第6話 ベルク国王
アスラ王国近衛騎士団副団長フルセニアはちょうどその時、フッセル領騎士団との合同演習に参加するために登城する途中だった。
(あの子はヒスイか。もう大丈夫なのか?)
正門前で揉めている少女の一人が先日、マーズ領から連れ出したヒスイであることにフルセニアは気がついた。
「ヒスイか?」
これがフルセニアの悪夢の一日の始まりだった。
「フルセニア副団長!」
「もう身体は良いのか?」
「はい、おかげさまでこの通り。あの時は本当にありがとうございました。副団長が来てくれるのがもう少し遅かったら私は死んでいたと思います。」
「いや、礼を言うのはこちらの方だ。隊の壊滅を防いだのは君だ。ありがとう。」
フルセニアはヒスイが元気そうな様子に安心した。
「ところで揉めていたようだが。」
「フルセニア副団長。実はこっちの嬢ちゃんが訳のわからないパスで門を通ろうとしてまして。」
「見せてみろ。」
フルセニアはアオイからパスを受け取るとそこに書かれている意匠に驚愕した。
(これは六英雄の桜紋じゃないか。このパスには最上級の特権が与えられている。この少女は何ものだ?ヒスイといると言うことは情報部か?)
「申し訳ございません。私では判断できない。」
フルセニアはアオイにそう告げると門兵に指示した。
「ツクミ団長に連絡を。」
門兵はフルセニアのアオイへ対する丁寧な物言いに驚愕していた。しかもツクミ団長に連絡?俺、首にならないかな?と門兵は一瞬躊躇したが、すぐに城内へ走りだした。
フルセニアからの連絡を受けた時、ツクミは国王の執務室でベルク国王、サジタリアス宰相とマーズ領での出来事への対応を協議しているところだった。
慌ただしくドアがノックされ、門兵が現れた時、ツクミは渋い顔をした。
「大事な会議中だぞ。」
門兵は団長だけでなく、国王や宰相までいることに驚愕しながら、副団長に急ぎ知らせよと命令を受けた旨を団長に報告した。
「桜紋のパスを所持した少女が正門で待機中とのことです。」
その報告を聞き、いち早く反応したのはベルクだった。
「なんだと!急ぎ、ここへ連れてこい!」
門兵は国王の勢いに驚きながら正門へと急いで引き返した。
◇
フルセニアは困惑していた。
「国王の執務室へ連れてこいだと。一体この少女はなんなんだ。」
この無防備すぎる少女がさして重要人物とも思えない。しかし、桜紋のパスを所持しているということはただの少女ではないのだ。困惑したのはヒスイも同様だった。
(ベルク陛下の執務室!なぜ?どうして?)
しかもツクミ団長とサジタリアス宰相も同席していると言う。
(アオイさん、どういうこと??勘弁して!)
◇
アオイは執務室に着くとノックもせずにドアを開けた。ヒスイには後に、
「ベルクなら20m先から私の気配に気がついているよ。」
と語っていたが…。
フルセニアはアオイの行動に心底驚いた。
(何と無礼な!)
だがその思いは次の光景で過去のものとなった。
「ベルク!」
ベルク国王を呼び捨てにした少女はそのままベルクへ抱きついたのだ。
騎士階級は王の前でも帯剣を認められる。この時も例外ではない。フルセニアは少女が帯剣していることをわかっていながら、少女がベルクに抱きつくことを止めることが出来なかった。
(動きに気配が無い!)
しかし、フルセニアはその後さらに驚愕した!あのいつも毅然としたベルク国王が満面の笑みでその少女を抱きしめ返したのだ。
「アオイ!3年ぶりか!身体はもう良いのか?」
「うん、闇はまだ使えないけどベルクには負けないよ。」
「そうか。それは良かった。」
「サジさんもツクミもお久しぶり!」
フルセニアとヒスイはこの光景に倒れてしまいそうだった。
(国王へ抱きつくのも不敬。しかも宰相をサジさん!団長にも何と馴れ馴れしい!)
