王都

第2話 辺境の地-邂逅-

辺境の地

 

ブレス歴506年春、アスラ王国マーズ地方

 

 今日、ヒスイ・モエギは18歳になった。ヒスイは15歳の時に"地の使い手"として生まれ故郷であるマーズ地方軍に入隊した。

 使い手は火水風地光闇のどれかの性質を持ち、2種類の魔素を使い得ることはない。特殊な例外を除いて。

 ヒスイは生まれ持った才能もあり、現在はマーズ地方軍のB級騎士として有事には指揮を務めている。そのスラリとした身体と一見冷たい印象を与える美貌、騎士としては珍しく白く透き通った肌、長く美しい黒髪は同僚の男性騎士達の憧れである。そして何よりヒスイは強かった。使い手として地の魔法を使い、剣は王都の騎士団の精鋭にも負けないであろう。婚姻の話もいくつかあったが、本人は色恋にはまったく興味がなかった。というより鈍感だった。

 

「ヒスイさん。あの山の中腹の洞窟ですね。あと5kmくらいでしょうか?」


 バール連合国との国境に近い、森林地帯ではここ数ヶ月で商隊が襲われる事件が続いた。

 アスラ国情報部が捜査を進め、"混沌の魔団"という宗教組織を後ろ盾とした盗賊団の存在が明らかとなった。今回は王都の近衛軍からフセルニア副団長を隊長に、ヒスイを班長とする10名のヒスイ班、他に10名の班が2班動員されていた。ちなみにフセルニアがA級、それぞれの班長がB級である。


「私は状況の共有のために洞窟を監視中のジルバ班と合流します。マルシムは一緒についてきてください。ミツイ副長は他の班員と待機をお願いします。」

「ヒスイさん、俺も連れて行ってくださいよ。」

「あなたがついてきちゃったら何かあった時に指揮を取れないじゃない。何かあったら無理しないでムサシ班の位置まで後退してくださいね。」


 不服そうなミツイに苦笑いをしながらヒスイはマルシムの肩に手をかけた。


「マルシム、念のため風の守りをお願いします。」

「ヒスイさん、任せてください!」


 マルシム・セオトは17歳、C級、風の使い手の女の子である。能力が高く、何よりヒスイのことを心から慕っていた。そしてヒスイも自分を慕ってくれる後輩を信頼していた。


「ミツイ副長、よろしくお願いします。」


 ヒスイはミツイにひらひらと手を振ると静かに山の中腹へと向かった。

 



「ミツイ副長はヒスイさんのことが好きなんですよ。」


 マルシムは口を尖らせながら不服そうに言った。マルシムの風魔法は発動しており、ヒスイとマルシムがたてる音は二人にしか聞こえない。


「そんなことないよ。若い班長が心配なだけです。」


 ミツイ・ノックバルトは25歳、B級。ヒスイの班へ配属された当初は衝突もあったが今は頼りになる副長である。


「だって、ミツイ副長、ヒスイさんのことをやらしい目で見てますし。」


 ヒスイは男女の色恋には不頓着だった。木々の生い茂る山中を歩きながらヒスイは思いを巡らす。


(だって剣術や魔法のほうが面白いし。)


「ヒスイさんは自分がかわいいことをもっと自覚するべきです。」

「何言ってるの…。マルシムの方がずっとかわいいです。」

「もう!ヒスイさん!ヒスイさんは自分の事を全然わかってない!」

 

 頬を膨らませて怒る後輩の戯言を聞き流しながら、ヒスイは騎士団員の剣技を考えていた。


(ジルバ班長は型通りの剣を使うから個々の戦闘だと読めてしまうからなぁ。おそらくあまり苦労せずに勝ててしまう…。フルセニア副団長はどうだろう。剣技と水魔法が良く融合している。からなあ。あれに勝てるかな…。でも使い手としての魔素量は私より少ないから、魔法で押し切れば勝てそうだな。)


 ふとヒスイは皮膚がざわつく感覚を覚えた。


(魔物の気配?いや!)


