第4話 アオイとヒスイ
ヒスイはアマノが用意した服に着替えると病室を出た。
「私、こんなに素敵な服着るのはじめてです。似合ってますか?辺境で国境警備が任務だったので…、素敵な服を着る機会がなかったんです。」
「マーズ伯爵の美的感覚も独特だからね。」
アオイはかつて会ったマーズ伯爵の異様な出立を思い出していた。
(赤と白の縞々な甲冑に金色の兜をかぶっていたなあ…)
ヒスイはグレーのパンツに上着を羽織っていた。スレンダーなヒスイに良く似合っている。恥ずかしがるヒスイを好ましく思いながら、アオイは答えた。
「大丈夫!とても似合っているよ。ヒスイは美人なんだから。」
アオイはヒスイの肩をポンと軽く叩いた。
「それじゃ、お店でご飯を買って私の家に行こう。」
ヒスイはアオイの心遣いに感謝した。病院で一人は心細い。これからのことを考えて不安になってしまうだろう。ヒーリングを受けた時からヒスイはアオイに対して好感を持っていた。
(アオイさんがいてくれて良かった。不安感が少し薄れたな。)
ぼんやりとそんなことを考えながらヒスイはアオイの後に着いていく。
「今度、ゆっくり王都は案内するからね。と言っても私もあまり詳しくないんだけど…。今日は"気まぐれ屋"でご飯を買おう。」
アオイはそういうと暗がりにポツンとある一軒のお店に立ち寄った。そのお店はとても繁盛しており、とても良い香りがしていた。
「良い香りだね。今日はカジキの香草焼きだ。うん、牛モツのトマト煮込みも美味しそうだ。」
「アオイちゃん、美味しそうじゃなくて美味しいんだよ!」
奥から気の良さそうな小太りのおじさんが声をかけてきた。
「おっちゃん、カジキとモツ煮、あとパンはある?」
「白パンがあるよ!」
「じゃあ、パンも2つ、持ち帰りで!」
アオイは振り返るとヒスイに自慢げに言った。
「おっちゃんの料理は最高なんだよ!私が食べたいものは作ってくれないけどね。」
「だから気まぐれ屋なんだよ。ほら、気をつけて持っていきな。お嬢ちゃんは見ない顔だな。」
「ヒスイと言います。最近、王都にきたばかりです。」
「そうかい、これからも贔屓にな。」
ヒスイはその人好きのする笑顔を見ていたら急にお腹が減っていたことを思い出した。
「次は我が家へご案内します!」
そう言うとアオイは気まぐれ屋の裏手にある大きな倉庫の鍵を開け、中に入っていった。
その倉庫の中は広々とした空間が広がっていた。
(騎士団の訓練場みたいな作りだな。剣術や魔法の練習をするのにちょうど良いかも。)
倉庫の奥は壁で区画されており、重そうな扉が付いていた。
(厳つい扉だな。ここがアオイさんの部屋かしら?病院の方が良かったかな。)
ヒスイが少し後悔したところで重そうな扉が開いた。
「ようこそ!我が家へ。」
扉の中はとても居心地の良い空間が広がっていた。こじんまりとしたソファがあり、その前には暖炉が備え付けてあった。壁には暖かいタッチで描かれた6人の英雄の絵が飾られていた。ヒスイが知る6人の英雄の絵は皆が剣を構えた勇ましいモチーフが多いのだが、この絵は六人が柔和な顔で微笑んでいた。特に目を引いたのは、魔装を身に付けて屈強なはずの魔法戦士が非常に小柄に描かれていたことである。
「暖かい絵ですね。ジンライ様が素敵…」
ヒスイが呟いた言葉にアオイは嬉しそうな顔を見せた。
「うん、良い絵でしょ。一緒に旅をしていた人が描いてくれたんだ。というか、ヒスイってジンライが好みなの?あんな、朴念仁が??」
「あの魔剣に対する思いがかっこいいじゃないですか!顔も渋くて素敵です!」
「…まあ、好みは人それぞれだから…」
アオイはヒスイを部屋の奥へと招き入れた。
「お風呂とキッチンもあるんだよ。今、お湯を入れてくるから先にお風呂をどうぞ。」
お風呂には火と水の魔石をはめ込んだ魔道具の蛇口がついており、そこから暖かいお湯が出ていた。キッチンには鍋などの調理器具が一通り揃えられており、火の魔石が埋め込まれた魔道具のコンロが2口、水の魔石が埋め込まれた蛇口まで備えつけられていた。
「アオイさんは何物なんですか?こんな上等な家はなかなかないですよ。設備だけなら伯爵の屋敷と同等です。」
「私は"なりそこない"だよ。」
「何の?」と言う言葉をヒスイは飲み込んだ。アオイがとても寂しげな笑みを浮かべていたから。
「さあ、先ずはお風呂に入ってさっぱりして。10日以上身体洗ってないでしょ。」
そう言われてヒスイは悶絶した。
(わ、私臭いかも。)
「ご、ごめんなさい。臭いですよね。」
「いやいや、全然だよ。むしろそそられる香りかも。」
ニタニタ笑うアオイの横をすり抜けながら、ヒスイは風呂へ向かった。
「お、お風呂いただきます。」
◇
「はあ、気持ち良い。」
湯船に浸かりながらヒスイは今回の配属命令について考えていた。