「アオイ殿、良くぞお戻りくだされた。」
サジタリアス宰相の感極まった様子と涙を流すツクミを見てフルセニアとヒスイは呆然としていた。
「そうか。その少女がヒスイか。」
感激?の対面の後、アオイはヒスイの待遇についてツクミに話をしていた。込み入った話のようでヒスイとフルセニアは執務室から追い出され、アオイだけが残っていた。執務室からでる前に、
「ヒスイ、…私の…、闇の魔素…。だから魔剣に…。」
途切れ途切れに会話が聴こえたが意味はわからなかった。
「ヒスイ、あの少女は何者だ?」
「情報部アオイ班長です。」
「そんなことあるか!陛下が突然訪問してきた一介の班長に会うか?桜紋のパスも持っていたし。」
「私も昨日お会いしたばかりなので。あのパスはそんなにすごいものなのですか?その割には正門を通れませんでしたよ?」
「ヒスイはあのパスを本当に知らないのか?」
フルセニアは呆れた様子で言った。
(それにしても…。アオイさんは何者なんだろう?)
確かにアオイの家は高価な家具が多かった。一介の騎士とは思えない。
「使い手なんだろうな?何を使う?」
「昨日、ヒーリングをしてくれました。光の使い手だと思います。」
「強そうには思えないが。」
「私もそう思いました。でも私はアオイさんに勝てるイメージができないです。」
「騎士等級はわかるか?」
「いいえ…」
ヒスイは相手の力量を測るのを得意としていた。だが…
(アオイさんはわからない。あの腰の魔剣だって並の力量では使いこなせないだろうに。)
普通の魔剣は特定の魔素を増幅させる効果を持つ。そのため、自分と同じ属性の魔剣の方が相性が良い。例外は光と闇の魔剣である。この2つの属性は他の属性の影響を受けにくい。
(あの魔剣は魔法属性が定まっていなかった。いや、複数の力を持っていると言った方が良いかな?自分の魔素を純粋に攻撃力に変える効果を持っていると思うが…。
私なら属性付与され、自分の力を"補助"することのできる魔剣を選ぶ。あの剣は攻撃力は高いがうまくコントロールできるとは思えない…。膨大な魔素を込めてぶった斬る剣なのかな?)
「アオイさんの魔素量は高いのかも知れません。」
「なぜ、そう思う。」
ヒスイがその問いに答えようとした時、突然執務室のドアが開き、アオイが元気よく飛び出してきた。
「ヒスイ、ちょっと来て。」
アオイはヒスイの手を引くと執務室の中に引き入れた。
「マーズの所から情報部へ異動してきました!B級騎士のヒスイ・モエギです。昨日から私の相棒です。皆さま、よろしくお願いします。」
アオイは手を添えるとヒスイの頭を下げさせた。ヒスイは言葉を発することもできずに目を白黒させながら頭を下げた。そんなヒスイを見て言葉をかけたのはベルクだった。
「ヒスイ、明日はツクミとの話の前に少し時間をもらう。アオイが相棒と認めるならばそれなりの待遇を用意しなければな。」
「アオイさんは一体何者なんですか?」
ヒスイは我慢できずに疑問を口にした。
「えーと。べ、ベルクの隠し子。」
アオイが気まずそうに答えた。
ベルクは何か言いたそうだったが、少し考えてから、
「まあ、それが良いだろう。」
と苦笑しながら言った。
「フルセニア!このことは他言無用ぞ!」
フルセニアはベルクの言葉に胃が痛くなる思いだった。
(俺だってこんな話聞きたくなかったよ。)
フルセニアはこの後ツクミからも、
「今日のことは忘れるように。」
と強く言われた。
「このことが漏れるとお前、首がとぶぞ。」と。
フルセニアは正門でヒスイに声をかけたことを後悔していた。
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お読みいただきありがとうございます!アオイとヒスイをこれからもよろしくお願いします。
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