「マルシム、山の中腹、洞窟付近の音を拾えますか?」


 洞窟までの距離は約500m、そこから100mほど離れた崖の上がジルバ班との待ち合わせ場所だった。マルシムの顔にも緊張がはしる。


「はい、お任せください。静寂の魔法は解呪します。今、音を拾いますのでお待ちください。」


 ほどなくして、マルシムの魔法が発動し、斬撃の音と怒号が聞こえてくる。

 


 


「ジルバ班長、数が多すぎます!オーガまでいる!」


 盗賊団は50人。ジルバ班を完全に包囲していた。そのうちオーガが1人。オーガは元来大人しい種族だ。だが聞こえてくる咆からはとてもそうは思えない。


「うがーー。」


 凶悪な咆哮とともに何かが叩き潰される音。


「雷撃を使う!」


 ジルバの声とともにパチンという乾いた音が響いた。


「!!、レジストだと。」


 ジルバから発せられた雷撃はオーガに達する前に霧散した。使い手による対魔法結界、レジストである。レジストはかなり高度な魔法だ。C級の使い手でないととうてい使えない。


「C級以上もいるのか。突破陣を敷く。前衛に3人、後衛に3人だ。」


 ジルバは班員に指示を出しながら切り掛かってきた盗賊を下手から切り上げて腕を切り飛ばした。そしてロングソードに魔素をながす。ジルバは光の使い手である。

 班員は5人が光、2人が風、地、水、火が一人ずつ。4人の光の使い手はジルバと同様に魔素を流して剣を強化していた。その刀身が薄く発光する。風の使い手は矢を警戒して班に風の守りをかける。


「いくぞ!」

 


 


「マルシムは急ぎ戻ってミツイ副長と合流。フセルニア副団長に経緯を報告して、指示を仰いで。」

「ヒスイさんは?ヒスイさんも一緒に…。」


 マルシムの『ミツイ副長と合流しましょう』と続けた言葉は途中で飲み込まれてしまう。


「私はジルバ班に合流します。早い報告が必要!急いで!」


 ヒスイの珍しく鋭い語気に蹴落とされ、マルシムは承服した。マルシムはヒスイの迫力に肌が泡だっていた。


「わかりました。ヒスイさん、無理しないで。」


 マルシムは踵を返すと走りだした。


「よし!」


 ヒスイは周りに落ちていた拳大の石を5個集めて魔素を込めた。石は魔素を帯びてヒスイの周辺へ浮かびあがった。

 魔法が成功したのを確認したヒスイは腰のレイピアを抜き、洞窟を目指して走り出した。

 

 

 


ジルバ・ドーゼスは戦慄していた。


(強い。なぜだ?なぜ、盗賊団にあのような使い手がいる?)


 ジルバはB級の中でも上位にはいる。基本に忠実だからこそ隙のない剣を振るう。経験もある。魔法にもたけている。そんなジルバが、たかが盗賊に怯えていた。


(しかもあの剣は何だ?魔素が吸われる。)


 吸われるというより喰われるか?盗賊の剣士が使う剣は強力な魔素を帯びていた。


(魔剣の属性がわからない。)


 ありえないことだった。使い手であるジルバが魔素の属性を感じ取れないとは。剣士が魔剣を振るうたびにジルバの魔素は魔剣に喰われていった。


「班長、伏せて!」


 タスマニア副長が放った火の魔法が剣士の前で爆裂した。


(!!)


 しかし、爆風と化した火の魔素も剣士が持つ魔剣に喰われてしまった。


「ジルバ班長、今のうちに離脱を。」


 剣士にできた一瞬の隙にタスマニアはジルバを剣士の間合から外した。そして。

 タスマニアは鋭い斬撃を剣士に放った。ジルバから見ても必殺の一撃だったが、剣士は魔剣でなんなくその攻撃を防いだ。圧倒的な力量だった。驚愕するタスマニアが最後に見たのは自分に迫ってくる魔剣の妙に黒い刀身だった。

 

 ジルバは剣士の間合いから逃れると班員を集めた。だが、オーガが振り回す棍棒がまた一人の班員の頭を粉砕した。


「何人残っている?」

「5人です。」


 近くの班員が短く答えると槍で襲いかかってきたゴブリンを袈裟切りにした。


(オーガを潰さないと活路が開けない。)


 後ろの剣士は倒せない。強すぎる。前に活路を開く。ジルバは判断すると剣に魔素をこめ直し、オーガに向かって走り寄った。


「いやー!」


 気合いとともに放った一撃はオーガの振り回す棍棒に阻まれ、オーガまで届かなかった。


「うっ。」


 ジルバが有りったけの魔素を込めた刀身はオーガの持つ棍棒に折られてしまった。


(魔剣に魔素を吸われ過ぎた!)


