第5話 王城

「ヒスイ、剣は持って行ってね。」


 ヒスイは昨日、アマノから借りたグレーのパンツと上着、アオイはちょっと短めな紺色のスカートに白いシャツを着ていた。


「この格好に剣ですか?」

「そう!私達は騎士だからね。」

 

 確かに騎士は帯剣する。しかしその際は所属する隊服を着ることが常であった。


「情報部に決まった隊服はないからね。」


 ヒスイはちょっと戸惑いながらもマーズ領で騎士を拝命した時から愛用しているレイピアを腰に下げた。アオイも2本の刀を腰に下げていた。


「アオイさんは二本持ちなんですね。」

「基本的には一本だよ。一本は予備。折れたら困るから私は二本持っているの。」


 アオイが持つ刀は独特だった。一つはとても強い力を感じた。


(魔法の剣。あーー、手にとって見てみたいなあ。でも、属性付与をされていないように感じるなあ。持ち主の属性を反映させるためかな?)


 普通、魔剣は火水地風光闇のどれかの属性を持つ。そのため、属性を持たない魔剣は珍しかった。


(もう一本は何の力も感じない。普通の刀かな。でも張り詰めた強い気を感じる刀だなぁ。)


「それじゃあ、出発しようか。」

 

 アスラ王国。初代アスラ王が王国を起こしてから150年。現在のベルク王は七代目である。

 王国は王を頂点として爵位を持つ8名の領主がそれぞれの領土を運営する。マーズ伯爵もそのうちの一人である。

 北は細い回廊で魔国と繋がり、南はエルフの統治する大森林に覆われている。大森林を統括するハイエルフ、六英雄の一人であるアンナは公爵の爵位を持つが領主ではない。あくまで自治という形をとっている。

 王都アスラはアスラ王国のほぼ中央、海に面しており、気候は温暖、夏は暑くても30℃、冬は寒くても10℃ほど。雪が降ることは滅多にない。交通の要所として港、駅馬車が発展している。人口は50万人ほど。商業が盛んだ。

 

「うわぁー、すごい人!お祭りみたい。」

「昨日は夜だったし、街中は通らなかったからね。」


 二人は開店の準備に忙しい市場の中を歩いていた。色とりどりの野菜や果物、肉や魚が溢れ、朝食目当ての客が屋台を物色していた。


「北の方と売っている魚が違いますね。」

「そうなんだ。北の魚ほど脂は乗ってないけど、港町だから魚介類は新鮮で美味しいよ。」

「今の時期だとカツオがあっさりしてて美味しいよ。」

「へえー、流線型でかっこいいですね。うーん、食べたことないかも。食べてみたいです。」

「今度、気まぐれ屋でたのもうよ。」


 二人は市場を抜け、道具や服を売る一画へ抜け出た。


「帰りに服を買っていこうよ。」

「でも私、お金も持ってないし。」


 ヒスイは着の身着のまま病院へ送られたので自分の荷物は騎士の証であるパスとレイピアしか持っていなかった。


「そうだよね。明日、荷物は届くそうだけど。服を買うお金は情報部に出してもらおう!制服は必要だよ。情報部の制服は普段着なんだから、情報部がお金をだすべきだ。」


 確かに情報部が決まった制服を着ていたら目立ってしょうがない。


「はあ。」


 ヒスイは力無く返事をした。情報部のお金を使っても良いのかはわからないが班長が言っているのだから大丈夫なのだろう。それよりも辺境の地で訓練に明け暮れていたヒスイはセンスを持ち合わせていなかった。


「ヒスイはスタイルも良いし、美人だからね。私が選んであげるよ。選びがいがあって、楽しみだなぁ。」

「ありがとうございます。私は服とかよく分からないから助かります。」

「まあ、マーズ伯爵に影響されたらそうなるよね…」

 

 二人は王城へ通じる大きな通りへと出た。

 

「ここら辺からは武器屋が多いね。王城が近いから騎士や兵士が多いんだよね。」

「魔剣も売ってますよね!実は私、魔剣が大好きなんです。本当はアオイさんの魔剣を撫で回したい。」

「お、おう。今度ね。」


 アオイはヒスイのキラキラした目から魔剣を隠そうとした。


「あ、アオイさん。今、剣を隠そうとしましたね。」

「帰りに武器屋にもよるから勘弁して…。」


 

 武器屋街を抜けるとすぐに王城の正門前に出た。


「ここだよ。」


 そう言うと、アオイはとんでもないところに入ろうとした。


「アオイさん、ここ王城ですよ。」

「うん、宮廷料理と言えばここだよね。」

「いやいや、それはそうかも知れませんが…。」


 アオイはズンズンと王城の正門まで進んで行き、一枚のパスを門兵へ突き出した。それは6枚の花弁がある桜の花を意匠したパスだった。文字は書かれていない。


「通してくださいね。」


 晴れやかな笑顔を浮かべながらアオイは門を通ろうとした。

 唖然としていた門兵はすぐさま我に帰ると、


「嬢ちゃん、なんだいそれは?身分証と約束状がなければ入れないなぁ。」

「えーー、このパスで好きなところ、どこでも入れると言われたのになぁ。上に確認してよ。アオイが来たって伝えて。」

「いやいや、嬢ちゃん。これでは通れないよ。こんなことで上に確認したら俺が怒られるよ。」


 門兵は心底呆れた声で言った。


「いやいや、そんなこと無いって!これは本当に由緒あるパスなんだから。」

「そう言われてもなぁ。通せないものは通せないなぁ。」

「ツクミを呼んでよ。」

「ツクミって近衛騎士団長の?」

「そう、ツクミ・コウガ。」

 

 門兵は心底呆れた顔をしてため息をついた。

 

「ツクミ団長を呼び出したら本当に俺は首になっちまうよ…」

 

 しばらくの間、アオイはごねていたが、門兵もがんとして聞き入れなかった。アオイは無駄だとわかるとヒスイに助けを求めてきた。


「しょうがないなぁ。ヒスイ、身分証と約束状を見せて。」

「身分証は良いですが…。」


 困惑しながらもヒスイは身分証を門兵に提示した。


「マーズ領のB級騎士。こっちの嬢ちゃんはすごいんだね。」


 後ろでアオイが、私もすごいわ!と騒いでいたがヒスイはあえて無視した。


「こちら約束状です。」

「最初から嬢ちゃんがやり取りしてよ。」


 後ろからムキーッという声が聞こえてきたがヒスイはこれもあえて無視した。


「嬢ちゃん、ツクミ近衛団長との約束状だがこれは明日だ。やはり通せないなぁ。」


 なんだとー、アオイが騒ぐが門兵の決断は変わらなかった。


▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️


お読みいただきありがとうございます!アオイとヒスイをこれからもよろしくお願いします。

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