャスパは意気投合し、ものすごい早口で語り合っていた。
「私はジンライ様の魔剣に対する思いが⚪︎↑?⚪︎⚪︎×、ジャスパさんに会えるなんて↑↑きゃーー。」
「アオイさんに相棒と呼ばれるなんてすごいな!しかもジンライ師匠の魔剣に対する⚪︎×-〒。」
アオイはそんな二人の様子を呆れながら眺めていたが、すぐに退屈になった。
「私は防具をちょっと見せてもらいますよー。」
アオイの言葉は二人には全然届いていなかった。
◇
「これとこれ。私とヒスイの分を買って行くよ。代金は近衛団に請求してね。」
アオイはミスリル製の胸当てをヒスイの分とお揃いで選んでいた。
「さすがアオイさん。良い品を選ぶ。これは俺が打ち出したミスリルに光の刻印を施したものだ。アローベアの一撃でも壊れない!しかも軽い。」
「そうだね。良いものだ。」
「魔剣はどうだ?」
「私にはこれがあるからね。」
「ああ。師匠の傑作だ…。」
「アオイさんの剣ってジンライ様の作品なんですか!!」
アオイは静かに鞘から刀を抜いた。
「魔刀、虹丸雷光。ジンライの傑作だ。そして多くの思いが宿っている。」
刀身はわずかに反り、淡く、見ようによっては虹色に発光していた。
「綺麗な刀身ですね。とても暖かい力を感じる…。でも私にはきっと使えない。複雑過ぎる。」
直に刀身を見てヒスイにはわかった。無属性の魔剣では無く、何種類もの魔素が絡み合っていることが。それは人が作り出した刀とは思えななかった。アオイは静かに鞘へ刀を納めた。
「ジャスパ!明日まで預けるからメンテナンスをお願いね。」
「ああ。任せな。これは俺にしかできない仕事だ。」
ジャスパはアオイから虹丸を受け取り、懐かしそうにその鞘を撫ぜた。そして、店の奥へ大事そうに運ぶと、何本かの魔剣を抱えて戻ってきた。
「ところでヒスイさんは魔剣はいらんか?師匠のほどじゃないが俺の自信作もあるんだが。昔、アオイさんが使っていた『矢切』と同じ刻印を施した刀もあるぞ。」
「え、矢切ってジンライ様が命をかけて作り上げたという…」
アオイは目を泳がせながら、黙りこんでしまった。
「ああ、あの頃の師匠は恐ろしほどに技が切れていたなあ。ちょっと天狗になっていたかもしれん。ある日、ふらっとやって来たアオイさんに勝負を挑んで…」
「私も大人気なかったんだよ。ジンライがどんな魔法でも『俺の魔剣でぶった斬れる』なんて言うから、あいつの作った魔剣を光の矢で何本も折ってやったんだ。」
アオイは懐かしそうにちょっと目を細めた。
「師匠はそれから命懸けで魔刀に向き合ったんだ。そして矢切は完成した…」。
「矢切はジンライが命をかけて打ち上げた魔刀だよ。あの刀は私の全力の光の矢を真っ二つにしたんだ。それから虹丸をジンライが打つまで矢切は私が使ってたんだ。」
「アオイさん。今、矢切はどうしてるんだ?」
「ああ、ベルクに預けてあるよ。」
「そうか。ところでヒスイさん、魔剣はどうだ?これが矢切と同じ刻印の剣だ。」
ヒスイは目をキラキラさせてジャスパが抱えている魔剣を見つめた。
「へぇ。ジャスパが腕もみないで魔剣を売ろうなんて珍しいね。」
「アオイさんの相棒なんだろう。なぜ、腕を疑う必要がある。」
「ありがとう、ジャスパ。でもヒスイにここの魔剣はいらないよ。」
予想外の返答にヒスイとジャスパは顔を見合わせてお互いに悲しそうな表情を浮かべた。
魔剣を愛してやまないヒスイは魔剣が欲しかった。アオイにはもっと良いものをあげると言われ、天にも昇る心地だったのだが連れて来られたのは服屋だった。
アオイにとても機能的でそれでいて優美に見える服を3着選んでもらい、購入した。
「明日、そのうちのどれかを着て行くと良いよ。あと、ジャスパの店で買った魔装を付けて行こう。あれ?元気ないね…。」
「すみません。魔装も服もとても良いものをいただいたのはわかっているのですが、魔剣…。」
「うん、ヒスイが魔剣が大好きなのはとても良くわかったよ。でもね、ヒスイには相応しい装備があるんだ。」
「えっ、それはどういうことでしょう?」
「それはまだ秘密!さあ、夕方になったし、帰ろう!今日は気まぐれ屋で飲み会だ!」
▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️
お読みいただきありがとうございます!アオイとヒスイをこれからもよろしくお願いします。
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