(ベルク陛下直々の配属命令が一班長に出ることなんかあり得ない。私は何をしてしまったのだろう。
情報部か…。私に務まるのだろうか?アオイさんも謎だ。そんなに歳も違わないのに待遇が良すぎる。騎士階級なんだろうけど、全然強さも感じないし…。
一介の騎士の家にこんなにも高価な魔道具があることも変だ…)
アスラ王国では魔石を埋め込んだ魔道具が少しずつ普及し始めていたが、まだまだ高価であった。
(伯爵のお屋敷にお湯を沸かすポットという魔道具があったなぁ。お風呂にお湯を入れる魔道具なんていくらするんだろう。)
ヒスイのとりとめのない考えはアオイによって中断された。
「ヒスイ、寝着を置いておくから着替えてね。」
「はい、ありがとうございます。」
ヒスイはもう少し湯船に浸かっていたかったが、空腹感に耐えられそうもなく早々に風呂から上がることにした。
脱衣所には清潔なタオルとローブが用意されており、ヒスイは感謝しながら使わせてもらうことにした。
部屋に戻るとソファーの前に机が用意され、気まぐれ屋の惣菜とともにサラダとパスタが皿に盛られていた。
「簡単な料理だけど。」
アオイはワインのコルクを抜くと二つあるグラスの片方へ注いだ。
「ヒスイは飲めるの?」
「はい、人並みには。」
「じゃあ、こちらにも。」
アオイはもう片方のグラスにもワインを注いだ。
「ようこそ、王都へ。」
2人はグラスを傾けると『チン』と軽くグラスの縁を合わせた。
「さあ、食べて食べて。」
ヒスイはアオイと食事をし、語り合うことに安らぎを感じていた。
(ヒーリングしてもらったせいかな。)
混沌の魔団の話はアオイもヒスイもしなかった。ヒスイは2日後のツクミ近衛団長からの呼び出しにはなぜか緊張していなかった。アオイが同席すると言ってくれたことに心底安心していたためだった。
(なぜだろう。不思議だなぁ。ツクミ近衛団長に会うなんてありえないことなのに…。)
アオイには人に安らぎを与える力があるのだろうか?マルシムと一緒にいる時も楽しかったが、安らぎを覚えると言う感情はなかった。
(マルシムとちゃんとお別れできなかったなぁ。)
それにしても、アオイはとことん無防備である。
(情報部の班長ならB級以上のはずなのに、全然強さを感じない。)
「どう、美味しい?」
ヒスイはアオイの問いに思考を中断する。
「はい、とっても美味しいです。」
「やったー、美味しい!いただきました!」
気まぐれ屋の惣菜はもちろん、アオイの作ったレタスにカリカリに炒めたベーコンとチーズを散らしたサラダとホタテ入りのトマトパスタもとてもおいしかった。特にパスタはワインと良くあっていた。
「アオイさんはお料理上手ですね。私は野営料理しかできません。」
「要は応用だよ。野営料理だって工夫次第では宮廷料理にだってなるよ。」
「すごいなぁ。山鳩の丸焼きも宮廷料理になりますかね?」
「大丈夫だと思うよ。そうだ!明日、食べに行こう!ちょっと文句を言ってやりたい気持ちもあったからね。」
「文句ですか?」
「いやいや、こっちの話。ヒスイ、疲れたでしょ。今日はあっちの部屋のベッドを使って。」
「アオイさんのベッドですよね。良いのですか?」
「あー、私はどこでも寝られるから。」
(このソファーじゃ小さくて狭いだろうに。)
ヒスイはそう思いながら自分でも思いがけない提案をした。
「アオイさんが良ければご一緒しませんか?」
「良いけど。狭いよ。」
ヒスイはこれからのことに少し不安を感じていたため、アオイのそばで安心したかった。
「そうと決まれば、明日はちょっと早いから片付けて寝る用意をしよう。」
アオイはそう言うと料理が無くなった皿をキッチンへと持っていく。
「私もお手伝いします。」
「ありがとう、片付けたら布団の準備も手伝ってね。」
◇
「アオイさん、今日はありがとうございました。私、不安だったんです。でも今は安心してます。アオイ班への配属で良かったと本当に思います。」
二人でベッドに潜り込んですぐにヒスイはアオイへ今の気持ちを伝えた。
「こちらこそ、よろしくね。私達の仕事は2日後からだ。明日はご飯食べた後に王都を案内するよ。と言っても私もあまり詳しくないけど。」
「ありがとうございます!楽しみだなぁ。」
「ヒスイ?」
その後、アオイの呼びかけにヒスイからの返事はなかった。
(疲れているよね。)
アオイは明日の計画を考えながらヒスイの寝顔を見つめていた。
(あなたは私の"片割れ"かも知れないんだよ…。)
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お読みいただきありがとうございます!アオイとヒスイをこれからもよろしくお願いします。
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