 ジルバの援護を行なっていた班員が棍棒で下から突き上げられて宙高く吹き飛ばされた。そしてその勢いのまま、オーガは棍棒をジルバ目掛けて振り下ろした。ジルバの背筋に寒気が走った。


「!!」


 突如、ボゴッという嫌な音とともにオーガの頭が振れ、血飛沫が飛び散り、ジルバのほおが赤く濡れた。


「ジルバ班長、援護します!」


 ジルバは細身の少女が魔素を込めた石をオーガの膝と頭に叩きつけるのを夢の中の出来事のように感じていた。少女はもう一つの石を倒れこんだオーガの頭に叩きつける。


「ジルバ班長!」


 名を呼ばれたジルバは我に帰った。


「ヒスイさん!助かった。」


 ヒスイはジルバの前に出るとレイピアを構えた。


「援護、感謝する。オーガの後ろに活路を開く。」

「ジルバ班長、ちょっと遅かったみたいです。」


 ヒスイはジルバがオーガの後ろに活路を開こうとしていた理由を一瞬で悟った。肌がざわつく。ヒスイは走り込んできた剣士に魔素を込めた残り2個の石を叩き込んだ。だがそれは剣士の持つ魔剣に魔素を喰われ、虚しく地面へ落ちた。


「闇の力を感じる。巫女の資格を持つに値するか?」


 剣士は呟くと上段からの斬撃をヒスイへと放つ。ヒスイは後ろに飛び退きながら魔素が吸われるのを感じていた。


(闇の魔素をまとった剣!あんな物があるのか!とても禍々しい。あの時の闇と光の粒子とは大違いだ。)


 ヒスイは3年前にスガル平地で見た光景を思い出していた。あの時に見た"闇の粒子"と同じ力を感じるが、あの時の粒子は美しかった。


「お前はこの力がわかるのか?」

「闇の力。とても禍々しい力。」

「おまえは闇の魔素を感じられるのか!」


 剣士は左手に魔素を集めると炎の玉を作りだし、ヒスイへ放った。


(火の使い手か!)


 ヒスイは地面から胸の高さほどの土壁を作り出してその陰に滑り込んだ。それと同時に爆炎が上がり、熱気がヒスイの肌を焦がした。


「ヒスイさん!」


 ジルバは左手に魔素を込めると剣士へ向かって突き出す。そこから光が矢となって剣士にむかうが、これも魔剣に喰われてしまう。ヒスイは魔素を練り、レイピアを鉄で覆った。レイピアは鉄を纏い、3mほどに長く重くなる。まるでオーガの棍棒のように。


「でやー!」


 裂帛の気合いとともにヒスイはレイピアを剣士に叩きつけた。


(魔素が吸われるなら、純粋な質量を叩きつける!)


 ヒスイが放った石は魔素を吸われ、地面へと落ちた。光の矢も魔素の塊に近いので魔剣へ吸われた。使い手のうち、魔素を純粋な物質に変えることができるのは"水"と"地"の使い手である。ヒスイは魔素を吸う魔剣に対して魔素を帯びない質量を叩きつけようとしたのだ。

 だが、剣士は魔剣でレイピアの側面を叩き、軌道を反らせた。信じられないほどの剛力と剣捌きだった。ヒスイはすぐにレイピアから鉄の塊を解呪すると身を翻してジルバの元に身を寄せた。


「ジルバ班長、私はこれからあいつへ魔素を大量に叩き込みます。隙をみて光の矢を打ち込んでください。2つの魔素を同時に吸収できないはずです。」


「ヒスイさん、どういう…ことだ。」

「行きます!」


 ヒスイはジルバの問いには答えずに周囲の石へ魔素を込める。その数は20。大小様々な石はヒスイの周りを旋回し始めた。


「少し驚いた。だが純粋な闇ではない…。」


 剣士の独り言に冷たい笑みを返したヒスイが思い浮かべていたのはスガル平地での光景だった。


(あの時、呪いは闇と光の粒子の干渉に耐えられずに消えていった。あの魔剣は呪いと同質な力を感じる。ならば!)


「行け!」


 20個の石はヒスイの手の動きに合わせて剣士に襲いかかった。その攻撃は凄まじかったが魔剣の力により石は1つ、また1つと地面に落とされていった。だが、


「これはどうだ!」


 ヒスイはレイピアに再び鉄を纏わせると今度は魔素を帯させたまま、魔剣にぶつけた。ヒスイがぶつけた魔素量は膨大であった。その命を糧としたかのようだった。魔剣は魔素を喰うのに時間がかかる。


「ジルバ班長、今です!」


 ヒスイの合図でジルバが光の矢を放つ。


「なんと!!」


 光の矢は魔剣に喰われることなく、剣士の左肩を貫いた。


「驚いた。闇の特性を知っていたのか?娘、名を聞こう。」

「ヒスイ・モエギ。」

「私はブエノス・カイメイ。また、会おう。」


 ブエノスは合図を出すと盗賊団を撤退させた。その数瞬後、


「ヒスイさん!」


 マルシムの声と駆け寄るフルセニア副団長の姿を確認したヒスイの意識は暗闇に堕ちていった。


▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️


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